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国民基盤役務制度  作者: 喰ったねこ
占領期編
23/41

謀略、第二次朝鮮戦争

2041年4月12日、夜明け。

独立派が潜む関東山地の隠れ家では、冷たい空気が張り詰めていた。佐藤ユウトは、古い衛星通信端末が受信した、合衆国の湯川からもたらされた暗号化テキストを、息を詰めて見つめていた。内容は簡潔だった。


『兵站、最終段階。東亜連邦海軍、日本海に展開完了。攻撃開始時刻(Hアワー)は間近と予測』


「……もう、いつ始まってもおかしくない」

隣で仁王立ちしたままそのテキストを睨む飯田熊治が、低い声で言った。彼らが観測してきた日本の工場からの物資の動きは、湯川の分析を裏付けていた。部品と燃料は、大陸で巨大な殺戮の力へと姿を変え、その引き金に指がかかるのを待っている。


その直後だった。

部屋の隅に置かれた古いテレビが、けたたましい緊急警報のアラームを鳴り響かせた。


『――臨時ニュースを申し上げます! たった今、北朝鮮は、朝鮮半島全域に向け、数百発の弾道ミサイル及び巡航ミサイルを発射! 同時に、無人攻撃ドローンの大部隊が38度線を越えました!』


テレビ画面に映し出される、ソウルの街に降り注ぐ無数の光の筋と、それによって引き起こされる巨大な爆発。防空システムは、日本からもたらされた部品と燃料で飽和状態になった物量攻撃の前に、ほとんど機能していない。


狼煙は、上がった。


だが、地獄の釜の蓋が開いた戦場で、世界が目にしたのは一方的な蹂躙ではなかった。

ミサイル攻撃の第一波が過ぎ去った後、38度線を越えて南下を開始した北朝鮮軍の機甲部隊に対し、南朝鮮軍は予想を遥かに上回る頑強な抵抗を見せたのだ。


「日本占領後、彼らは、この日を覚悟していたんだ……」

飯田は、食い入るように画面を見ながら呟いた。


テレビには、撃墜された北朝鮮軍ドローンの残骸や、炎上する東亜連邦製の最新鋭戦車の映像が次々と映し出される。高い士気に支えられた南朝鮮の兵士たちは、巧みな遅滞戦術と対戦車ミサイルで、侵攻軍に甚大な被害を与えていた。首都ソウル近郊では、市街戦に持ち込まれた北朝鮮軍の先鋒部隊が、地の利を得た守備隊によって包囲殲滅されるという一幕さえあった。

緒戦は、明らかに南朝鮮軍が善戦していた。世界中から、驚きと賞賛の声が上がる。このまま侵攻を食い止められるのではないか。そんな淡い期待さえ生まれ始めていた。


だが、その希望は、開戦からわずか6時間後に、空から無慈悲に踏み砕かれる。


東亜連邦は、「同盟国を防衛し、地域の安定を回復するため」と称し、待っていたかのように正式な軍事介入を宣言。


その宣言と同時に、九州の基地を飛び立った東亜連邦空軍のステルス戦闘機の大編隊が、防空レーダーに痕跡を残すことなく南側から挟み込むように朝鮮半島上空に侵入した。彼らは、北朝鮮軍との激しい戦闘で消耗し、位置を暴露した南朝鮮軍の防空部隊や指揮拠点を、一方的に、そして外科手術のように正確に破壊していく。


これに対し、南朝鮮政府は、同盟国である合衆国に対して救援を求めたが、初動対応としては「力による一方的な現状変更は容認できない」という緊急声明がもたらされたのみで、第七艦隊は、トマホークの一発も発射することなく、遠くグアム近海で事の推移を見守るのみであった。


自国第一主義にとらわれた合衆国にその気があったか疑わしいし、そもそも、参戦する気があったとしても、日本が連邦隷下になっている以上、列島にハリネズミのように装備された地対艦ミサイル(SSM)や日本海を回遊する攻撃型潜水艦を恐れて物理的に半島へ近づく事は困難であったかもしれない。


こうして、援軍も期待できず、空を完全に支配された戦場では、もはや兵士の士気や勇敢さは意味をなさなかった。

東亜連邦の介入は、天秤の上に巨大な分銅を乗せるようなものだった。南朝鮮による正規戦は、この瞬間、事実上終結したと言っても過言ではなかった。



首相官邸の地下深く。奥田怜奈が管理するシステムのメインスクリーンには、リアルタイムで更新される戦況図が映し出されていた。そこでは、南朝鮮軍の戦力が、赤い光点となって急速に消滅していく様が、ただのデータとして処理されていく。


背後に立つ有馬征四郎が、静かに口を開いた。


「……予定通りだな」


「はい」怜奈は、画面から目を離さずに答えた。「南朝鮮軍の初期抵抗率は、シミュレーションの予測値より12%上回りましたが、連邦軍の介入により、3時間後には正規戦能力喪失という目標値に収束します」


「そうか、圧倒的だな。彼らはこれで引き返すことはしないな」

「なぜですか? 今後、合衆国が介入する可能性があるからですか?」

「たしかに、合衆国がこのまま静観とはいかないだろう。人は出さなくても武器ぐらいは出すはずだ。正規軍の戦いが終わっても半島の混乱はまだつづくさ」

「今後、合衆国の武器支援があると……」

「ああ、われわれのこの戦争特需もまた、まだまだ続くということになる」

「非対称戦への移行ですか?」

「そうだ。だがもっと重要な点は、連邦の本当の目的が戦争に完全に勝つことじゃなくて、戦争を口実に半島に大部隊を駐留し続けることにあるということだ」

「まさか、新秩序建設のために」

「ああ。合衆国の監視を日本海の一部で弱めろという指令が、さきほど東亜連邦上層部から降ってきたよ。これまでの半島での戦闘推移が完全に彼らのシナリオ通りで、東亜連邦には相当な余裕があるという証左だろう。そんな時は、誰であっても、もっと良い夢を見たくなるものさ」


有馬はそれだけ言うと、踵を返した。彼の表情に、隣国で始まった大虐殺への憐憫や罪悪感は微塵も浮かんでいなかった。ただ、自らが描いた設計図通りに、物事が進んでいることを確認しただけだった。



独立派の隠れ家で、飯田とユウトは、画面を見つめていた。京浜工業地帯の工場で生み出された砲弾が、今まさにソウルの市街地で炸裂し、日本のコンビナートで精製された航空燃料が、戦闘機のエンジンを駆動している。この戦争は、決して対岸の火事ではなかった。


戦争という最も醜悪な顔。そして、その裏で冷徹に進む大国の覇権戦略。日本が否応なく共犯者として巻き込まれる、新たな「戦争の時代」が、今、幕を開けた。

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