プロローグ 紅の先
~プロローグ~ 紅の先
俺の9才の誕生日の朝、俺たち家族、父、母、妹、そして俺の4人は遊園地へ向かう車に乗っていた。
流れていく景色を眺めていると父が話しかけてきた。
「祐一、遊園地に着いたらまず何に乗りたい?」
「ジェットコースター!!」
妹の祐美が即答する。
俺の誕生日だというのにいつもと変わらない妹のわがままにみんな苦笑する。
「こらこら、祐美、今日はお兄ちゃんの誕生日なんだからまずお兄ちゃんの乗りたいやつからだよ。」
「僕もジェットコースターが良い。」
「じゃあ、まずはジェットコースターね。」
母がそう言ってほほ笑む。
俺の家族はどこにでもいる幸せな家庭だった。
だが、その日俺たち家族が遊園地へ行くことはなかった。
その時、霞む俺の視界に入ってきたのは、紅蓮の煌めきだけだった。
次に目が覚めた時、やけに視界が狭かった。
どうやら左目に包帯を巻いているらしい。
すぐ隣では母が泣いていた。
顔のあちこちに手当ての跡がある。
きれいだった顔も今は半分も隠れている。
「どうしたの、お母さん?」
母がこちらに気付き応える。
「祐一…お父さんと祐美が…」
母は辛そうに言葉を紡ぎ続ける。
「お父さんはあの事故で死んでしまったの。祐美も左足が…」
とうとう、母は泣き出してしまった。
俺にはどうすることもできなかった。
その顔を見て悲しいと感じるのに何もできない。
長い間寝ていたはずなのに、体は動かない。
ただ、眠かった。
その日から俺たち家族は3人になった。
父の葬式の日、長い葬式を終えた俺は部屋に戻り、左目の眼帯をはずす。
医者には精神的なショックのせいで一時的に見えなくなってるだけで、異常がないことからまた見えるようになるだろうと言われた。
実際、あの事故から時間がたつにつれてうすぼんやりとした明かりくらいはわかるようになっていた。
灯りをつけていないせいで薄暗い自分の部屋を眺める。
するとあの事故からずっと見えていなかった左目の視界がはっきりと映り始める。
そのことに驚きながら辺りを見渡す。
自分の部屋で寝ようとしていた俺は枕元に立つ姿に気付いた。
眼帯をはずすまでは確かにいなかったはずなのに。
それは死んだはずの父の姿だった。
ああ、お父さんの幽霊なんだと直感した。
何故かはわからないが、そう感じた。
「二人を頼む。」
「うん、わかったよ。」
そう答える俺に父は驚き、
「え!?祐一、なぜ聞こえたんだ?」
当然の疑問に俺は答えることができない。
「わかんない。」
「そうか…その眼か…」
何かを納得したような顔をした父は小さく呟くと俺の方へ向き直り、
「それじゃあ母さんと祐美を頼むぞ。俺はもう逝かなければならないから…」
もう一度頷く俺を見て、父は安心したような顔を浮かべ消えていった。
しだいに薄くなり消えていくその姿を見ても不思議と悲しみは湧いてこなかった。




