10日目
10日目
早朝。
浅い眠りから覚めた俺は朝食の支度だけ残し、ふらふらと家を出た。
いつものように、これまでのように、行きたくもない学校へ行かなければならない。
もう夏の気配がのぞいていて、この時間でももうだいぶ明るい。
ただ夏の暑さはまだ感じられない。
やはり脚が向くのは高畑の家の方角だ。
まっすぐ学校に行かず、やや遠回りの道を歩く。
遠回りをして学校へ来たというのにやはりまだ登校している生徒はほとんどいないようだった。
時計を見ると皮肉にもあの日と同じ時間だった。
ちらりと未だに立ち入り禁止にされている教室に目を向け、自分の教室に向かう。
たどり着いた自分の教室、そこには誰もいなかった。
生きている人間は。
「高畑…」
俺の声に振り返る、どこか緊張したような表情を浮かべる少女の幽霊。
「あっ…おはよう。」
一瞬間が開いたがすぐにいつもの表情に戻る。
「てっきりもう成仏したのかと思った。」
「あはは、杉村に言わずに成仏なんてできないよ。」
そう言って力なく笑う。
「昨日は何も言わずにいなくなってごめん。最後に家族と結衣の顔を見ときたくてさ。」
「………」
「今日の放課後に話したいことがあるんだけどあの公園に来てくれない?」
「ああ、わかった。」
「杉村くん?」
突然背後から聞こえた声に慌てて振り向く。
そこには花瓶を持った九条が立っていた。
「あーこんなに早くにどうしたんだ?」
先ほどのやり取りを聞かれたのかはわからないが、聞かれてないという前提で話を進めなくては。
「今日恵子ちゃんの日直だったはずの日だから…ついでに花の水も交換しようと思って…」
どうやら聞かれてなかっ
「今誰と話していたの?」
聞かれていたようだ。
どうごまかそうかと悩んでいると、
「高畑って呼んでいたよね…?」
最初から聞かれてたのか。
こうなったら完全とぼけるしかない。
「聞き違いじゃないか?ただの独り言だし。」
「そうなんだ…ごめんね変なこと聞いちゃって?」
「気にすんな。」
俺はとりあえず席に着き、本を読む気にもなれず顎をついて外をぼーっと眺めた。
俺は知る由もなかったが九条はこの時、もしかしたら俺は幽霊でも見えるのかと疑っていた。
だが気の弱い彼女はそれ以上の追及ができずに引くことしかできなかった。
そして放課後、公園。
「んで、話したいことってのは何なんだ?」
公園にはちょうど誰もおらず、ベンチに座る俺だけしかい。
「『悔い』についてなんだけど…」
真剣な顔でこちらを見る高畑。
「犯人が捕まってないのが『悔い』だったんじゃないのか?」
「本当の『悔い』は犯人を捕まえることじゃなくて…」
「杉村ともっと一緒に居たかった。きちんとこの気持ちを伝えたかった。」
そして高畑は、本当の『悔い』を言った。
「私は、高畑恵子は杉村祐一のことが好きです!」
「え?」
何を言っているのかわからなかった。
だって俺はこいつが死ぬまで話したことすらなかったのだ。
それなのに、そんな俺に告白できなかったなんて『悔い』で成仏しないでいたのか?
「何で…だって……」
「杉村はさ、自分じゃ気付いてないかもしんないけどすごくいいやつなんだよ。あの子以外誰も気付いてなかったかもしれないけど、ちゃんとわかってくれる人もいたんだ。」
「俺がいいやつとか何言って…」
そう言って笑う俺を高畑が遮る。
「自分で信じられなくても、そう思っている子がいるってことだけ知っておいて。」
見たことの無いような真剣な顔でそう頼まれては何も言えない。
「じゃあそろそろ…」
俺に告白をすることで『悔い』のなくなった高畑が消えようとする。
少しずつ薄く見えなくなっていく高畑。
これで良いのか?
俺はまだ何も返事を返していない。
こんな終わり、別れ方で本当に俺は後悔しないのか?
そんなわけあるか!
「待てっ高畑!」
不安そうな顔でこちらを振り返る高畑。
その顔にはもうフラれることが分かりきっているような諦めの表情が張り付いている。
「俺お前のこと…というか周りの奴のことなんて何も考えてなかった。周りと違う自分にいじけて、一人を気取って…そんな奴のことを好いてくれる人がいるなんて思わなかったからすごくうれしい。」
「………」
「これが返事になるかはわかんねえけど、聞いてくれ。ここ数日お前といれて俺は楽しかった。最初はうるせえ奴だと思ったけど、お前が笑ってないと変に感じて、あんな少しの時間しか一緒にいなかったのに、昨日お前が何も言わずにいなくなっただけでイライラした。お前が…高畑がいるのがあたりまえに感じられていたんだ。」
「だから俺は、お前のことが…」
「ありがとう。」
俺の言葉はやはり高畑に遮られる。
「でも私はやっぱり死んでて、本当なら伝えられない思いを伝えられたけど、本当に杉村のことが好きな生きてる子がいるから…その子をちゃんと見てあげてください。」
高畑の本気の言葉に俺は頷く。
「こちらこそありがとう。お前といれてよかった。」
高畑は瞳から一滴の雫をこぼし消えていった。
しかしそこに悲しみはなかった。
そこにあったのは彼女の、あの明るい笑顔。
「俺、もう一度頑張ってみるよ。」




