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麒麟児

作者: 林代音臣

****


 小学生の頃はただただ不思議だった。

 教科書を一度読めば理解できるようなことを、何故何十分もかけて授業で説明されるのか。

 隣の席のあの子は何故、友達と怖いくらいに幼稚な喧嘩をしてあんなに泣いているのか。

 そんな話を親戚のおじさんにしたら、おじさんは酔っ払った赤ら顔で、僕の背中を嬉しそうに何度か摩った。

 天才だ、将来は総理大臣になるかもな。

 そう言って、またお酒を呷るとガハハと笑った。


****


 平日の昼間は人が少なくていい。

 表面が風化した公園のベンチに座って、ぼんやりと空を見ていた。

 風が少ないからか、雲はゆっくりゆっくり流れる。

 首が疲れたので今度は地面を見下ろすと、あまり見覚えの無い大きめの虫が居た。

 長い触覚をゆらゆら揺らしている……カミキリムシの仲間だろうか。

 特にスマホで調べるほど興味は無いので、そのまま目を瞑る。

 遠くで踏切の鳴る音がする。

 ウォーキング中だろうか、早足で人が過ぎ去った音がした。

 深く息を吸ってみる。まぁ……代わり映えの無い空気の匂いだ。


 特にやることも無く、そしてやりたいこともあるはずが無く、何となく今日もここへ来た。

 無理やり理由を付けるなら、家に居るだけじゃ親に心配されて気まずい……それだけだ。


 僕の人生はありきたりだ、いや……ありきたりなんて言ったら世間の人に失礼だろうか。

 天才だなんてもてはやされたものの、普通に中学レベルの勉強に躓いて。

 その上で人付き合いはてんでダメで……人の気持ちがわかってないと罵られ、変人だと引かれて。

 天才じゃない変人はただの変人だ。何処へ行っても上手く行かない。行くはずが無い。

 わかりきったように失敗して。それを繰り返して……気付いたらここに居た。


 目を開けたら、足下のカミキリムシっぽい虫は居なくなっていた。

 行く当ても無いけど、とりあえず立つ。

 歩いていたらまた踏切の音がして……しばらくすると電車がガタガタやって来る。

 電車が通り過ぎた風圧で、特にセットもしていない、僕の脂ぎった髪が揺れる。


 あれに飛び乗ったら、僕もどこかへ行けるだろうか。

 見知らぬ土地でやり直せるだろうか。

 なんて……実行に移す予定も無い思案をする。

 お金も無い、希望も無い。かと言って、走る電車の前に立つ勇気も無い。


 自分で踏み出さないと何も変わらないと、いつか偉そうな人が言っていたっけ。

 それなら、その足を踏み出す元気をくれないか。踏み出したい気持ちをくれないか。

 僕にはもう、それが残っていないから。

 向かう道が希望だろうが破滅だろうが、どっちでも……どうでもいいからさ。


 帰ったら何をしよう。

 別に見たくない動画でも見ようか。それとも、別に眠くないけど横になろうか。

 それとも……それとも……ああもう、考えるのも面倒だ。


 家の玄関ドアは昨日と同じく重くて、鉄臭い。

 部屋の空気も昨日と同じ。もちろん家具の配置も、何もかも。

 ……何もかも、昨日と同じだ。

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