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勇者の望むもの

 「………」

男が剣の重量を感じさせないような一閃を放つ。

その斬撃は男の前にいた人からかけ離れた相貌の生き物の首を刎ねる。

 床と肉がぶつかる音はやけに安っぽく不細工で、これまでの長い旅路の幕切れとしてはあまりに呆気なかった。

 「………」

男は感慨もなさそうに剣を鞘に納める。

すると遠くで見守っていたらしい男の従者が駆け寄る。

 「遂に…魔王を討つことができましたね」

 従者は丁寧な言葉遣いを崩すことはないがその声には強い感情が込められていた。

 「………そうだね」

 男は魔王を討つため旅に出た二年前のことを思い出しながら無表情にそう言った。

 「勇者様は嬉しくないのですか?神殿に戻ればようやく元の世界に帰ることが出来るのですよ」

 男=勇者はいつも無表情だ。しかし従者は2年の旅路で勇者の人物像について深く理解していた。

 魔王を倒した勇者の顔は使命を果たし世界を救った英雄のものではない。何か思い悩んだ顔をしている。

 「…とにかく、魔王を倒したのです。人類を救った英雄として相応しい顔をして下さい」

 勇者は従者にしか分からない程度に困ってような顔をした後、魔王の首へ向けて歩を進めた。そして魔王の首を手に取った時、

 「この我ですら歯が立たぬとは、今代の勇者はなんと理不尽な存在か」

 首だけになった魔王がケラケラと笑う。そんな状況でも勇者は動揺すらしていない。

 「芽が出た時が楽しー」

 と何か言い切る前に勇者は魔王を真っ二つにした。

流石の魔王も生き絶えたようでこれ以上喋り出すことは無くなった。

 「………帰ろう」

 勇者がそういうと喋る生首に驚愕していた従者もようやく動き出す。魔王の元まで2年半かかった旅路も帰路は早かった。行きで助けた村や町で歓迎を受けながら半年かけて旅の始まりまで帰ってきた。

 神殿最奥の部屋には2年半前と同じく王と教皇が待っていた。彼らの顔はその時よりも強張っている。魔王という脅威が取り除かれたにも関わらずどうしてそのような顔をしているのか勇者たちが疑問に思っていると、

「勇者様、よく使命を果たして下さいました。私たち一同心より感謝を」

 凛とした声で巫女が代表して挨拶をする。続けて、

「最初に約束致しました通り、明日の凱旋式を終えたのちに元の世界へお送り致します。凱旋式では王からの褒美として望むものを与えていただけるそうです。例え国宝でも遠慮なさらず仰ってください」

 勇者は数秒瞑目し、従者から見ると遠慮がちに、他者から見ると無遠慮に

「人でも、いいですか?」

 数秒の沈黙があって王は確かに頷く。

「勇者殿が望むのであれば連れて行きなさい、しかし明日の儀式に間に合う距離にいる者かな?もしそうでなければ儀式の日程を変えよう」

 王の言葉に勇者は

「ありがとうございます。日程の変更は、必要ない、です」

 その言葉に王は覚悟を決めたように

「分かった。明日の儀式の前に答えを聞こう。時間をかけてよく考えれば欲しいものも変わるかもしれない。今日は明日の凱旋式に備えてゆっくり休んでおきなさい」

 そういうと勇者たちの後ろの扉が開く。こちらの世界の礼儀に疎い勇者に変わり従者が礼をして下がる。それを真似して勇者も部屋を出て行く。2人が退出したのちに部屋の扉が閉まる。

 部屋に残った王、教皇、巫女が安堵のため息を漏らす。その後に教皇が王に問う。

 「王よ、こんな人柱のような方法で本当に良かったのでしょうか」

 その問いに王が苦い顔をしながら答える。

 「あの勇者が次代の魔王になれば世界は終焉を迎えるだろう。今代の魔王が一方的に敗北するような怪物をたった1人差し出すだけで元の世界に返せるのだ。慈悲のない王と後世に伝えられようと考えを変えるつもりはない」

 その横で巫女が美しい顔を歪める。それでも側から見れば絶世の美女ではあるのだが。

(勇者が求めるのは間違いなく私!どうにか暗殺できないものでしょうか。………いや、確実に失敗に終わるでしょう。覚悟を決めなくては)

悲壮感に支配されそうになるが巫女は強い精神力で立て直す。

「選ばれた者こそがこの世界の真の英雄でしょう」

2人も首肯し

「選ばれた者の名誉と家族の支援は約束しよう」

これからのことを幾つか取り決め三人は解散し明日の凱旋式に備えるのであった。


 豪奢な部屋で2人が体を休めている。

「なんでも欲しいものを与えると言われて人を欲しがるなんてやはり勇者様は変人です」

従者は無遠慮に、馴れ馴れしく英雄に軽口を叩く。

「欲しい物なんてなかったけど、一緒にいて欲しい人ならいた。だから聞いてみたんだ」

従者は心底驚いていた。勇者が欲しい者がいると意見したこと。そして二年半を共に過ごしたとはいえ、ここまで話してくれる勇者は見たことがなかったからだ。

 「………ところで、勇者様はどなたを連れて行きたいのですか?」

従者は続けて捲し立てるように問いかける。

 「王女様ですか?それとも巫女様?まさかの王妃様なんてことも…?」

従者は旅で出会った美女や美少女たちを候補に挙げていく。

しかし、勇者は無表情のまま

「………言わない」

と従者の質問を跳ね除けた。

しかし従者は引き下がらない。

「どうしてですか」

「教えてくださいよ」

「私と勇者様の仲じゃないですか」

勇者はそれでも語らない。

痺れを切らした従者は遂に本音を溢す。

「………明日で最後じゃないですか。2年半も一緒に旅をして、世界を救って、なのに勇者様が誰を想っているのかも分からない。そんなの悲しいじゃないですか」

普段落ち着いた従者が自分のことでこうも考えてくれている。その気持ちに応えようと勇者は口を開く。

「………がいい」

ぼそっと呟いた言葉は従者には届かなかった。

「はい?もっとはっきり言ってください。」

まるで勇者とその従者の関係には思えないやり取りではあるが、従者の言葉が勇者の本音を吐き出させる。

「キミがいい」




「はい?」

「キミがいいんだ」




「はい?」

「キミと一緒に生きたい」




長い沈黙が訪れる。勇者が求めるのは自分だと頭が追いつくまで時間が掛かってしまった。そのせいで二度も聞き返すという恥を晒してしまったことも今は頭の片隅にすらない。煽ってしまったのは従者、自分自身ではあるがここまでストレートに勇者に想いを伝えられるとは考えてもいなかった。


「………王女様や巫女様の方がお美しいですよ、明日の凱旋式まで時間はあります。考え直した方がよろしいのでは」

従者は勇者を突き放すようにそう言った。

世界を救った報酬が私なんかでは勇者が可哀想だと。2年半一緒にいたから勘違いしているだけだと。

しかし勇者は譲らない。

「一緒に来てくれないか」

それは2年半で初めての勇者からのお願いであった。


「私は従者だから丁寧な話し方をしていますが本当はこんな人間じゃないんですよ?」

「構わない、あっちの世界じゃ勇者と従者なんて関係じゃない。対等な関係になる」

「王女様や巫女様のような美しさを私は持っていませんよ」

「キミの方が素敵だよ」

「そんな臭いセリフ恥ずかしくないんですか」

「覚悟が決まったらそうでもないね」

「いらなくなっても返品はできませんよ」

「そんなに軽薄な人間じゃないよ」

「そんなこと知っています。2年半も一緒にいたのですから」

問答を済ませ、従者が大きく息を吸って言葉を落とす。

「勇者様にはまだまだ私が必要ということなら仕方ないですね。他の世界でもなんでも行ってやりますよ」

吹っ切れた従者の答えに勇者が笑う。

いつもは無表情で大人びて見えるが、笑った顔は年相応に見えた。

「それじゃあ勇者様、これからもよろしくお願いします」

従者は改めて挨拶をした後、

「それはそうと明日の凱旋式には遅刻できませんから、今日はもう休みましょう。色々あって疲れましたから」

と含みを持たせながら部屋を出ていった。

勇者と従者は旅、そしてこの日起こった色々の疲れからすぐに眠りにつくことが出来た。





 

 

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