第六話 勇者の血
人の賑わうレクタングルの城下町。その街外れの寂れた一角に、ひっそりと佇む朽ち果てた遺跡がある。それこそが、魔女ミラノが封印されていると言われるミラノ遺跡だ。
普段は強力な結界と厳重な警備で守られているため、人などほとんど寄り付かない寂しい場所であったが、どうも今日は様子が違うようだ。
そこには、見渡す限りの人、人、人。まるで、これからお祭りでも始まるのでは無いかと思うほど、遺跡の前は人でごった返していた。
良く見ると集まった人間は、皆、街の住人とは違った格好をしている。
ごっつい鎧に身を纏った戦士風の男。黒いローブに身を包む魔宝使いのような男。軽装な装備に、軽薄な笑みを浮かべる盗賊のような男。その他にも、ありとあらゆる職業の魔宝具ハンター達が、この場所に集まっている。その理由はただ一つ、ミラノ遺跡の解禁だ。
魔宝具コレクターとしても有名だった魔女ミラノ。彼女の持っていた貴重で珍しい魔宝具の数々は、彼女と共にミラノ遺跡に封印されたと言われている。
その魔宝具を求め、過去に幾人もの魔宝具ハンターたちが、遺跡に侵入を試みた。が、いずれも厳重な警備と強力な結界の前に失敗に終わっていた。
そのミラノ遺跡の結界が、今日の今から解かれると言うのだ。しかも、王家公認の上、遺跡内の探索も許可すると言う。今まで大変な思いをして潜入しようとしていた彼らの苦労は、一体なんだったのだろうか。
とはいえ、こんな美味しい話を魔宝具ハンターたちが放って置く訳が無い。話を聞いた全国の魔宝具ハンターたちは、喜び勇んでここミラノ遺跡に集まってきた。
……だが、どうも様子がおかしい。
遺跡の前に集まった魔宝具ハンターたちは、喜び勇んでいるどころか、不機嫌そうに黙りこくっている。彼らは、ムスッとした表情でとある一点を見つめていた。その視線の先には、一人の男が台座の上で喋っているのが見えた。
「……であるからして~、お集まり頂きました皆々様はまことにご健勝麗しく……」
その男の名はリーゲル。ミラノ遺跡の守衛を任されている騎士隊長である。
彼は、この日のために新調した新しいスーツに身を包み、ピンと張った逞しい口ひげを触りながら、かれこれもう三十分以上も喋り続けていた。
集まった魔宝具ハンターたちは、眉間にシワを寄せながら、物凄い形相でリーゲルを睨みつけている。皆が、早く終われ、早く終われ、と念を送っているのは間違いない。
そもそも、彼らがレクタングルにやって来たのは、魔宝具を手に入れるためだ。こんな、クソ長い演説を聞くために集まった訳では無い。元々気性の荒い奴らである。目の前でお預けを食らっている彼らの我慢は、とっくに限界を超えていた。
「おいおい、いつまで話してんだよ! さっさと封印を解きやがれ!」
「そうでヤンス! いつまでこんな所で待たせるんでヤンスか! 早くしろでヤンス! なぁ、ピロシキ?」
「へい!」
ついにハンターたちからヤジが飛び出し、石やらゴミやらが、次々とリーゲルに向かって投げつけられた。だがリーゲルは、体をくねらせひょいひょいとかわしながら、そ知らぬ顔で演説を続ける。
場の空気を読まないリーゲルの態度に、ハンターたちは今にも飛び掛りそうな勢いで、ギリギリと歯軋りをした。もはや、いつ暴動が起きてもおかしくない状況だった。
そんな殺伐とした雰囲気の中、一人の白いスーツに身を包んだ秘書風の女が、涼しい顔でリーゲルに歩み寄り、耳打ちをした。
「リーゲル様、ちょっとよろしいですか?」
「なんですかコルダ。今が一番いい所なのに……」
コルダと呼ばれた女は、光り輝く金縁のメガネをクイッとあげると、無表情にリーゲルを見つめた。才女を思わせるキリッとした美しい顔立ちの彼女。だが、どことなく氷のような冷たさを感じさせる。
「申し訳ございませんが、そろそろお時間です。話はこれぐらいにして、今回のいきさつのご説明をお願いします。これ以上長引くと、暴動が起きかねませんので」
「……せっかくノッて来たところだと言うのに……仕方ないですねぇ」
「これも仕事ですから」
キラリと光るメガネをクイッとあげ、コルダは前に向き直る。
リーゲルは軽く咳払いをすると、真剣な眼差しでハンターたちを見据えた。
「コホン。ええ~皆様もご存知の通り、この度、本日の正午よりミラノ遺跡を解禁することに相成りました。その理由は他でもありません。遺跡内で行方不明になられた、さるお方を探し出して欲しいからなのです」
予想もしなかったリーゲルの言葉に、会場がざわめく。
「遺跡内で行方不明って……、遺跡には結界が張られていて、入ることはできないハズだろ? なんで、そんな場所で行方不明になるんだ? おかしいじゃねぇか」
さきほどヤジを飛ばしていた髭面の大男が、リーゲルに言った。
他のハンターたちも同じことを思っていたようで、皆、うんうんと頷いている。
リーゲルは、コホンと咳払いをした。
「はい。おっしゃる通り、遺跡は強力な結界に守られており、侵入することは不可能でございます。……一部の方を除いては」
「一部?」
「あの結界は、我がレクタングル国の建国者である勇者スクエアの手によって張られました。生前、彼は結界を張った後も、封印した魔女の状態を確かめるため、何度も遺跡内を行き来したと言われています。ようするに、結界を張った本人は、自由に結界内に入ることができるのです。そして、それは彼の血を引く者にも言えます」
会場がどよめく。
「勇者スクエアの血を引く人間って……まさか……」
リーゲルは、ふぅと寂しげに溜息をついた。
「レクタングルに咲く一輪の可憐な花……。我らがダイア王女様が、行方不明になられたのは、今から一年ほど前。そして、最後に王女を見かけたのは、他ならぬミラノ遺跡守衛隊長である、この私リーゲルなのであります! 私は見ました、虚ろな表情でミラノ遺跡に入っていく王女様の姿を!」
鼻息を荒くしながら、リーゲルは熱っぽく語り続ける。
「私は、必死にお止めしようとしました! ですが、私の手が届くあと少しと言うところで、王女様は結界内に入って行かれてしまったのです! 私の力が及ばなかったばかりに、王女様を危険な目に会わせてしまうとは! 私は、なんて罪深い人間なのでしょうか……」
ガックリと膝を落とし、リーゲルは天を仰ぐと、涙を流した。
レクタングル国の王女がミラノ遺跡内で行方不明。この衝撃事実を聞かされたハンターたちは、動揺を隠せず会場がざわめき始めた。
「だ、だけどよ、行方不明になったのは一年も前なんだろ? もし、その話が本当だとしたら、さすがにもう生きていないだろ。遺跡内には凶暴なモンスターが多数いるって話だし、そんな所へ王女様一人で入って行って無事だとは思えねぇぜ?」
「いえ、ダイアは生きています」
その時、会場内に気品のある声が響き渡った。
皆の視線が、一斉に声のあった方へと集中する。
そこには、きらびやかな真っ白いドレスに身を包んだ美しい女性が、数人の護衛の騎士と共に佇んでいた。
「これはこれは、メビウス王妃!」
リーゲルが、ビシッと敬礼をする。
その言葉に、一同が慌てふためいた。
なんと、そこにいたのは、レクタングル王国の王妃、メビウスだったのだ。