09-ログされない存在
朝、学校に来たはずだった。
けれど、誰もこちらを見ない。
担任も、クラスメイトも、俺の席を一瞥すらしない。
いや、それだけじゃない。
俺の机が、なかった。
教室の配置は変わっていない。
でも、自分の席だけが最初から“存在していなかった”かのように、綺麗に空白になっていた。
ホームルームが始まる。
誰も俺に触れない。
声もかけない。
目も合わない。
俺はそこにいるのに。
ここに立っているのに。
世界が、俺をログしていない。
そんな感覚が、頭を締めつける。
朝のはずだった。
ホームルームが始まっている時間。
なのに──窓から差し込む光は、なぜか赤かった。
夕暮れのような光が、教室の床に影を伸ばしている。
時計は八時を指しているのに。
誰もそれをおかしいとは思わない。
まるで、それが最初から正しい“設定”だったみたいに。
ふと、窓の外に目をやる。
グラウンドでランニングをしている部活生。
誰一人、足をもつれさせることも、列を乱すこともない。
同じテンポで、同じルートを、同じ表情で。
再生されている映像の中に、俺だけが静止している。
一限が終わり、誰かが笑う。
隣の席の生徒が、誰かに話しかける。
その誰かの机の上に、俺のノートが置かれていた。
俺が昨日まで使っていたノート。
俺しか知らない落書きと、折れたページ。
けれど、そのノートを今、
“別の誰か”が使っている。
ログから、書き換えられた。
そう理解した。
この世界では、記録がすべてだ。
記録されていなければ、存在しなかったことになる。
逆に、記録を書き換えられれば、別のものに上書きされていく。
俺の存在は、もう上書きされた。
でも、怖くはなかった。
それはたぶん、
この感覚をどこかで望んでいたからだ。
授業の声が遠ざかる。
音のない世界に、また“ノイズ”が混ざっていく。
思い出す。
昨日の文字。
──君が何者かは、君が歩いた場所で決まる
誰にも知られず、誰にも記録されず、
誰かの背中だけを追いながら、ここまで来た。
黒パーカーの背中。
その姿すら、今は見えない。
でも、それでも構わなかった。
俺は、ここにいる。
誰が記録していなくても。
誰が覚えていなくても。