第二十五話 プロジェクト×(ペケ)
「おいおい! こいつは、ヤバイんじゃねぇの?」
「た、大変でヤンス~! なぁピロシキ?」
「へへへへい~~~!」
バッツたちのピンチに、ボルシチたちは慌てふためいていた。
「ヤバイと思うなら、お兄様たちを助けなさい! あなた達も、魔宝具使いの端くれなんでしょ!」
慌てているだけで、動こうとしないボルシチたちに向かって、ダイアは叫んだ。
だが、ボルシチたちは、気まずそうに互いに顔を見合わせた。
「助けたいのは山々なんだけどよ……あいつらとは、レベルが違いすぎるぜ……」
「そうでヤンス……僕ちゃんたちが行った所で、なんの役にも立たないでヤンスよ。なぁ、ピロシキ?」
「へい……」
そんな情けないボルシチたちに呆れ果てたダイアは、憤慨しながら立ち上がった。
「もういいです! だったら私が行きますわ!」
「お、おいおい! ちょっと待てよ!」
ズカズカと大股で突き進んで行くダイアをボルシチが慌てて止めた。
「なんですか臆病者! 離しなさい!」
肩を掴む手を乱暴に振り解き、ダイアはキッとボルシチを睨みつけた。
「ちょっと落ち着けよ! いまさら王女さんが行った所で、なんともなんねぇよ!」
「だって! だって! このままじゃ、お兄様にトライ、それにバッツが殺されちゃいます! なんとか……なんとかしなくちゃ……」
最後の言葉は、嗚咽に混じって聞き取れなかった。
目にいっぱいの大粒の涙を溜め、ダイアはフルフルと打ち震えている。
きっとこんな状況なのに、何も出来ない自分が悔しくて仕方がないのだろう。
そんなダイアを見つめていたボルシチは、居た堪れない気持ちになった。
「かーっ! くっそ~~! 何で俺様がこんなことを!」
ボルシチは、頭をかきむしりながら、キッと戦っているバッツたちを見つめた。
「これも全部、あいつらのせいだ! 奴らと一緒に居たせいで、あまちゃんな性格が移っちまったぜ!」
そう言って駆け出そうとしたボルシチの元に、ペリパニとピロシキが駆け寄ってきた。
「あ、兄貴! 行くなら僕ちゃんたちも行くでヤンスよ。ボルシチ団は三人で一つでヤンス。兄貴だけいい格好いいさせないでヤンスよ! なぁ、ピロシキ」
「へい!」
二人はへへっと照れ臭そうに笑っている。
ボルシチは、目を潤ませながらペリメニとピロシキを見た。
「お前ら……」
意を決したボルシチは、声を高らかに叫んだ。
「……よーし! ボルシチ団、最後の聖戦だ! 野郎ども気合を入れろ!」
「おう!」
「へい!」
「ちょっと待つニャ」
その時、意気込むボルシチたちをペケが呼び止めた。
特攻し、華々しく散ろうとしていたボルシチたちは、思わずズッコケる。
「なんだよ、今さら猫の手なんていらんぜ? お前はダイア王女を守っていてくれよ」
ボルシチたちは訝しげにペケを見つめた。だが、そんなボルシチたちの視線など気にした様子も無く、ペケはエッヘンと胸を張りながら、鼻息を荒くして自信満々に仰け反った。
「お前たち、さっき良い事を言ったニャ。お前たちが、三人で一つなら、オイラとバッツも二人で一つニャ。オイラに秘策があるニャ。お前たち耳を貸すニャ」
呆気に取られていたボルシチたちだが、自信有りげなペケの態度に興味を持ったようだ。ペケを中心に円陣を組んだボルシチたちは、フンフンと頷きながらペケの話に耳を傾ける。
「いいかニャ? 作戦はこうニャ……」
◆◇◆◇◆◇
クライムは、ギラリと光り輝く魔導具、プロミネンスキャノンをバッツに突きつけた。
「さて、お喋りはここまでにしようか。メビウス様に歯向かう、汚らわしい愚かな地上人め! 僕の前から消えて無くなれ!」
「待ちやがれ!」
その時、クライムの後方から声が聞こえた。
チラリとクライムが視線を後ろにやると、巨大な金槌を構えたボルシチが突進してくるのが見えた。
クライムの眉がピクリと引きつる。
「うっとおしい奴め! 僕の邪魔をするなってのが、聞こえなかったのか!」
クライムの叫びと共に、彼の背中がバクンと割れた。割れた背中からは、無数の機械仕掛けの腕が飛び出してきた。
「魔導具!『ジャンク・ド・アーム』! 奴を捕縛せよ!」
「ぬおっ?」
まるで触手のように飛び出した機械仕掛けの腕は、迫るボルシチをガッチリと捕らえた。だが、その背後に控えていたピロシキが、ボルシチを踏み台にして飛び出す。
「へいへいへい!」
「小癪な!」
そのピロシキをもあっさりと捕らえたクライムだが、さらにその後ろから今度はペリメニが飛び出した。
「これぞボルシチ団奥義! トカゲの尻尾戦法でヤンス!」
懐から十得ナイフを取り出したペリメニは、クライムに向かって投げつけた。
「ふん、くだらないね。そんな攻撃、僕に通用するとでも思っているのかい?」
クライムは、馬鹿にしたような笑みを浮かべると、パチンと指を鳴らした。すると、彼の体を取り囲むように竜巻が巻き起こり、風の防御幕が張られた。複数に分裂した十得ナイフは、その風の壁に全て弾かれ、ペリメニも機械仕掛けの腕に捕らわれてしまった。
だが。
「奥の手は最後に見せるニャ!」
ペリメニの放った十得ナイフに紛れ、ペケが宙を舞っていた。
「何だと?」
これには驚きを隠せないクライム。
だが、クライムの頭上を通り過ぎたペケは、そのままあらぬ方へと飛んでってしまった。
「ニャニャニャニャニャ~!」
「お前たちは、一体、何がしたいんだ……」
クライムは、呆れた顔で流れ星のように飛んでいくペケを見つめていた。だが、そのペケがバッツの目の前に着地した時、クライムはハッと気がついた。
「まさか……あいつらは、あの猫を奴に辿り着かせるための囮? ふざけた真似を!」
ペケは、傷つき横たわるバッツを心配そうな表情で見つめた。
「全く、バッツらしく無いニャ! しっかりするニャ!」
「すまん……不覚やったわ……」
「大丈夫ニャ。こっからがオイラたちの本領発揮ニャ」
どこに持っていたのだろうか、ペケの手には、あの例のスタンプ帳が握られていた。スタンプ帳を開いたペケは、それをバッツに突きつけた。
「バッツ! 今こそ力を解放する時ニャ!」
「くっそ~……! せっかく苦労してここまで貯めたっちゅうのに……」
「オイラも悔しいニャ……。でも、背に腹は変えられないニャ!」
バッツとペケは、無念そうに首を振った。
「スタンプの数は十五個か……。十五分が限界やな」
「それだけあれば、十分ニャ」
「何をするつもりか知らないけど、これで終わりだよ! 消し飛べ!」
黒き閃光と共に、クライムの腕からプロミネンスキャノンが打ち出された。禍々しい髑髏のような形をしたその暗黒の炎は、螺旋を描きながらバッツたちに向かって飛んでいく。
「バッツーーーーーーーーーーッ!」
――ズドドドドドドドオオオオオオオンッ!
トライの叫ぶ声も虚しく、バッツとペケは黒い炎に包まれた。
天井まで届きそうな巨大な黒い火柱が立ち上がり、そこから物凄い熱気がトライの肌に伝わってきた。
「バッツ……」
青ざめた表情で、トライはガックリと膝を落とした。
「アーッハッハッハ! 見た見たメビウス様! 鬱陶しいゴミ虫は、僕が退治したよ! すぐに他の奴らも片付けて……」
そう言いかけたクライムの胸をいきなり何かが貫いた。
突然の出来事に、クライムは何が起こったのか分からないと言った表情で、自分の胸を突き刺すソレを見つめている。
「な……、何? これ……?」
それは、巨大な蝙蝠のような黒い翼だった。
ドリルのようにねじれた黒い翼は、燃え盛る火柱の中からクライムに向かって、一直線に飛び出している。
「この俺様に喧嘩を売ってタダで済むと思うなとさっき言っただろ? クソガキが」
聞き覚えの無い、いやどこかで聞いたことがあるような男の声が聞こえた。と同時に、燃え盛る火柱の中から無数の黒い翼が渦を巻くように飛び出し、炎を一瞬にして掻き消した。部屋全体に蜘蛛の巣を張るように飛び散った翼は全部で八枚あり、それらは全て、その中心に跪く一人の男の背から生えていた。
「バ、バッツ?」
驚きの表情を浮かべながら、トライが恐る恐るその男に尋ねる。
それもそのはず、ツバの広い帽子に、緑色のツナギ服と、確かにその男の服装はバッツのものだったが、見た目が全然違った。ちんちくりんなバッツと違い、二回り以上大きいスラリとした背丈に、あのだらしない顔とは大違いの、力強さを感じさせる目が特徴的な、キリリとした精悍な顔つき。そして、なにより男の口元から覗く鋭い牙に、背中から生えている禍々しい黒い翼。その姿はまるで、あの壁画に描かれていた悪魔、地底人そのものだった。
「トライ」
「は、はい!」
突然その男に呼ばれ、トライは思わず返事をした。
「五回目だ。お前に自己紹介をするのは。いい加減、俺様のことを覚えろ」
そう言うと、男はトライに向かってニヤリと口元を歪め、牙を覗かせた。
その見覚えのある笑い方に、トライはパッと顔を輝かせる。
「バッツ!」
ガバッと立ち上がったバッツは、野獣のような巨大な咆哮をした。その声の振動で、王の間全体がビリビリと揺れる。
「そうだ! 俺様の名はバッツ! 千と五十を生き、千の魔宝具を操るサウザンド魔宝使いバッツとは、俺様のことだぜ!」