力の天秤
『撃発』から一ヶ月。世界は、日本が投じた一石によって引き起こされた、静かな波紋の中心にいた。
東亜連邦軍は麻痺状態から脱せず、台湾と朝鮮半島の戦線は完全に膠着。合衆国は、アジアにおけるパワーバランスの激変を前に、次の一手を慎重に見極めようとしていた。有馬征四郎が一方的に宣言した「米国の核の傘」を、合衆国政府が公然とは否定しなかったという事実。それが、東亜連邦に対する見えざる最大の抑止力となっていた。
その 極めて不安定な均衡の中、有馬征四郎は矢継ぎ早に手を打っていた。
まず、彼は世界に向けて日本の「回復した牙」を見せつけた。
房総半島沖の演習海域。独立後初めてとなる、新国軍によるミサイル発射実験が実施された。タチバナ研究所の技術を応用し、旧式のミサイルを改修したそれは、驚異的な精度で数百キロ先の標的に命中した。
さらには、数百機の自律型自爆ドローンが北海道より飛び立ち、静岡にある演習目標である標的に対して、四方八方から一斉に飽和攻撃を仕掛けるなど、高度なロボット兵器のデモンストレーションを行ったのだ。
映像は全世界に配信され、「再軍備」が単なる宣言ではないことを明確に示す。それは限定的な能力でしかない。しかし、合衆国の暗黙の了解を得た「核の傘」宣言と相まって、東亜連邦に「日本への攻撃は高くつく」と認識させるには十分だった。
次に、有馬は東亜連邦との交渉のテーブルに着いた。 表向きの交渉役は外務省のベテラン官僚だったが、その背後で糸を引いていたのは有馬本人だ。交渉の最大の切り札は、『撃発』と同時に日本国内で武装解除され、各地の施設に拘束されている数十万人の「経綸計画役務者」――震災復興の名目で送り込まれ、事実上の占領軍となっていた彼らの存在だった。
有馬が提示した条件は、驚くほど「現実的」だった。 「拘束している貴国の国民(役務者)全員の即時解放。そして、貴国が望むならば、一定の経済協力の継続も検討しよう」 東亜連邦の交渉団は、その言葉の裏にある、拒否できない圧力を感じ取っていた。
「…その代わり、条件は二つだ」有馬の代理人は、冷徹に告げた。 「第一に、日本の完全なる主権と独立を承認し、恒久的な和平条約を締結すること」 「第二に、我が国の国内体制――すなわち『国民基盤役務制度』――への一切の不干渉を約束すること」
それは、東亜連邦にとって苦渋の選択だった。有馬は言っているのだ。「貴国が元々望んでいた、安定し、管理された日本(=経綸計画のような社会)は、このまま存続させる。ただし、その管理者は貴国ではなく、我々(有馬政権)だと。
これを認め、和平を結ぶならば、貴国の国民(人質)も返し、経済的な繋がりも維持しよう。しかし、もし拒否し、日本への敵対行動を続けるならば――貴国の国民の安全は保証できない」 有馬は、東亜連邦の当初の目的(=安定した日本の管理)と、彼らの現在の弱体化した状況、合衆国の影、そして「数十万人の人質」という直接的なカードを完璧に利用し、彼らに「有馬政権下の独立日本」を認めさせる以外の選択肢を奪っていった。
もちろん、あの『撃発』――東亜連邦軍内部で発生した「原因不明の大規模システム障害」について、日本政府は「一切関知していない」という立場を崩さなかった。
◆
並行して、有馬は合衆国との水面下の交渉も進めていた。チャンネルは、ワシントンにいる湯川道彦だ。 有馬が提示したカードは、合衆国が渇望するものだった。『明石計画』の全貌――東亜連邦の最新兵器システムの致命的な脆弱性に関する全情報と、それを可能にした日本の技術。
合衆国が「核の傘」宣言を否定しなかった時点で、交渉のフェーズは変わっていた。有馬は、もはや脅しではなく、自信に満ちた取引相手として交渉に臨んでいた。
「Mr.湯川を通じて、ワシントンには伝えてあるはずだ」官邸の執務室で、有馬は白洲に確認した。「我々が提供する『情報』の対価。日米安全保障条約の再確認。そして、我が国の経済復興に対する具体的な支援だ」
白洲は頷いた。「はい。米側も、情報の価値は認めていますが…依然として、日本の国内体制…『国防役務』を含む『国民基盤役務制度』について、民主主義の観点から『深い懸念』を表明しています」
「懸念、か」有馬は鼻で笑った。「彼らは、我々に『再民主化』しろとでも言いたいのかね? 占領下の傀儡政権に戻れと?」 彼の目的は、震災前の非効率な民主主義への回帰ではない。彼が築き上げた、強力で効率的な「国民基盤役務制度」の維持こそが、日本の「生存」に不可欠だと信じていた。
「白洲、ワシントンに伝えろ」有馬は命じた。「『情報』の価値は理解しているはずだ。貴国の国益と天秤にかけるがいい。我が国の国内体制は、我が国の安定の根幹であり、交渉の対象ではない。貴国の『懸念』は理解するが、それは内政問題だ。我々は、価値観を共有する友人ではなく、国益を共有するパートナーを求めている、とな」
それは、合衆国の現実主義に訴えかける言葉だった。有馬は、合衆国が東亜連邦の脅威と『明石計画』の情報を前に、日本の国内体制という「理想論」には目をつぶらざるを得ないだろうと確信していた。




