03-記録されない選択
「……そろそろ探さねーとな。金、マジでやべぇ」
あのとき、俺は笑って言った。
コンビニのパンをかじりながら、拓海の隣で。
──バイト、やってるの?
聞かれたのは、たしか昨日も。
その前も、何度か同じようなやり取りがあった。
でも、俺の記憶の中で、その答えは──全部“違っていた”。
昨日は「受けた」って言った気がする。
その前は「落ちたかも」って、口にした覚えがある。
けど、今日の俺は「探してる」って言った。
(……俺、何回“答え直してる”?)
この違和感は、もう無視できなかった。
俺は“会話”してるんじゃない。
誰かに“上書きされてる”。
“正解に近い選択肢”に、修正されてる。
俺の選んだ言葉じゃない。
でも、俺の口から出てる。
どこまでが俺で、
どこからがこの世界なんだ?
拓海はそれを聞いて、何も言わなかった。
ただ缶コーヒーを指で回して、じっと黙っていた。
(お前も──気づいてるよな)
たぶん、あいつはまだ“記録がつながってる”。
昨日の俺と、今日の俺を“同じ存在”として見ている。
でもこの世界は──違う。
毎回、俺の「現在」を“保存していない”。
だから、前と同じ話をしても、過去とつながらない。
それって──
俺が“存在していない”ってことじゃないのか?
放課後。
クラスの誰かが「今日面接だわ〜」なんて言ってた。
俺は、その声に反応しなかった。
きっとそれも、何度も再生されてきたセリフだ。
ただ、俺の記憶には──残っていない。
(もしかして、“この世界の記録”に俺はいない?)
世界が毎日、俺を“起動”して、
必要な台詞と行動を“挿入”してるだけだとしたら?
俺は今ここにいるけど、
“昨日の俺”は、もうどこにも存在していない。
怖かった。
けど、それ以上に──悔しかった。
俺が選んだはずの言葉も、動きも、
全部この世界の「仕様」に塗りつぶされるなら。
だったら、どうすれば──
「本当に俺だけのもの」になれる?
この世界の中で、
俺は“自分”を証明できるんだろうか。
ノイズの向こうに、
そのヒントがあると信じた。