信用
優が眠ったところで、僕はそっと優の手を解き、立ち上がる。
キッチンに入ると、グツグツと鍋が煮立っているのに気付いた。
火を付けっ放しだったようだ。
予定よりも煮てしまったが、これも美味しいだろう。
キムチ鍋のつゆを、僕は違う鍋にうつす。
つゆを温めながら、ご飯を入れる。
軽く一煮立ちさせてから、溶き卵を流し込みかき混ぜる。
完成したので、火を止める。
まずは、京さんと恭弥さんに連絡しないといけないだろう。
それから、どのくらいの時間までかはわからないが、しばらく看病せねばなるまい。
携帯の連絡先から、京さんを選び、電話する。
『はい、もしもし。京ですけどー。悠君、どうしたのかしらー。優を悠君の家に泊めたいの?どうぞどうぞー。』
「優が風邪をひいたみたいです。さっき測ったら、38.6度ありました。今は僕のベッドで寝ています。」
『えっ!?そっかー。わかった。今、外だから、一時間くらいかかる。それまでよろしくね。』
「わかりました。そういえば、京さん。随分落ち着いてますね。娘が風邪ひいたのに。」
『今、悠君が一緒なんでしょ?なら、心配するコトなんて、何もないじゃない。』
この信用が嬉しくて、そして自分の程度の低さに失望する。
彼らは、知らないのだ。
僕と優の間にあった物語を。
僕は部屋に戻り、優の身を揺する。
「んー?悠君?どうしたの?」
そっと、優のおでこに手を当てる。
「冷たくて気持ちいい。」
「優、キムチ鍋のツユでおじや作ってきた。食べれるか?」
優がフワリと笑う。
「うん。悠君の作るものならいつでも食べれるよ。」
「それは、男が女に言う台詞じゃない?」
「女が言っちゃダメって決まってないもん。それに、悠君のご飯はどれも美味しいからね。」
土鍋を優に渡そうとするが、首を振って、大きく口を開けた。
まるで、餌を待つ雛鳥のようだった。
相当熱いと思うので、フーッと息を吹きかけて冷ましてから、優の口へとスプーンを持っていく。
パクリとかぶりついた優は一言。
「美味しい。」
冷ましては優の口に持っていくを繰り返し、中身がなくなった頃に、家のチャイムが鳴った。
案の定、京さんと恭弥さんだった。
優を引き渡して、僕は自分のベッドに寝そべる。
ベッドは今だに優の温もりが残っていて、凄く安心する、甘い香りがした。
僕はそっと、意識を手放した。