7日目
7日目
その日はいつかのおじいさんとの約束を守るために近所の墓場に来ていた。
依然として聞き込みの成果は上がっていないが、おじいさんのことを高畑に話したら行きたがったのだ。
小さな墓地で墓の数も十個ほどしかないだろう。
たったそれだけであっても様々な墓があった。
いや、墓石などの規格はどれも同じようなものなのだが、状態が様々だった。
きれいに磨かれた墓、供え物の残る墓、逆に荒れ果て雑草だらけになった墓、墓石が苔むし、石の見えている部分の方が少ない墓。
そんな中、おじいさんに聞いていた墓を探す。
見つけたそれはやや苔に覆われ周りも雑草が生えている。
俺は持ってきた花を置いて草むしりをはじめる。
「けっこう汚れてるね。」
高畑が話しかけてくる。
ここ数日でコイツの相手をするのにも慣れてきた。
「年に一回くらいしか掃除に来てくれないらしいからな。」
「そっか…」
いつも騒がしいコイツだが、今日は場所を考えてかずいぶんと静かだ。
「死んだ後こんな感じになるってさびしいか?」
騒がしい高畑に慣れてしまったせいかこいつが黙っていると妙に居心地が悪い。
それでなんとなくした質問だったのだが、
「そうでもないかな。むしろいつまでもふさぎ込まれるよりは早く忘れてくれた方が気が楽かな。」
なんてことを言う。
それがまた普段のコイツとは違う雰囲気を出している。
「そんなもんか。」
「まあ、私は、だけどね。」
そんな会話をしながらもあらかたの雑草は抜き終わり、苔の生えた墓石をたわしでこすっていく。
最後に汲んできた水をかけ花を供える。
「こんなもんだろ。」
「だね。」
きれいになった墓を眺め一息つく。
これからどうするか考えていると、高畑の方から提案してきた。
「ちょっと行きたいところがあるんだけどいいかな?」
こちらを伺うようにして不安そうな顔を浮かべる。
どうも今日はいつもの様子と違って調子が狂う。
「別にいいけど…」
そうして移動した。
だがこの時の俺は気が付かない。
あの騒がしい高畑を「いつも」と言っていることに。
こうしてきちんと話すようになってからまだ一週間ほどだというのに。
この時にはもうこいつがそばにいることに違和感を感じなくなっていたということに。
移動中、高畑が突然聞いてきた。
「ねえ、私ってどう思う?」
「はあ?」
突然何を言ってるんだこいつは。
「いや、変な意味じゃなくてね。こういう派手な娘ってどう思われてるのかな~って。」
慌てたように言い直す。
「ん?別に派手だと思うだけだけど…それ以外は特に何も思わない。」
俺の返事に高畑はつまらなそうな顔を返して、
「そうなんだ…」
とつぶやく。
何か返事を間違ったのだろうか?
他人と会話をほとんどしてなかったので自分の返事に自信が持てない。
「なあ、何て返せばよかったんだよ?」
「別に~?」
そんな俺を今度はにやにや笑いながら見てくる。
なんだか気にしたのがバカらしくなってきた。
それからしばらくしてまた高畑が話し始める。
「私のこれはただの真似なんだよね。」
「何がだ?」
訊ねると、
「さっきの続き。こういう派手な格好とか性格のこと。」
「真似って誰の?」
「小さいころに会ったお姉さんなんだけどね。一回会っただけなんだけど、なんかすっごく格好良くてさ。私ももっと自信を持てたら、あんなふうになれるのかなって思ったの。」
まあ見た目の真似だけになっちゃったけど、そう言って恥ずかしそうに笑う。
俺は何でこいつがいきなりこんな話を始めたのかわからなかったが、その様子からまじめな話なんだと感じる。
だからバカにするようなことはせず、思ったことをそのまま言う。
器用に会話なんてできないけど、それが自分のことを話してくれた奴に対する誠意だと思ったから。
「たとえ形だけの真似だったとして、誰かになりたいと憧れることは別に悪いことなんかじゃないだろ。誰だってそうやって誰かに憧れて、模倣して少しずつ自分を変えていくんだからさ。そうやって変わっていくことを成長って言うんだろ。」
言ってから無性に恥ずかしくなる。
顔をそらして、俺は素直に気持ちを吐き出すことが、こんなにも照れくさいことなんだと初めて知った。
少しの間不思議そうにこちらを見ていた高畑だったが、
「ありがと…」
小さく呟かれたその言葉がなんだったのか、俺は聞こえなかったことにした。
俺たちが着いたのは、町の図書館だった。
着いた頃にはもう夕方になっていて、閉館時間の近づいた館内にはもうあまり人はいないようだった。
「こんなところにいったい何の用だ?」
本なんて触れないのに、言外にそういう意味で言ったのだが、
「いいから着いてきて。」
そう言って中に入って行ってしまった。
中に入ると高畑はカウンターの方を見ていた。
「結衣のお母さんってここで司書をやってるんだ。それでたまに手伝うこともあるんだって。」
高畑の視線の先には、一人の女性と奥で本の整理をしている九条がいた。
しばらく二人を見ていた高畑だったが、
「来て。」
と、本棚の奥に消えって行った。
奥まで行くと椅子があり、周りに人はいなかった。
俺はそれに座り高畑と向かい合った。
「んで?ここに来た理由は?」
聞くと、
「結衣のことなんだけど、お願いがあるの。」
と言ってきた。
ここに九条がいた時点でアイツに関わることだというのはわかったが、お願いときた。
コイツのお願いがろくでもないことであるというのは経験済みなので、思わず顔をしかめる。
「あはは。そんな大変なことじゃないよ。結衣がもし何かを杉村に頼んでくることがあったら助けてあげてほしいんだ。」
そんな俺に、苦笑いを浮かべながら言う。
「はあ?何で九条が俺に頼みごとなんてしてくるんだよ?ありえないだろ。」
「だから、もし、だよ。他に頼める人いないし。」
「しょうがねえな。そんなことはないだろうけど、覚えとくよ。」
俺は絶対にないと思ったがそれで満足するならまあいいかと思い軽く応じた。
「お願いね。」
だが、そう呟く高畑の顔はやはり真面目なものだった。
●
杉村には先に帰ってもらった。
結衣を見ていきたいと言ったら何も疑わずに帰ってくれた。
その程度には信じてもらえてると言うことに、つい顔がほころぶ。
だけど結衣を見てすぐに胸にじくりと痛みが走る。
(ごめんね、ごめんね結衣…)
私は結衣が好きな人が誰なのかを知っている。
そしてその好かれている相手のことも知っている。
なぜなら結衣が教えてくれたから。
応援しようと思った。
あまり社交的なタイプじゃないし相手がアイツでは大変だと思ったから。
だから、手伝うためにアイツを見ていた。
どうすれば結衣の気持ちを知ってもらえるのか。
アイツの好みは?
そういったことを知ろうと、観察していた。
だけどある時気付いてしまった。
意識していないのにアイツを見ていることが増えているということに。
勘違いだと思いたくて否定しようとすればするほどそれができない自分がいて。
そしたら結衣に対して罪悪感が生まれて。
自分がどうしようもなく最低な人間なのだと気付いて。
どうすればいいのかなんてわからなくなって。
いっそのこと言っちゃえば楽になれるのかな、なんて考えて。
だから罰が当たったんだろう。
あの日、日直で早く来る結衣に本当のことを言おうと早く学校に行ったらドアがもう開いていて。
結衣だと思って声を掛けたら、私は床に倒れていた。
かすむ視線には走り去る男の姿、お腹にじんわり熱が広がって、それもだんだん分からなくなっていったら、ああもう死ぬのかってわかって。
それでも最後に って思って、私は死んだ。
死んでいるということを知覚していた。
それで私は自分が幽霊になっていることがわかった。
だって少し浮いた私の下には私だったものと、それに縋り付く親友がいたから。




