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第一話 バッツ悶絶地獄

 世界の中心に広がる広大な大地パラメキア平原。その中心に地上から天にかけて伸びる一本の柱がある。それこそが、天界との繋ぎ橋と呼ばれるシャンシャーニの塔だ。

 今から千年ほど前、地上支配を目論む地底人が地上界に攻めあがってきたことがあった。天上界をも巻き込んだこの戦争は聖魔大戦と呼ばれ、大地は戦乱の炎に飲み込まれた。その後、長く苦しい戦いの末、地上軍と天上軍の連合軍は魔宝具と呼ばれる神の道具を開発し、その力を持って地底人を見事追い返し勝利を収めた。そして、地上人は天上人との友好の証としてこの塔を建てたと言う。

 伝承によれば、その塔の最上階には選ばれし地上人が神より永遠の命を与えられ、地上の平和を管理するため見守っていると言われている。だが、口伝いの情報はやはり当てにならないようだ。彼らの日常を見る限り、地上の平和のために活動しているとは到底思えないのだが……。

 シャンシャーニの塔の最上階、そこのとある部屋で、一人の少年と一匹の黒猫がなにやら密談をしていた。ブカブカサイズのツナギ服を着た少年バッツに、蝙蝠の翼を持つ使い魔の黒猫ペケである。

「いいかペケ。今回の作戦はこうや。まず、ワイがあの女の夕飯にこの魔宝薬『ハラクダシン』を入れる。そして奴が苦しんどる隙に、さらにこの魔宝具『ふんじばりロープ』でがんじがらめにし身動きを取れなくさせる。後は、生まれてきたことを三回は後悔するほどの拷問をほどこし、この体の呪いを解かせる……と。どや、完璧な作戦やろ?」

 自信満々に語るバッツに、ペケは首を振りながら呆れた表情を見せた。

「全くバッツも懲りないニャ。いっつもそんニャことばかりして酷い目に会っているのに。どうせまた返り討ちに会ってボコボコにされるのがオチニャ」

「確かに今までは失敗ばかりやったかもしれへん。でも今回は違うで。何せ、あの有名な魔宝具通販会社『バッタモン商会』から大金叩いてこいつを手に入れたんや。こりゃ絶対に成功間違い無しや!」

 そう言いながら、バッツは手に持つ魔宝具を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。

「バッタモン商会? ニャんだか名前が怪しすぎるニャ……。それに、それは単なる下剤じゃないのかニャ?」

「ええい、ゴチャゴチャうるさいわ! とにかく、ええかペケ? ワイが夕飯を作っている間、誰もキッチンに入れさせたらアカンで? 見張りはお前に任せたからな!」

「ハァ……。ニャんだかあまり気が進まニャいけど、了解ニャ」

 だが、そんなバッツたちの動向を柱の影から見つめる目があったことに、一人と一匹は知る由も無かった。小さいその影は「チュチュッ」と小声で笑うと、身を翻し部屋から出て行った。


◆◇◆◇◆◇


 それから一時間後。

「おーい、夕飯が出来たで~」

 キッチンにあるテーブルに料理を並べながら、バッツは一人ほくそえんだ。エプロンを外し、服のポケットから小さい小瓶を取り出す。例の下剤……もとい魔宝薬『ハラクダシン』である。そして、辺りを見回し誰もいないことを確かめると、料理を盛った彼女達の皿にパッパッと振り掛けた。

 ……隠し味はこれで良しと。クックック、今回の料理は最高の出来栄えや。今に見とれよマールにサークル。この世の地獄って言うもんをたっぷりと味あわせてやるさかい……。

「あら、今日の料理は美味しそうね」

「ぬおっ!」

 突然背後から声をかけられ、バッツは心臓が飛び出しそうになるくらい驚いた。振り向くと、すぐ後ろにマールとその肩に乗る使い魔のハツカネズミ、サークルがいた。

「どうしたの、そんなに慌てて。あら、その手に持つ小瓶は何かしら?」

 マールとサークルは、ニンマリと満面の笑みを浮かべバッツを見つめる。

 慌ててバッツは、小瓶をポケットにしまいこんだ。

「な、なんでもあらへん! た、単なる調味料や!」

「ふーん……そうなの」

 怪しすぎるバッツの態度だが、マールとサークルはそれ以上追及せず、すんなりと自分の席に座った。バッツはホッと胸を撫で下ろす。そんなバッツの足をテーブルの下からペケがチョンチョンとつついた。バッツはサッとしゃがみこんだ。

「この馬鹿猫! ちゃんと見張っとけって言っとったやないか! 危うく計画がバレるところやったで!」

 小声で怒鳴る(?)バッツ。ペケはすまなそうに頭を下げた。

「すまんニャ。バッツに声をかける前に、あいつらサッサと行っちゃったニャ」

 バッツはフゥと溜息を吐くと、額の汗を拭い取った。

「まぁええわ、とりあえずバレてへんみたいやしな。これで後は、あの料理をあいつらが食べれば……」

「作戦完了ニャ」

 テーブルの下でバッツとペケは、ぐふふと妖しい笑いを漏らす。

 そんな一人と一匹が密談しているテーブルの上で、マールとサークルは互いに顔を見合わせると、サッとバッツたちの料理と自分達の料理を入れ替えた。

 そんなことは露知らず、バッツとペケはテーブルから這い出ると、意気揚々と自分の席についた。

「さぁ、飯や飯! 今日の料理は最高の出来栄えや! 腹いっぱい食ってや!」

「フフフ……本当、美味しそうね。頂くわ」

「頂きまチュ」

 マールとサークルは料理を口に運んだ。

 バッツとペケは、零れそうになる笑みを必死に抑えながら様子を伺う。だが、彼女達は美味しそうに食べているだけで、特に変化は無かった。

 パクパクと何事も無いように食べ続けるマールたちに、バッツとペケは互いに顔を見合わせながら首をかしげた。

「ど、どや? 今日の飯は? 何か変わったことはあらへんのか?」

「とっても美味しいわよ。バッツちゃん、また料理の腕あがったんじゃない?」

 ニコリとバッツの顔を見ながら微笑むマール。

 全てを見透かされそうな瞳に見つめられ、バッツは思わず顔を背けた。

 ……おかしい。確かあの薬は即効性の物やったはず。食べたらすぐにその効果が現れる予定なんやけど……。

「早くバッツちゃんたちもお食べなさいな、こんなに美味しいのに冷めちゃうわよ」

「あ、ああ……」

 入れる量が少なすぎたか? それとも効果が発揮されるのに、もう少し時間がかかるんやろか? そんなことを考えながら、バッツとペケは料理を食べた。そして次の瞬間!

「へぐっ!」

「ニャ!」

 一人と一匹の腹に、突然激痛が走った。見る見る顔が青ざめ、尋常じゃない程のヤバイ脂汗が額から流れ出す。苦しみ悶えながら、バッツとペケは椅子から転げ落ち、床にのたうちまわった。そして悪戯な笑みを浮かべながら、自分達を見下ろすマールとサークルを見て、自分たちの作戦がバレていたことに気がついた。

「マ、マール……図りおったな……」

「フフフ、何を言っているのかしら。悪いことを考えていたのは、あなたたちでしょ?」

「私たちには、何もかもお見通しでチュ」

 クスクスとマールとサークルは勝ち誇った笑みを浮かべている。

「お、おのれ~!」

「も、漏れるニャ~!」

 バッツとペケは、ゴキブリのように床を這いずりながら、トイレへと向かおうとした。だが、そんな彼らの体を突然の白い煙が捕縛する。

「こ、これは……!」

 驚いたバッツが見上げると、優雅にキセルを咥えたマールが白い煙を吐き出しているのが見えた。魔宝具『女郎蜘蛛のキセル』である。

「ふぅ、やっぱり食後の一服は美味しいわね……」

 マールは、クスリとバッツに向かって妖しく微笑んだ。

「オイラはやめろって言ったニャ! バッツに脅され仕方なく手を貸しただけニャ!」

 ペケが涙ながらにマールに向かってひれ伏した。

「このクソ猫! 自分だけ助かる気か!」

「だからオイラは初めから乗り気じゃなかったニャ! マール様! どうかご慈悲を~!」

 プライドも何もかも捨て懇願しているペケを見て、バッツも心が折れたようだ。額を床に擦りつけひれ伏した。

「マール、いやマール様! ワイが悪かった! ちょっとだけ魔が差したんや。海よりも深く反省するさかい、勘弁してくれや!」

「さて、どうしようかしら。ねぇ、サークル?」

「んー、そうでチュねぇ……」

 腕を組みながらサークルは暫し考えた。その間も、バッツとペケは腹を押さえながら床でのたうち回っている。

「やっぱり……有罪でチュ!」

 サークルが腕をバッテンに交差させ、無慈悲な判決が下った。そして、それと同時にバッツたちの腹も下り、シャンシャーニの塔に絶叫が響き渡った。


◆◇◆◇◆◇


「ふぅ……危うく大惨事になる所やったで」

「オイラ、もう駄目かと思ったニャ……」

 げっそりとした表情でトイレから出てきたバッツとペケは、お腹を押さえながら安堵のため息を吐いた。

「じゃ、約束通り私の言うことを何でも聞いてもらおうかしら?」

 バッツたちの目の前には、妖しい笑みを浮かべたマールとサークルが佇んでいる。バッツとペケは口惜しそうにそんな二人を睨みつけた。

 マールは、スッと人差し指をバッツに向けた。すると、その指に嵌められている指輪から小さい光の玉が飛び出した。そして、その光の玉は人の頭程の大きさになると、その光を弱めマールの手に収まる。それはマールの着ているドレスと同じ色をした紫の水晶球だった。

 マールの白く細い指先が水晶球にそっと触れる。すると、まるで絵の具を水に垂らしたかのように水晶球の中がグニャグニャと渦を巻き始め、奇妙な形の建物が立ち並ぶ町並みが映し出された。

「魔導都市フランガナン。今、この国はアルガーナ国に攻められ劣勢に立たされているわ」

「アルガーナやと?」

 聞き覚えのある国の名にバッツの眉がひそむ。

「バッツちゃんの今回の任務は、フランガナンへ向かいこの国に保管されている魔宝具を根こそぎ持ち出すことよ」

「は?」

 あんまりなマールの指令に、バッツは眉をひそめた。

「私の見立てでは、残念ながらこの国はもう終わり。ほどなくアルガーナに滅ぼされるでしょうね。でも、この国に眠る貴重な魔宝具までみすみすアルガーナに渡すことは無いわ。そこでバッツちゃんの出番なのよ。戦乱に乗じて魔宝具を持ってきてちょうだい」

「それって火事場泥棒って言うんじゃ……」

 呆れた顔で、バッツはタラリと額から汗を流した。

 そんなバッツをよそに、マールはすました表情で続ける。

「それに、一つの国が力を持ちすぎるのはあまりよろしくないのよ。これでも私は管理者ですから。たまには仕事しないと彼らに何を言われるかわからないしね」

 クスリとマールは意味深な笑みを浮かべた。

 バッツは、ハァと溜息を吐くとやれやれと言った表情で首を振った。

「まぁワイは魔宝具を集めて、このスタンプ帳が埋まれば別に文句はあらへん。それに、魔導都市フランガナンなら、相当高ランクの魔宝具がありそうやな……。よし! その話、のったで!」

「じゃ、頑張ってね」

 そう言うと、マールはパチンと指を鳴らした。

 すると、バッツたちがいた床が突然跳ね上がった。

「ぬ、ぬおっ!」

「ニャニャニャニャ~~!」

 そのまま天井を突き破って外へと飛び出したバッツたちは、放物線を描きながら、地上へ向かって高さ数千メートルの距離を落ちていく。

「今回は了承したんやし、無理やり行かせんでもええやろ~!」

「マール! やっぱりお前は悪魔ニャ~!」

 一人と一匹の悲痛な叫び声が大空に木霊する。

 クスリと微笑みながら、マールは優雅にキセルを吸った。

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