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国民基盤役務制度  作者: 喰ったねこ
独立編
32/41

独立と国民基盤役務制度

『撃発』から三ヶ月。西暦2042年、秋。


世界は、日本が引き起こした激震から、新たな秩序を模索していた。麻痺状態から徐々に回復しつつあった東亜連邦は、しかし失われた軍事的優位を取り戻すには程遠く、国際社会における威信も大きく揺らいでいた。台湾からは撤退し、ゲリラ戦が展開半島からも引き上げの準備を始めていた。


合衆国は、東アジアにおけるパワーバランスの変化を静かに見守りつつ、日本の有馬政権との間で実利的な関係構築を模索していた。


その水面下で、有馬征四郎は冷徹な外交交渉を着実に進めていた。


まず決着したのは、東亜連邦との和平交渉だった。 数十万人の拘束された国民(経綸計画役務者)の解放を最優先課題とする連邦政府は、有馬が提示した条件を呑む以外に選択肢はなかった。『明石計画』の再発動の恐怖、そして米国の影。彼らは、屈辱を噛み締めながら、日本の完全なる主権と独立を承認し、恒久的な和平条約に調印した。同時に、日本の国内体制――『国民基盤役務制度』――への一切の不干渉を約束させられた。 解放された役務者たちが、沈鬱な表情で祖国へと帰還していく。それは、東亜連邦による日本支配の、完全な終焉を告げる光景だった。有馬は、彼らが去った後の日本国内のインフラ維持と労働力確保を、滞りなく『国民基盤役務制度』によって代替した。


次にヤマ場を迎えたのは、合衆国との交渉だった。 ワシントンD.C.にいる湯川道彦が、有馬の代理人として、国務省との間で最後の詰めを行っていた。焦点は、『明石計画』の全情報と引き換えに、日本が得る見返りだ。


「……つまり、貴国は『国民基盤役務制度』という非民主的な体制を維持したまま、我が国の安全保障と経済支援を求めると。そう理解してよろしいかな、Mr.湯川?」 スティーブンス次官補の言葉には、依然として棘があった。


「その通りです」湯川は、もはや迷いを捨てていた。有馬のやり方は容認できない。しかし、日本の独立を守るためには、今はこの冷徹な現実主義者リアリストと手を結ぶしかない。「有馬首相が築いた体制は、我が国の安定の根幹です。それを変更することは、再び東アジア全体の不安定化を招きかねません。貴国が求める『情報』の価値と、地域の安定。天秤にかけるべきは、その二つです」


数日後、合衆国大統領は声明を発表した。 「我が国は、日本の独立を歓迎し、両国間の伝統的な友好関係に基づき、安全保障上の協力関係を再確認する。また、日本の経済復興に向けた支援を惜しまない。ただし、日本国内の人権状況については、引き続き深い懸念を表明する」


「再確認」「深い懸念」。全てが曖昧な外交辞令だった。しかし、日米安保条約の再確認(核の傘の暗黙の承認)と経済支援の約束は取り付けられた。有馬は、合衆国が最も欲しがる情報(『明石計画』)を段階的に提供することと引き換えに、自らの国内体制への事実上の不干渉と安全保障という、二つの大きな果実を手にしたのだ。



国内では、有馬の描いた設計図通りに、新たな国家体制が急速に構築されていた。


新国軍の編成は着実に進んでいた。 『国民基盤役務制度』による「国防役務」によって、兵員数は旧自衛隊時代とは比較にならない規模で充足されていた。旧自衛隊から編入された兵士と、新たに徴集された若者たち。彼らを鍛え上げるのは、皮肉にも、昨日まで「反逆者」として投獄されていた元・独立派の兵士たちだった。


訓練キャンプの一つを視察した有馬は、泥まみれで新兵を指導する元・独立派の軍曹の姿を、冷徹な目で見つめていた。彼の隣には、新国軍の「特別顧問」という肩書を与えられた飯田熊治が、複雑な表情で控えている。


「順調かね、飯田君」 「……は。兵士たちの士気は高い。ですが、旧自衛隊組との軋轢あつれきは、まだ…」 「時間が解決する」有馬は短く言った。「重要なのは、彼らが『誰の』ために戦うかだ。それは、抽象的な国家や、ましてや民主主義ではない。彼らが守るべきは、国民一人ひとりの『生活』であり、それを保障するこの『制度システム』そのものだ。それを徹底的に叩き込め」


飯田は、有馬の言葉に反論できなかった。有馬は、飯田たち独立派が掲げた「独立」という理想さえも、自らのシステムを維持強化するための「物語」として利用している。その事実に気づきながらも、飯田は「独立した祖国を守る」という現実的な任務を放棄することはできなかった。



官邸の執務室に戻った有馬は、白洲と共に、和平条約と日米合意の報告書に目を通していた。 「これで、第一段階は完了だ」有馬は呟いた。 「はい」白洲は頷いた。「東亜連邦の脅威は去り、合衆国との関係も安定軌道に乗りました。あとは、国内体制の完全な安定化ですか」


有馬は、窓の外に広がる、復興が進む東京の街並みを見下ろした。独立を達成し、国際的な地位も確保した。しかし、彼の視線は、既にその先を見据えていた。


「白洲。国民は、まだ『独立』という熱狂の中にいる。だが、いずれ気づくだろう。彼らが手に入れたのは、震災前の『自由』ではない。より強固な『秩序』と『安定』であることを」


有馬の声には、何の感慨もなかった。ただ、次なる課題を冷静に分析しているだけだった。 「我々が真に戦うべき相手は、外部の敵ではない。国民自身の心の中にある、『自由』への郷愁と『システム』への反発だ」


灰色の宰相は、独立という名の新たな契約を、国民に突きつけた。それは、自由を放棄する代わりに、国家による絶対的な生存保障を得るという、かつて日本が自ら拒絶し、そして今、有馬の手によって強制的に結ばれた契約だった。


第四部へ続く

第一部(崩壊編)完 第二部(占領期編)完 第三部(独立編)完 第四部(完結編)を予定。

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