05-境界に立つ者
今日は、あえて遠回りをした。
学校から家までの道なんて、もう飽きるほど通った。
道の角、店のシャッター、信号のタイミング。
すべてが擦り切れた日常で、退屈の皮をかぶった違和感だけが、俺の足を引っ張っていた。
少しずつ、ノイズの輪郭が見えてきた気がする。
路地を曲がる。
知らないはずの裏道。
だけど、景色が“予定調和”すぎて、初めて歩いた感じがしない。
風が吹いた。
軽い紙屑が舞って、足元に止まった。
それを拾うと、
破れかけたレシートの裏に、文字が見えた。
読めない言語だった。
でも、意味は伝わってきた。
──こちら側へ
紙が風にさらわれる。
意味だけが、頭の中に残った。
そのときだった。
向こうの歩道に、あいつがいた。
黒いパーカー。
フードを深くかぶり、片手にペットボトル。
人の波の中に立っているのに、誰にも気づかれない。
違った。
誰も、“気づけない”。
俺だけが、見えている。
今度は、目が合った。
初めて、真正面から。
その視線に、言葉はなかった。
けれど、“意志”だけが流れ込んできた。
歩いてこい、と。
そう言われた気がした。
でも俺は、動けなかった。
目が合ったまま、あいつは何かを落とした。
白い、折られた紙。
それだけを残して、歩き去った。
人の流れが元通りになり、視界から消えていった。
俺はその紙を拾った。
指先が震えた。
中には、また見慣れない文字が並んでいた。
でも、もう迷わなかった。
──気づいたなら、進め
そう書かれていた。
誰が、俺の“気づき”を知っていたのか。
なぜ、それを導くような真似をするのか。
何も分からない。
でも、その紙は確かに、俺にだけ宛てられたものだった。
帰り道、拓海の顔が頭に浮かんだ。
あいつは、まだここにいる。
でも、きっともうすぐ見えるようになる。
俺よりも“遅れて”はいるけど。
もしかすると、
俺は先に──境界を踏み越えるかもしれない。
ノイズは、遠くにあるんじゃない。
すぐそこにある。
すでに足元に広がっている。
気づくかどうか。
踏み出すかどうか。
それだけが、境目だった。




