4日目
4日目
それから3日間学校は休校になった。
その間、事件の捜査は大して進展しておらず、俺も普段通りの生活をしていた。
休みが明け、学校では高畑の事件の話でもちきりだった。
今までまともに話したこともないクラスメート達が、事件のことを聞きに俺の周りに群がってきたが俺は無視した。
九条の方も質問攻めにあっているようだった。
俺が応じないのを見た連中も九条のもとへ行く。
「ねえねえ、どんなふうに死んでたの?」
「体中めった刺しって本当か?」
だが、その質問は高畑のことを悲しんでいるという風には見えず、ただ好奇に満ちているようだった。
九条もあの派手な容姿から一部の者には疎まれていたからというのもあるのだろうが…。
まあ、俺ほどではなかったし九条のように親しい友人もいたのだが。
九条の方も困っているようだが、俺のように無視ができないので俯きながらも応えていた。
(それに、こういう話は本人の前でしづらいだろ…)
皆が寄ってたかって九条に質問している中、同じく俯いている高畑の姿が俺の目には映っていた。
ふと高畑が教室を見回す。
一瞬目が合いそうになる。
気付かれてはいないと思うが、逃げるように教室を出ようとする。
その時、ふと九条とも目が合う。
その目は助けを求めているようにも見えたが、俺は目を逸らし教室を出る。
俺には何もできない。
する気もない。
けど。
教室を出るときにドアを思い切り開ける。
バンッ、とすごい音がしてみんなの視線が一斉にこちらに集まる。
「…胸糞悪ぃ。」
ぼそっと呟くと、昇降口に向かって歩き出す。
文句くらい言ってもいいだろう。
するとばつが悪そうに九条の周りにいた奴らが九条から離れていく。
だが振り向かなかった俺がそれに気が付くことはない。
校舎裏の一角。
そこは丁度どの窓からも影になり誰にも見つからずに隠れられた。
よく授業をさぼるときはここで本を読んでいる。
俺のお気に入りの場所だ。
(いくら死人は幽霊で見慣れているとはいえ、生の死体は親父以来だからな…)
久しぶりに見た死体を思い出し、気分が悪くなる。
最初に目撃した時は何も感じなかったが、ああして幽霊となった姿と周りのやつらとのギャップに昨日は感じなかった気持ち悪さがこみあげてきた。
目を閉じ、落ち着こうとする。
………
目を覚ました。
どうやら壁にもたれかかって目を閉じているうちに寝入ってしまったらしい。
携帯で時間を確認する。
丁度、二時限目が始まるところだった。
携帯から顔を上げると目の前に高畑がいた。
「っうわ!」
驚く俺を面白そうに眺めてくる。
「やっぱり見えるんだ。」
高畑が何がおかしいのか笑いをこらえているような顔をして話しかけてきた。
「何笑ってるんだよ。」
「杉村が驚くとこなんて初めて見たからさ。昨日も全然驚いてなかったのに。」
あっけらかんとした調子で言ってくる。
死人、それも殺された人間とは思えない。
「いや、普通に死人が目の前に現れたら驚くから。」
「ごめん、ごめん。いやあ生きているときは話したことなんてなかったのにね。」
「そんなことはどうでもいい。何の用だよ?生きていたとき仲が良かったわけでもない俺にこうして会いに来たってことは、何かしてほしいことがあるのか?『視え』ているわけだしな。」
『視える』奴らは『悔い』があるせいで成仏できないでいる。
世界が幽霊だらけにならないのは、死んでから時間がたつと『悔い』を忘れていくため。
これは俺がこの目に関して知っている数少ない情報だった。
小さいころは幽霊と話をしたりもしていた時期があった。
その時に知った。
その後、母に精神科に連れて行かれて以来すべて無視するようにしていたが。
そういう経緯もあって、すぐに冷静に現在の状況を考える。
「話が分かるわね~。実は、私を殺した犯人を捕まえてほしいの☆」
「ふざけんな。さっさと成仏しやがれ。」
思わず無視できず、怒鳴りつけさっさと帰ろうとする。
「ちょっと、冗談なんかじゃないって。」
高畑が立ち去ろうとする俺を慌てて止める。
「俺がそんなことするような奴に見えるか?他人はクズだと思ってるような奴だぞ。」
なかば自分に向かって言う。
「見えるよ。生きていた時は知らなかったけどいつも一人でいたのは『視える』からでしょ。それに手伝ってくれないと一生取り憑いてやる☆」
「………」
余りに勝手な言い草に何も言えない。
(まぁ、よく考えてみれば、犯人を見てるだろうしすぐに分かるだろ。)
安易にそう思ってしまった俺は諦めた。
このままコイツに付きまとわれるよりもさっさと警察にこいつの話を伝えて犯人を捕まえてもらった方が楽だと判断したのもある。
「しょうがない、分かったよ。」
ため息交じりに了承すると、高畑は教室でも見たことの無い穏やかな顔で、
「ありがとう。」
と言ってきた。
こうして、俺と幽霊の奇妙な犯人探しが始まった。
「んで、犯人はどんな奴なんだよ?」
「それが後ろからだったから…」
「まさか、見てないのか?」
「………」
苦笑いを浮かべ黙っている幽霊に背を向ける。
「帰る。」
そして始まって数秒で諦めた。
「速攻で諦めないでー。」
高畑が慌てて正面に回り込んでくる。
「殺された本人が分かんないのに、素人の俺がどうやって捕まえるんだよ!」
「気合いで☆」
「帰る。」
馬鹿にしているとしか思えないその態度を見て再び帰ろうとする。
「待って、待って冗談だって。実は顔は見てないけど、犯人の服装とかはみたから。」
とりあえず、俺は高畑のみた服装や犯人の特徴をメモし、警察へ行った。
「俺、思い出したんです。学校へ行く途中慌てて学校から出て行く男がいたのを…」
俺は高畑の言っていた容姿を伝え、とりあえず自宅へと向かった。
警察はわずかに疑うような顔をしていたが大丈夫だろう。
「じゃ、明日から調べてやるからお前もさっさと帰れ。」
「………」
どこか遠くを見た高畑は何も言わずに去って行った。
先日と同じ刑事たち。
「意外ですね。この前の様子じゃ何か思い出しても言いに来るような感じには見えなかったのに…よくあるいたずら情報って感じでもなさそうでしたし。」
若い刑事が上司の刑事と先ほどの少年の情報について話をしていた。
「きっとこの前はショックで何も考えられなかったんだよ。よくあることだ。だからあまり悪く言うなと言っただろう。」
今日もくたびれたスーツを着ている刑事はたしなめるように言う。
「すみません。で、今の情報どう思いますか?」
「他にまだ情報がないからな。一応この情報を有力な情報として調査してみよう。」
「分かりました。」
「ああ。頼む。」
こうして被害者の死人からの情報が警察に伝えられた。
どちらもこの情報が役に立つとは大して期待していなかったが。
「お帰り、お兄ちゃん。」
帰宅すると祐美がもう帰ってきていた。
あの事故以来左足に障害を抱え松葉杖をついている。
「ただいま。今日は学校どうだった?」
「体育には出られなかったけど、家庭科でクッキーを作れたよ。」
「そっか、良かったな。」
「まだ少し残っているから持ってきてあげる。」
祐美は松葉杖をつきながら台所へクッキーを取りに行った。
それを幸せそうに眺める。
「妹さん、脚怪我してるの?」
「左足がな…って何でお前がここにいる!?」
さっき別れたはずの高畑が横に浮いていた。
「だって他の人には見えないし暇なんだもん。」
「暇なんだもんじゃねえ、人の家に勝手に入るな。」
「まあまあ。」
「まあまあじゃねえ。」
そこへ祐美が二つに縛った長い髪を揺らしながら戻ってくる。
祐美の前ではそれ以上話せなくなる。
(ったく、昨日まで赤の他人だったくせに。これだから人と関わるのは嫌なんだ。)
「はい、お兄ちゃん。」
祐美がクッキーをくれる。
「ありがとう祐美、とてもおいしいよ。」
言い、祐美の頭をなでる。
「うん。」
目を細め、嬉しそうに笑う。
それを見て俺も笑いながら、
「じゃあ、俺、今日やることがあるから。」
そういって階段を上がって行った。
「やっぱりちゃんときれいにしてるんだ。」
高畑が部屋を見回している。
「さてと、一応警察に犯人の情報は伝えたけど、この後どうする?」
もうこいつを追い出すのは諦め今後のことを相談する。
(追い出そうにも触れないしな…)
「それにしても、祐美ちゃんかわいいねえ。」
「それにしてもじゃねぇ。いきなり話を脱線するな。取りあえずこの辺で犯人みたいな人を見なかったか聞いてみるか。」
「警察や探偵みたいだ。」
他人事のように言ってくる。
「お前、喧嘩売ってんのか?」
「冗談、冗談。」
(真面目に捜す気あるのかコイツ?)
そんなやり取りをしていると、もう夕食時になっていた。
「そろそろ飯作らないと。」
「へぇ、杉村って料理出来るんだ。」
「母さんは遅くまで帰ってこないし、祐美にさせるわけにいかないだろ。」
俺は適当に晩飯を作り、口数も少なく夕食を終え、今日も早めに寝た。
(今日は疲れた。てか、何で俺が犯人探しなんてしなくちゃいけないんだ…)
ぶつぶつ文句を言いながら、その日は床に就いた。




