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国民基盤役務制度  作者: 喰ったねこ
占領期編
21/41

兵站基地

2041年、早春。合衆国からもたらされた「神の視点」は、独立派の戦いを一変させた。佐藤ユウトは、衛星通信端末が映し出すリアルタイムの衛星画像を睨みつけ、治安維持部隊の部隊配置や検問所の位置を正確に予測。


飯田熊治率いる実行部隊は、その情報を元に、まるで幽霊のように敵の包囲網をすり抜け、小規模ながらも効果的な妨害工作を成功させていた。彼らは息を吹き返したのだ。


だが、作戦を重ねるにつれ、ユウトは日本全体の姿に言いようのない違和感を抱き始めていた。それは、テロリストにされた一介のウェブデザイナーの目にも明らかな、大きな異常だった。


「飯田さん、これを見てください」 隠れ家の一室で、ユウトはノートパソコンの画面を飯田に向けた。画面には、震災で壊滅したはずの京浜工業地帯の夜間衛星画像が映し出されている。 「このエリアから放たれる夜間光の量が、ここ半年で異常に増えているんです。震災前の最も景気が良かった頃と比べても、明らかに明るい。東亜連邦の支援で、真新しい工場が次々と再稼働し、24時間フル稼働している証拠です。それだけなら経綸計画は凄いで済む話ですが」


ユウトは、別のウィンドウを開いた。そこには、国民一人当たりの配給物資の推移を示すグラフが表示されていた。合衆国のスパイ組織が集めた統計だろうか。その線は、夜の明るさとは裏腹に、緩やかな下降線をたどっている。 「でも、おかしいんです。これだけの物が作られているはずなのに、国民の生活は楽になるどころか、むしろ苦しくなっている。一体、この国で生産された物は、どこへ消えているんですか?」


飯田は、腕を組み、厳しい顔で画面のデータを睨みつけた。ユウトはさらに、日本海側の新潟港を拡大する。 「それに、これです。新潟港から、ほぼ毎日、国籍不明のタンカーが出港している。AIS(自動船舶識別装置)の信号を追うと、ほとんどが北朝鮮の南浦港に向かったところで信号を消すんです。まるで、巨大なバケツに水を注ぎ込むように、何かが日本から北へ流れ込んでいる」


ユウトの素朴な疑問に、飯田は元軍人としての知識と経験で、点と点を繋いでいく。 「……消えているんじゃない。目的が違うだけだ」 飯田は、重い口を開いた。 「ユウト、お前が見ているのは、この国の『回復』じゃない。『改造』だ。有馬は、東亜連邦の支援を受け入れ、この国を巨大な兵站基地に作り替えているんだ」 飯田は、ユウトが示したデータを指さした。 「この回復した生産力で作られているのは、民生品じゃない。爆薬、軍用車両、精密誘導兵器の部品、ドローン、そして大量の航空燃料だ。それらが新国鉄の深夜貨物で秘密裏に運ばれ、恐らくは連邦の戦争計画のために大陸へ送られている。俺たちの国は、来るべき戦争のための、巨大な武器庫であり、燃料タンクにされているんだ」


その言葉は、ユウトに絶望的な理解をもたらした。国民が飢えながら生産した物資が、自分たちのためではなく、見知らぬ誰かを殺すための道具として、海を渡っていく。この国の回復は、あまりにも禍々しい目的のためにあったのだ。


「有馬の本当の狙いは、これだったのか……」飯田は、吐き捨てるように言った。「占領下で、連邦の金と技術を使い、日本の産業基盤を完全に復活させる。そして、その『力』を、いずれ何に使うつもりなのか……」



その頃、東京の首相官邸地下深く。窓のない無機質な一室で、奥田怜奈は巨大なディスプレイに映し出される無数の数式とグラフを、無感情に見つめていた。彼女が管理しているのは、『国家生産最適化システム』。


この国のかつてない速度の産業復興を、裏で操っているのがこのシステムだった。有馬は、東亜連邦に対し「日本の生産インフラを、貴国の軍事計画のために最適化する」と約束し、怜奈はその実現を委ねられていた。彼女がキーボードを叩くたびに、数年かかるはずだった生産目標が数ヶ月で達成されていく。彼女の仕事は、これから始まる大虐殺の、最も重要な兵站線を構築することだった。


「……怜奈君」 背後から、有馬の声がした。彼は、怜奈の隣に立ち、ディスプレイに映る一つのグラフを指さした。それは、日本の重化学工業の生産能力が、震災前の水準を完全に回復したことを示すグラフだった。 「予定通りだな」 「はい」怜奈は、画面から目を離さずに答えた。「『生産力の復興』は完了です」 「そうか」 有馬はそれだけ言うと、部屋を出ていった。その背中を見送りながら、怜奈は一人、部屋に残された。その表情からは、彼女がこの巨大な戦争準備の共犯者であることへの葛藤も、達成感も、一切読み取ることはできなかった。



独立派の隠れ家では、飯田とユウトが、衛星画像を見つめていた。日本列島の夜景は、震災前よりも明るく輝いているように見えた。だが、その光は、国民の暮らしを照らす希望の光ではない。巨大な戦争に薪をくべる、業火の灯火だった。

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