06-再生されない場所
黒パーカーが残した、その紙を。
昨日拾ったそれを、俺はずっとポケットに入れていた。
何度も読み返した。
文字は今でも意味を持って、頭に残っている。
──気づいたなら、進め
ただそれだけの言葉なのに、
それが俺の中にずっと残っている。
紙を拾ってから、街の見え方が変わった。
舗装された道路。電柱。信号機。
昨日と同じ場所のはずなのに、
どこかが、わずかに揺れている気がした。
いや、揺れているのは俺の“認識”のほうかもしれない。
最初に崩れたのは、世界じゃなくて、自分だ。
通学路を外れた先、工事中のフェンスの裏に道があった。
スマホの地図にはない。
この街に住んで数年、見たことも聞いたこともない道。
でも、俺は迷わなかった。
気づいた者には、進む道がある。
昨日、あの紙がそう言っていた。
歩き出す。
誰もいない。音もしない。
看板も、標識も、光もない。
ただ、灰色のコンクリートだけが続いていた。
遠くで金属音が鳴る。
でも、誰もいない。
本当は、こういう場所こそ“街”の中にあってはいけない。
再生されない。記録されない。
目に入らないように設計された空白。
この場所だけが、世界の外に近かった。
ある壁に、また文字が刻まれていた。
それは、誰かが書いたというよりも、
“最初からそこにあった”ような、刻印。
──ここは、計画外。
──管理対象外。
──処理されない領域。
世界のシステムに含まれていない。
だから、ここでは“自由”が残っている。
足音が、壁に反響する。
その音が妙に鮮明で、かえって不気味だった。
こんなにも、静かだっただろうか。
こんなにも、空白だっただろうか。
ここはたぶん、
世界の“塗り残し”。
言い換えれば──
誰にも“見られないことを許された場所”。
進んだ先。
骨組みだけの建物が立っていた。
完成することのない空間。
その中央に、誰かが立っていた。
黒パーカー。
また、あいつだ。
けれど、これまでとは違っていた。
今回は──俺を、待っていた。
何も言わない。
けれど、目だけが“先へ進め”と告げていた。
俺は立ち止まり、深く息を吸った。
怖さはあった。
でも、それ以上に。
ようやくたどり着いた、という実感があった。
ここは、世界の外側だ。
再生されない。
書き換えられない。
誰にも操作されない場所。
そんな空間で、初めて。
俺は、俺のままで立っていた。




