麒麟児
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小学生の頃はただただ不思議だった。
教科書を一度読めば理解できるようなことを、何故何十分もかけて授業で説明されるのか。
隣の席のあの子は何故、友達と怖いくらいに幼稚な喧嘩をしてあんなに泣いているのか。
そんな話を親戚のおじさんにしたら、おじさんは酔っ払った赤ら顔で、僕の背中を嬉しそうに何度か摩った。
天才だ、将来は総理大臣になるかもな。
そう言って、またお酒を呷るとガハハと笑った。
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平日の昼間は人が少なくていい。
表面が風化した公園のベンチに座って、ぼんやりと空を見ていた。
風が少ないからか、雲はゆっくりゆっくり流れる。
首が疲れたので今度は地面を見下ろすと、あまり見覚えの無い大きめの虫が居た。
長い触覚をゆらゆら揺らしている……カミキリムシの仲間だろうか。
特にスマホで調べるほど興味は無いので、そのまま目を瞑る。
遠くで踏切の鳴る音がする。
ウォーキング中だろうか、早足で人が過ぎ去った音がした。
深く息を吸ってみる。まぁ……代わり映えの無い空気の匂いだ。
特にやることも無く、そしてやりたいこともあるはずが無く、何となく今日もここへ来た。
無理やり理由を付けるなら、家に居るだけじゃ親に心配されて気まずい……それだけだ。
僕の人生はありきたりだ、いや……ありきたりなんて言ったら世間の人に失礼だろうか。
天才だなんてもてはやされたものの、普通に中学レベルの勉強に躓いて。
その上で人付き合いはてんでダメで……人の気持ちがわかってないと罵られ、変人だと引かれて。
天才じゃない変人はただの変人だ。何処へ行っても上手く行かない。行くはずが無い。
わかりきったように失敗して。それを繰り返して……気付いたらここに居た。
目を開けたら、足下のカミキリムシっぽい虫は居なくなっていた。
行く当ても無いけど、とりあえず立つ。
歩いていたらまた踏切の音がして……しばらくすると電車がガタガタやって来る。
電車が通り過ぎた風圧で、特にセットもしていない、僕の脂ぎった髪が揺れる。
あれに飛び乗ったら、僕もどこかへ行けるだろうか。
見知らぬ土地でやり直せるだろうか。
なんて……実行に移す予定も無い思案をする。
お金も無い、希望も無い。かと言って、走る電車の前に立つ勇気も無い。
自分で踏み出さないと何も変わらないと、いつか偉そうな人が言っていたっけ。
それなら、その足を踏み出す元気をくれないか。踏み出したい気持ちをくれないか。
僕にはもう、それが残っていないから。
向かう道が希望だろうが破滅だろうが、どっちでも……どうでもいいからさ。
帰ったら何をしよう。
別に見たくない動画でも見ようか。それとも、別に眠くないけど横になろうか。
それとも……それとも……ああもう、考えるのも面倒だ。
家の玄関ドアは昨日と同じく重くて、鉄臭い。
部屋の空気も昨日と同じ。もちろん家具の配置も、何もかも。
……何もかも、昨日と同じだ。