こういうのがいちばんこわい
最近見て一番怖かった夢を元にしました。
「付き合ってください」
黒沼綾子は戦慄した。彼女の目の前には信じ難い光景が広がっていた、綾子の眼前には男性がいて……俳優だとかアイドルだとか、そういったきらきらしい職業につくのがふさわしい、一般人とはとても思えないほどの、彼女の人生及び人間関係には全く関係のないであろうレベルの顔面偏差値を有した若い男性が、あろうことか愛の告白の言葉を口にしたのだ。
綾子は慌てて背後を確認したーー誰もいない。目の前のイケメンに見合うような可愛い女の子が後ろにいるならよかったのだが……自分の勘違いに赤面し、ヒロインとヒーローの間の障害物であったことを謝り舞台から降りてゆけばよかったのだが……
「ちょっと待って、ひ、ひと違いですよね」
それでも綾子はどもりながら言った。後ろに誰もいなかったからといって人違いの線は外せない。実はこのイケメンはひどい近視で、綾子の外形だけ見て誰かと勘違いしているのかもしれない。しかし綾子は太っているし、足は短いし、頭は大きいし、シルエットだけ見てもとても美しいとは言えないが……
「あなたがずっと好きだったんです」
「ひええぇえええ」
綾子は泡を吹き倒れそうになった。イケメンは慌てたように言う。
「大丈夫ですか?!」
「大丈夫どひゅ、ドゥフ、ふゅーふゅー」
綾子はすでに過呼吸気味である。
既に彼女の頭の処理能力は限界を越え……彼女は倒れた。イケメンの腕の中で。
*
「とても驚きましたでしょうね」
インタビュアーがしたり顔でこちらにマイクを向けてくる。
「突然のことだったので本当に驚きました。役者志望でしたが、就職活動も行っていたのでなかなか忙しく、この企画に応募していたことなんて忘れてたんです。まさか選ばれるとは思わなかったし」
「素晴らしい演技力でした。まあ、素晴らしすぎてあんなことになってしまいましたがね」
インタビュアーは唇の端を持ち上げる。なかなか可愛い女だ。
「ええ…彼女には悪いことをしてしまったようで」
「いやあ、ドッキリとはいえ、こんなイケメンに話しかけられて告白されたんです。彼女も嬉しかったでしょう。それでは「冴えない女がイケメンに突然告白されたらどうなる?」ドッキリ企画のインタビューを終わります。ありがとうございました。」