妹
僕は精神科の病室に来ていた。
妹が入院してからは、何度か訪れたがそのたびに妹の精神が不安定になるので、僕はあまり来ないようにしている。
「美佳、お見舞いに来たよ。」
僕はお見舞いに持って来ているリンゴをベッドの横のボードの上に置く。
妹である美佳は外を見ていた。
それから、僕に目線を向けて、ポツリと呟いた。
「お兄ちゃんも、私のコトを置いてくんだね。」
そう言って、美佳はまた外に目線を向けた。
「どういうコト?」
僕は持ってきた果物ナイフを取り出して、リンゴの皮を剥く。
「お兄ちゃんは、いつも私の先に行くよね。私が頑張って追いかけても絶対に追いつかせてくれない癖に。」
僕は昔から優秀だった。
麒麟児などと呼ばれ、どこぞの少女マンガのように、スポーツ万能、成績優秀、眉目秀麗と三拍子が揃っていた。
「僕は美佳みたいに上手く、絵を描けやしないよ。美佳は僕にはなれないし、僕は美佳にはなれない。それにね、僕は美佳が羨ましかったんだ。お父さんもお母さんも、いつも美佳を気にしてた。」
美佳もまた、可愛い女の子ではあったが、成績は及ばず、運動音痴だった。
でも、絵が上手かった。
「絵はさ、お兄ちゃんも美味いじゃん。この前もマンガ書いてたし。それに、お父さんお母さんはお兄ちゃんの方が好きみたいだったよ?」
向けたリンゴをフォークで刺して、美佳の口元に持っていく。
パクリとかぶりついた仕草が優に重なる。
「僕は、美佳のように人を引き込む絵は書けない。美佳の方が愛されてたと思うよ。だって、僕には勉強しろって言わないし、ていうか僕になんの制限もつけやしなかったしね。」
何だか恥ずかしいので、僕もリンゴを一つ食べる。
「さてと、お兄ちゃんが進んだなら、私も進まなきゃダメかなー。あのさ、お兄ちゃん。私が家に帰りたいって言ったらさ、連れて帰ってくれる?」
美佳の目が僕を捉えて離さない。
僕も美佳を見つめる。
「そういえばさ、ウチに猫が2匹きたんだ。可愛いやつでさ。いつも僕の足に寄り付いてくるんだ。それを見てるとさ、ある人を思い出して、悲しくなる。僕はね、美佳。僕は君を連れて帰りに来たんだ。イヤだと言っても連れて帰ろうと思ってた。」
自分が料理を作りはじめたのは、いつだっただろうか。
はじめて作った料理はチャーハンだった。
美佳がお腹が空いたと駄々を捏ねたので、作ってあげたのだ。
美味しいと言ってくれたけど、下手くそなそのチャーハンが悔しくて、練習するようになった。
いつの頃からだろう。
ご飯を作るのが、僕の家での仕事になったのは。
「お兄ちゃんのチャーハン、食べたくなる時があるんだよね。どうしようもなく、食べたくなる。美味しい中華のお店に行っても、絶対にチャーハンだけはお兄ちゃんのに勝てないんだ。」
最後に美佳に作ったご飯は何だっただろう。
「もう、話は通してある。帰るぞ、美佳。僕たちの家に。」
美佳の精神が安定しているのは、医者もわかっていた。
しかし、兄妹が会った時がどうなるかわからなかったために、退院させるコトができなかった。
今回は双方の望みがあるために、退院させて、今後は様子を見るコトになった。
僕は美佳の荷物を纏めて、部屋を出る。
美佳も着替えをする必要があるためだ。
美佳の声を聞いてから、僕は再度中に入り、病室をでる準備をする。
それもすぐに終わる。
帰る途中、何人かの看護師の人に挨拶されたので、「お世話になりました」と頭を下げる。
二人は病院をでて、タクシーに乗り込む。
「夕飯、どうしようか。食べにでも行くか?」
「私は、お兄ちゃんのチャーハンが食べたい。餃子もラーメンも食べたい。どうしよう。」
僕も美佳も笑う。
「なら、今日はチャーハンと餃子でも作ろうか。ラーメンは、生ラーメンならウチにあるよ。」
「じゃあ、それで。お腹いっぱい、食べたいな。」
家族ってのは温かいものだと知っていたけれど、思った以上に温かかった。
二人きりの家族なんだから、仲良くしなければいけないだろう。
僕たちは、タクシーの中で何度も笑いあった。