04-ノイズの輪郭
その日も、街は変わらなかった。
信号は正確に切り替わり、
人々は整列し、歩き出す。
まるで何かに“並べ替えられている”ようだった。
だけど、俺の視界はもう以前とは違っていた。
同じタイミングで振り返る女子。
同じ順番で商品を手に取る親子。
同じ言い間違いをする男子学生。
一度見たことがある。
何度も、同じ場面を繰り返し見ている気がする。
最初は、ただのデジャヴかと思っていた。
今は、違う。
これは“繰り返されている”。
それも、精度が高すぎる。
似ているんじゃない。なぞっている。
世界が、何かの意図で、もう一度同じ日を再生している。
そうとしか思えなかった。
そして、気づいた。
横断歩道の向こう。
人の流れの中に、ひとつだけ動きが違う影。
黒いパーカーの男。
他の誰とも合っていない。
リズムが違う。
目線も、歩幅も、空気の噛み合いも。
そこだけが、浮いていた。
立っているだけで“世界と合っていない”のが分かった。
俺は、目を凝らして見た。
けれど次の瞬間、群衆がその姿を覆い隠した。
そして──いなくなっていた。
本当に、いたのか。
幻覚だったのか。
それすら分からない。
ただ、自販機の前に立ち尽くした俺の目に、広告画面の文字が滲んだ。
文字が、崩れていく。
けれどなぜか、読めた。
──オマエハ ミエテル
言葉が、脳に直接届いてきたような感覚。
誰かに、見られている。
そう感じた。
いや。
誰かに“読まれて”いる。
息が詰まる。
周囲は日常を繰り返しているように見えた。
けれどその流れの中に、確かにひとつだけ。
異質が紛れていた。
それは、
“異常”と呼べるほどではない。
“異常でない”と断じることもできない。
ただ、他と違う。
言葉が、ひとつ浮かぶ。
ノイズ。
これは、俺だけが気づいたズレだ。
誰も、それに名前をつけようとしなかった。
だけど俺は、今ここで名付けた。
ノイズは、存在している。
そう考えた瞬間。
この世界の構造が、わずかに揺れた気がした。