法治主義の死角
日本の独立宣言から数週間。国際社会は、東アジアに生まれた新たなパワーバランスを前に、固唾を飲んで状況を見守っていた。東亜連邦は沈黙を守り、合衆国は有馬政権との間で水面下の交渉を開始していた。表面的には、日本は「灰色の宰相」の下で、奇跡的な独立を達成したかに見えた。
しかし、国内では新たな戦いの火蓋が切られようとしていた。有馬が超法規的な「国防役務」の発動と「核武装」宣言によって掴み取った独立。その「法的な正当性」を問う声が、息を潜めていた旧野党系の議員たちから上がり始めたのだ。
国会の予算委員会。独立後初めてとなる本格的な論戦の場で、かつて福永議員(女性スキャンダルで失脚)の同僚だった立花議員が、鋭く有馬に切り込んだ。 「総理! あなたが発動した『国防役務』は、事実上の徴兵制であり、憲法第九条に明確に違反する! さらに、核兵器保有を示唆する発言は、非核三原則を反故にする暴挙だ! この国の法治主義を、あなたは完全に破壊した!」
議場は、占領期には考えられなかったヤジと怒号に包まれた。だが、有馬は表情一つ変えない。 「立花議員。では、お伺いしたい」有馬は、静かに、しかし有無を言わせぬ圧力で反論を開始した。「あなたは、我が国が東亜連邦の占領下に留まるべきだったと、そうお考えか?」
「そ、それは違う! しかし、手続きが…!」 「手続き、ですか」有馬は、冷ややかに続けた。「国家存亡の危機において、憲法の条文解釈に時間を費やし、国民の生命と独立を危険に晒すことが、政治家の取るべき道だと? それこそ国民への裏切りではないか」
彼は、かつての自衛隊論争と同じ論法を展開する。 「『国防役務』は、軍隊ではない。『国民基盤役務制度』に基づく、国土防衛のための『役務』の一つに過ぎない。自衛のための当然の措置であり、かつての自衛隊と同様、憲法の範囲内である。核についても、我が国は他国を脅かす意図は毛頭ない。ただ、不当な核の恫喝に対しては、『あらゆる手段』で国民を守ると申し上げただけだ」
それは、あまりにも大胆な詭弁だった。しかし、「独立か、隷属か」という究極の選択を突きつけられた議員たちの多くは、反論の言葉を失う。今、有馬の強権を否定することは、あの屈辱的な占領状態へ逆戻りすることを意味しかねないからだ。
「納得できません!」立花は食い下がった。「総理のやり方は独裁だ! いずれ国民があなたに反旗を翻すでしょう!」 「結構」有馬は言い放った。「国民には、いずれ信を問う。彼らが、私のやり方よりも『占領下の平和』を選ぶというのなら、それもまた民主主義の結果だろう」
その言葉は、立花たち旧野党系の議員を沈黙させるには十分だった。有馬は、国民投票という「最終兵器」をちらつかせ、反対派を牽制したのだ。
その日の夜。立花議員の事務所に、国税庁の査察が入ったというニュースが小さく報じられた。「脱税の疑い」。有馬の「鉄の秩序」は、独立後も何ら変わっていなかった。
国会での論戦は、有馬の「勝利」に終わった。しかし、それは力で押さえつけただけの、脆い勝利だった。「法の死角」を突き、強引に推し進められる有馬の独裁に対し、国民の間には新たな不満の種が蒔かれ始めていた。
独立の熱狂は冷め、人々は自分たちが手に入れた「独立」の、本当の姿に気づき始めていたのだ。




