5日目
5日目
朝。
目を覚ます。
すると目の前には幽霊が。
「うわっ。」
というか高畑だった。
「てめえ、何のぞいてやがる。」
「いやあ、男の人の寝顔なんてめったに見られないから。」
「理由になんねえよ!家に入んなって言っただろうが。」
「意外とかわいい顔して寝てたねえ~。」
「そんなこと訊いてねえ!」
「まあまあ。」
「………」
「えっと…おーい?」
「寝る。」
無視して寝なおすことにした。
「もう朝ですよー!」
「やかましい!」
怒鳴ったところで下から祐美の声がする。
「お兄ちゃーんいきなり叫んでどうしたのー?」
「何でもないからー。ちょっと変な夢見ただけだよ。」
「分かったー。でもそろそろ起きないと遅刻するよー。」
「今降りていくよ。」
何とかごまかす。
そんなやり取りをにやにやしながら聞いている幽霊が一人。
「てめえ何笑ってやがる。」
「いやあ、祐美ちゃん相手だと急に声が優しくなるなあと。」
「………」
もう無視して下へ降りることにした。
「おはようお兄ちゃん」
「おはよう。ちょっと待っててな、すぐに用意するから。」
パンをトースターに入れ、目玉焼きを焼く。
昨日のうちに用意しておいたサラダを冷蔵庫から取り出しテーブルに並べる。
そんないつも通りの朝のはずなのに、会話が弾まない。
昨日の夕食と同じ。
こいつのせいだ。
「杉村のお母さんってもう出勤したんだ。顔見とけばよかったなあ。」
「………」
「わあ、おいしそう。」
「………」
こいつは放っておこう。
そもそも祐美の前では話せないし。
「お兄ちゃん、もしかして機嫌悪い?」
高畑の声を気にしないようにしていたら祐美がこちらをうかがうようにそんなことを言ってきた。
「いや、ちょっと昨日寝るのが遅くて、眠いだけだよ。」
「なんだあ、ずっと黙ってるから何か悪いことでもしちゃったのかと思ったよ。」
「そんなわけないだろう。」
と談笑しながら隣にいる奴を無視する。
一度祐美と家を出、こっそりと戻ってくる。
そして部屋。
「杉村、ずっと無視なんてひどいなあ。」
「だから人前で声かけてくるんじゃねえ。」
「分かりました!」
言いつつ敬礼をしてくる。
絶対にこいつは分かってない。
というか絶対バカにしている。
「んで?どうする?」
「何が?」
「犯人探しだよ!」
「ああ、ああ。どうする?」
「それを訊いたんだ!たく、まずは分かってることの整理をしよう。」
高畑が昨日警察にも伝えた情報を語り出す。
「えっと、犯人は男、背は私より低くて150くらい。黒のキャップをかぶってた。かなり猫背。汚れた黒いシャツにジーパン姿。くらいしか分かんない。」
「誰かに殺されるほど恨まれてた覚えは?」
「あるわけないでしょ!」
怒鳴ってくる高畑を無視し、話を続ける。
「年寄りか?でも猫背のちびってだけだからなぁ。」
「スルー!?そこスルーしちゃうの!?えっと、じゃあどうするの?」
「やっぱり基本は聞き込みだろうな。最初にどこから聞いていくかだけど、学校の周りは昼間だと怪しまれるだろうから夕方になってからだな。だから最初はお前の家の周辺からだろ。」
学生が昼間うろついていたらそれだけで周囲の人から怪しまれる。
だから少しでも怪しまれないよう高畑の家の周りで聞き込みをしようと思ったんだが。
「えっ、うん…そうだよね…」
「ん?家に帰るのが嫌なのか?」
急に黙ってしまった高畑に訝しむ。
「嫌っていうか…まだ死んでから家に帰ってないんだよね…何か自分のせいで家族が悲しんでるところ見るなんて嫌じゃん…?」
「そっか…。俺だって、俺が死んだせいで母さんや祐美が泣いてるところなんて見たくないしな…じゃあ、家の周りに行くだけで家に入らないようにするか?」
「………」
答えない高畑。
とりあえず家に居て何もしなくては学校を休んだ意味がないので、高畑の家まで行くことにした。
●
「ここでいいのか?」
「うん…」
高畑の家は普通の一軒家だった。
これと言って特徴があるわけではなく普段なら通り過ぎても全く気にならないだろう。
だが、今は違う。
門には葬式の装飾があり、この家から死んだ人間がいるということがわかる。
それは六年前に見たものと同じだった。
俺は周辺を歩き、聞き込みを開始した。
その隣に高畑の姿はない。
散歩しているおじいさんや買い物へ向かう主婦などに聞くが、何も知っていることはなかった。
最初、高校生がいきなり不審者を見なかったか聞いてきて不審がられたが、殺されたクラスメイトのためだというと、あっさり話してくれた。
こんな小さな町で女子高生が殺されたのだ。
誰もがこの事件に関心があり、早く犯人に捕まってほしいと願っている。
それでも何も情報を得ることはできなかった。
そして俺は最終手段を取ることにした。
幽霊に聞いた。
たいていの幽霊はあまり広い範囲を移動しないためこの辺りで何かあれば見ているはずだったから。
俺は病院に連れて行かれて以来初めて自分から幽霊に話しかける。
「あの…」
「………」
気が付かない。
当たり前だ
普通は見えないはずなのだから。
「あの、そこの帽子をかぶった、おじいさんの幽霊。聞きたいことがあるんだけど。」
さすがに幽霊という言葉と自分の容姿を言い当てられたことには反応した。
辺りを見渡し、自分と同じ容姿の人間がいないことを確認する。
「もしかして君には僕が視えているのかい?」
「はい。」
「もう何年も死んでいるが、『視える』人に会ったのは初めてだ。」
と、おじいさんは驚きの声を上げる。
「ええと、聞きたいことがあるんすけどいいですか?」
「いいけど、その代わり君に頼みたいことが一つあるんだけどいいかい?」
「何ですか?」
幽霊からの頼み事と聞いて嫌な記憶しか思い出さないが、聞いてみないことには始まらない。
「何、簡単なことだよ。僕のお墓を洗ってほしいだけさ。」
「そのくらいなら…でも、成仏できるようなことじゃなくていいんですか?」
「いや、僕の悔いは孫の成長を見れなかったことだからね。もう少しで孫が成人して成仏できるよ。でも自分の墓が汚れているのが気になっていてね…で、君の訊きたいことっていうのは?」
「実はこの辺に住んでいるクラスメイトがこの前殺されたんです。その犯人を捜してて…もし何か知っていたら教えて下さい。」
そして犯人の特徴を教えた。
「あまり僕たちは生きている人間を見ていないんだけど…ここ数日でそんな男は見ていないと思う。」
結局その霊も何も知らずこの辺りには来てなさそうなことが分かった。
なので今日は諦めることにし、再び高畑の家の前まで来るが、高畑の姿がない。
どうしようか迷ったが近くにある割と大きめの公園で待つことにした。
ベンチに座り周りを眺める。
誰もいない静かな公園。
聞こえてくる音は小鳥の鳴き声と遠くで犬が鳴いている声だけ。
気付くとまた眠っていた。
「…寝てたのか。なんか最近寝てばっかだな、俺。」
おそらく慣れないことをしているため、精神的に疲労がたまっているのだろう。
横を見るとまた高畑がいた。
またかと思い文句を言おうとして、止まる。
これまでと様子が違ったからだ。
こちらを見ていたわけではなく、俯き今にも泣きそうな顔をしている。
「…よくここに居るの分かったな。」
「っえ!?ああ、起きた?」
いつもの顔に戻る。
だが、やはりどこか沈んだままだ。
「家、どうだった?」
高畑はポツリポツリと語りだす。
「…泣いてた。いつもバカみたいに笑ってた弟も、泣いてるところなんて見たことのなかったお母さんもお父さんも…」
「そっか…」
辛そうなその顔を見てもそれ以上何も言わなかった。
違う、言えなかった。
長らく人と接することを避けてきた俺にはこんな時掛けるべき言葉を持っていなかった。
そんな自分が心底嫌になった。
目の前にこんな顔した子がいるのに何もできない。
何も言えない。
初めて人と関わってこなかったことを後悔した。
「ごめん。何て言えばいいか分かんねえけど…」
何を言えばいいのかもわからず声を掛けようとするが、
「大丈夫だよ。ありがとう。」
高畑の言葉に遮られる。
「心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だから。」
やっといつもの笑顔に近づいてくれた。
それがうれしいと同時に情けなかった。
女の子ひとり励ませないなんて。
そのことを悔やむと同時に驚いていた。
自分が他人のために一喜一憂しているという事実に。
そしてなんとなく思った。
何かが少しずつ変わってきてるのかもしれないと。
まだこいつとは昨日今日と初めてまともに接したはずだが、明らかに俺はこいつのことをそれまでとは違った目で見ている気がする。
それはおそらく相手が幽霊であると言うだけのことではない。
●
結局学校の周りは明日聞き込みすることにした。
二人とも口数も少なく帰宅すると、ちょうど祐美が出てきた。
「あ、お兄ちゃん。」
「どこか出かけるのか。」
「友達の家に言ってくるよ。」
「そっか、いってらっしゃい。」
「いってきます。」
そんなやり取りの後、祐美は家を出て行った。
友達のいない俺と違って、祐美は脚にハンデがありながらその明るい性格のおかげで友達も多いらしい。
だから学校での事は心配せずにすんでいる。
そのことにいつも感謝している。
だからか、思う。
なんで祐美がこんなハンデを負わなくてはならないのか。
本人はもう気にしていないし、別に誰も悪くない。
運が悪かった。
それだけ。
それでも思わずにはいられない。
何で…
●
その夜、この数日では珍しく眠れないでいた。
俺は事故以来ずっと冷めた目で回りを見てきた。
それは自覚している。
だって何も信じられなかったから。
それが今日のことで、いや、高畑が死んでから大きく変わっていっている。
具体的にどうとは言えないが…
それは自分でも分かるほどの変化だった。
でも、それが何故なのか分からない。
今までだって他人に迷惑をかけられることはあったし、多少は人と関わることだってあった。
それがなければ学校になんて通えていない。
世界を疑うなんてことはどうでもいいことなのかもしれない。
自分のことさえまともに理解できないのだから。
もっと人と関わる…
そうじゃない。
そんな難しいことではなく、友達を作るとか人と仲良くするとか。
そういったことをするべきじゃないのか。
…したいと思ってるんじゃないか。
だけど今更どうしていいのかわからない。
これまでに築いてきた自分と言うモノはそう簡単に崩れない。
何がしたいのか、どうなりたいのか。
自分の気持ちなのに全然わからない。
今でも他人なんかどうでもいいと思っている。
祐美と母さんさえ幸せならほかのことなんてどうでもいい。
少し前まではそれだけだった。
他に考えることなんて無い。
したいとも思わなかったし、する必要もなかった。
何で今更…。
俺はそんなことを考えているうちに眠りに落ちていった。




