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国民基盤役務制度  作者: 喰ったねこ
完結編
40/41

エピローグ:告解

西暦2046年、秋。

日本は、指導者の死を経て、国民自身の選択による「灰色の豊穣」を享受していた。


官邸地下深く。かつて『明石計画』が実行された管制室は、今や『国民基盤役務体制』の全てを統括する、国家の中枢神経となっていた。

その中心に、奥田怜奈は座っている。


彼女の目の前のメインスクリーンには、この国を示す無数のデータが、静かな川の流れのように表示され続けていた。

【国民役務 稼働率:99.8%】

【国内エネルギー需給:安定(+12.5%)】

【治安維持指数:S+(極めて安定)】


すべてが「正常」であり、「最適化」されている。

彼女が、そして有馬征四郎が設計した通りの、完璧な秩序。


彼女はモニターから目を離さないまま、意識だけを、あのすべてが始まった「窓のない部屋」へと沈めていった。



西暦2038年、秋。占領下の東京。

再び有馬の前に連れてこられた部屋もまた、窓がなかった。あの日、「令和総力戦研究所」で絶望的なシミュレーションを終えた時と、何も変わらないコンクリートの匂い。


有馬が『明石計画』の全貌――敵の金で、敵を滅ぼす剣を鋳造する、世界最大の『トロイの木馬』計画――を提示し終えた時、怜奈は初めて、データ以外の問いを口にしていた。


「……一つ、確認させてください」

怜奈は、無感情な声の裏に、かろうじて残っていた設計者としての矜持を滲ませた。

「この計画の基盤となる『国民基盤役務制度』。それは、東亜連邦が持ち込んだ『経綸計画』、すなわち参加が強制的なモデルを前提としています。私たちが研究所で設計した、国民の自由意志(任意参加)を前提とする『本来の制度』とは、根本的に異なります」


彼女は、有馬の目を真っ直ぐに見据えた。

「あなたは、この制度を『本来の任意参加』に戻すおつもりですか? それとも――」


有馬は、その問いを待っていたかのように、静かに答えた。

「奥田君。君のシミュレーションを思い出せ」


彼の声は、十三年前と何も変わっていなかった。

「あの時(2025年)、我々が『任意参加』という理想論を掲げたのは、日本がまだ『平時』であり、民主主義という手続きを踏むしか選択肢がなかったからだ。そして、その結果はどうなった? 国民は、目先の平穏(年金維持)を選び、改革は頓挫した」


有馬は立ち上がり、占領下の東京の状況を示すデータを指し示した。

「そして今、我々はどこにいる? 君の予測通り、少子高齢化は極限まで加速し、未曾有の国難(巨大地震)が国土を破壊した。当時とは前提条件が、根本から変わったのだよ」


彼の言葉は、冷徹な論理の刃だった。


「この生産力が壊滅した瓦礫の山から国家を再建し、人手不足の軍隊を再編し、君が招き入れた連邦を排除して独立を勝ち取る。それには、国民の『自由意志』という、最も非効率で予測不能なバグを許容する余裕は、もはやこの国にはない。我々が今採用すべきは、最も効率的にリソース(人的資源)を強制配置できる、『経綸計画』型の強制モデルだ。それが唯一の合理的な解だ。君とて、連邦の力を利用してこのボロボロの国を再建するつもりだったのだろう」


「そのとおりです。制度が変質しても仕方がない、どんなものでも死よりはいいと」

「私も同じだよ。これが理想ではないことは知っている。他国に物乞いをするような最悪の状況で理想という選択肢は最初から残されてはいない。全ては、ただ生き残る手段にすぎない」

「ですが、有馬さんが、この国を再建できたなら、その時は」

「そうだな。その時は、国民に聞いてみてもいいかもしれない。今の様にすべてを失っても、自由がほしいかと。他国に隷属しなければ、再建すらできない国でも良いから、自由がほしいかと」


怜奈は、それ以上何も言わなかった。


「リソースの確保は?」怜奈は、システム設計者の顔に戻っていた。

「『国民基盤役務制度』を、君が使え」


彼女の仕事は、そこから始まった。

彼女のコンソールは、今や日本国民全ての才能と経歴、職歴、適性データを網羅したデータベースに直結していた。彼女は、有馬が用意した山梨県の「タチバナ総合科学研究所」という器に、必要な「魂」を注ぎ込む作業を開始した。


彼女の指がキーを叩くたび、システムは『国民基盤役務制度』のデータベースをスキャンし、必要な「失われたピース」を即座に弾き出す。 検索パラメータ:「ナノマテリアル」「電波工学」「全固体電池」。ステータス:「民間企業就業中」、「失職中」あるいは「非最適役務」。


システムが弾き出したリストには、震災でポストを失った基礎研究の大家、赤字続きで大資本に買収されかけた独自の素材技術を持つ老技術者、あまりに異分野すぎてこれまで結びつくことのなかった応用工学の権威たちの名が並んでいた。


怜奈は、彼ら一人ひとりのデータを精査し、システムを通じて「国家復興のための最重要プロジェクト」として、タチバナ研究所へと「最適配置」していった。


彼女のモニターには、タチバナ研究所の監視カメラ映像が常に映し出されていた。 集められた科学者たちは、有馬から与えられた潤沢すぎる「黒い資金(=研究費)」に目を輝かせ、寝食を忘れて研究に没頭していた。彼らは、自分たちが「世界最高のエネルギー効率を持つ、次世代の全固体電池」を開発していると信じ、日本の復興のために無邪気な情熱を注いでいる。


怜奈は、彼らを欺いていた。 彼らが開発している「モバイル機器用の超小型アンテナ素材」が、特定の周波数にだけ共振する「信管」であり、彼らの最高傑作である「全固体電池」が、その信管を内蔵した「戦略兵器」であるとは、誰も知らない。


罪悪感? 怜奈は、その感情を「非合理なノイズ」として処理した。


彼女は、別のモニターに視線を移す。そこには、『国家生産最適化システム』が映し出す、占領下の日本の惨状がリアルタイムで表示されていた。東亜連邦の兵士による小規模な略奪。配給の遅延に苦しむ国民の統計データ。そして、朝鮮半島や台湾海峡で高まり続ける軍事的な緊張――。


彼女は、変数を「最適化」するだけだ。 「少数の(科学者の)無知」と「多数の(国民の)救済」。 天秤にかけるまでもない。彼女は、有馬が国内の「政治的ノイズ」を処理する「盾」となっている間に、システムの中枢で、冷徹に「剣」を鋳造し続けた。


有馬は完璧な「盾」だった。 彼女は、システムを通じて観測していた。ジャーナリスト相沢の拘束。福永議員の失脚。有馬が自らリークした「汚職疑惑」によって、世論の憎悪が「タチバナ研究所=利権」という一点に集中していく様を。 国民も、独立派も、そして東亜連邦さえも、有馬という「金に汚い守銭奴」の仮面に気を取られている間に、彼女は「剣」を研ぎ澄まし、量産体制を整えていった。


そして、西暦2042年、夏。台湾侵攻の日。 管制室のメインスクリーンには、台湾海峡の戦術マップが映し出されていた。東亜連邦軍を示す無数の青い点が、台湾を示す赤い点を蹂躙していく。 怜奈は、この地獄のような戦場に、日本国内の最大の「バグ」であったはずの飯田熊治の部隊が、合衆国の「駒」として紛れ込んでいるとは、まだ知らなかった。彼女が集中していたのは、ただ一つ。敵主力が、後戻りできないシミュレーション上の撃発ポイントまで進軍する、その完璧なタイミングだけだった。


「……奥田君」 内線通信越しに、有馬の静かな声が響く。 「撃発の時だ」


「……了解」


怜奈は、無感情にそう返すと、プログラムの最終シーケンスを呼び出した。 彼女が構築した『制御システム』。静止衛星を経由し、東アジア全域に存在する無数の「タチバナ製バッテリー」に向けて、彼女だけが知る暗号化されたキルシグナルを照射する、最後のコマンド。


彼女は、指をコンソールに走らせ、実行コマンドを打ち込んだ。


INITIATE: PHASE_SHIFT_TRIGGER


エンターキーを叩く。 彼女の耳には、台湾の絶叫も、兵士の断末魔も聞こえない。 ただ、メインスクリーンの戦術マップ上で、数万の青いアイコンが、一瞬にして「灰色(機能停止)」あるいは「赤色(爆発)」へと変わっていく様だけが、データとして表示されていく。


シミュレーション通りの結果。誤差なし。 彼女は、この国を救うための最大の「罪」を、ただ一人、システムと共に、完璧に実行した。



怜奈の意識が、現在の管制室に戻る。

有馬は死んだ。テロリストの凶弾に倒れたと、システムは記録している。

後を継いだ白洲二郎は、有馬の死さえも「変数」として利用し、国民投票に圧勝。今や、この『国民基盤役務体制』――あの時有馬が選択した「強制モデル」――は、国民自身によって選ばれた、絶対的な「正義」となった。


彼女は、時折、特定のIDのステータスを確認することがあった。


【ID: Iida_Kumaji】

所属:新国軍・特別顧問。

状態:正常(システムへの忠誠を維持)


【ID: Sato_Yuto】

所属:第3データセンター・監視役務者。

状態:正常(システムへの適応を完了)


一人は、かつて同じ部屋で未来を議論した元同志。有馬のシステムにとって最大の「バグ」となり、計画を最も脅かした抵抗者。

もう一人は、有馬の謀略において、全ての罪を背負う「にえ」として選ばれた、平凡な市民。


その二人ともが、今やシステムの一部として「正常」に機能している。


すべては、安定している。

すべては、最適化されている。


怜奈は、ふと、あの「令和総力戦研究所」での最後の夜を思い出す。有馬が、絶望的な未来予測を前に、彼女に告げた言葉。


「我々の日本にはもう、箱の底に『希望』しか残っていなかったのだよ」


目の前のモニターに映る、完璧な「灰色の豊穣」。

これが、あの時私たちが望んだ「希望」の形だったのだろうか。


怜奈は、その問いをデータ化することも、シミュレーションにかけることもしなかった。彼女は、自らが設計したこの完璧な秩序を維持するため、今日もまた、キーボードへと指を伸ばす。

彼女自身が、この「灰色の豊穣」を維持する、最も重要な歯車の一つとして。


国民基盤役務制度 完

第一部(崩壊編)完 第二部(占領期編)完 第三部(独立編)完 第四部(完結編)完


「国民基盤役務制度」は、国側のマクロな少子高齢化対策でしたが、次は個人としてのミクロな少子高齢化対策を描いた小説「不良債権世代」を連載中です。


「続編1 不良債権世代」投稿済

https://ncode.syosetu.com/n3962li/


「続編2 ????」投稿予定

https://ncode.syosetu.com/n2120lj/

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