第二十話 策謀
ギラリとリーゲルの目が光る。
すると、突然バッツたちを取り囲むようにして、無数の土人形たちが地面から現れた。
「まぁ、どうせあなた方はここで死ぬのですから、関係ありま……」
そう言い終わるより早く、バッツはリュックから杖を取り出すと、リーゲルに向かって素早く駆け出していた。
「さっきも言うたけど、この手の戦いは、モンスターを操る親玉を叩くのが一番手っ取り早いんや。悪いけど、これで終わらせてもらうで」
バッツは、一瞬でリーゲルの懐に飛び込んだ。
「は、早い!」
予想だにしなかったバッツの素早い行動に、リーゲルは驚愕の表情を浮かべた。
バッツは、そのまま手に持つ杖をリーゲルの鳩尾に叩き込んだ……かに見えた。
「……やるやないか、姉ちゃん」
「これも仕事ですから」
バッツの攻撃は、コルダの持つレイピアに阻まれていた。
「魔封剣『氷結のレイピア』。発動しなさい」
コルダがそう呟くと、レイピアの先端から無数の氷の塊が飛び出してきた。
バッツは素早く翻り、その攻撃をかわす。
「コルダ……、あなたも私たちを裏切るのですか?」
泣きそうな顔で、ダイアはコルダを見つめた。
「申し訳ございません、ダイア様。これも仕事ですので」
淡々と感情の無い声でコルダは言った。
「何故です? どうしてなの? お父様が亡くなった時、二人とも私を慰めてくれたじゃない! あれは嘘だったと言うの!」
「やれやれ……何を今更言っているのやら。そんなの当たり前じゃないですか。これだから、世間知らずのお嬢様は困る」
呆れた顔で、リーゲルは答えた。
「私はね、前から今の自分の立場に不満を持っていたんですよ。毎日毎日意味の無い遺跡の管理だなんてねぇ。そりゃあ詰まらない日々でした。それに、他の無能な連中どもは、宮廷に使えていると言う理由だけでどんどん出世していく。私一人取り残された気分でしたよ。そんな時ですよ、あの方がやってきたのは」
「リーゲル様。それ以上は喋らない方がよろしいかと」
「いいじゃないですか、コルダ。どうせ冥土の土産なんです。少しくらい教えて差し上げても良いでしょう」
下卑た笑いを浮かべながら、リーゲルは皆に向き直る。
「あの方は、私に二つの命令を下しました。一つは、この結界を破壊すること。もう一つは、王家の一族を皆殺しにし、破邪の水晶を手に入れること」
「破邪の水晶だと?」
スクエアは、怪訝な表情を浮かべた。
「フフフ、全部で四つある破邪の水晶のうち、あの方はすでに二つを手に入れています。後は、スクエア王子とダイア王女、あなた方の水晶を手に入れるだけです」
「そんなの集めてどうするつもりですか? 魔女もモンスターも居ない今、これを集めても意味が無いですわ!」
声を荒げて、ダイアが叫んだ。
リーゲルは、おどけたように肩をすくませ首をかしげた。
「さぁ、私には良く分かりません。私はただ、集めて来いと命令されただけですからね」
そこまで言うと、リーゲルは口元を歪め歓喜の表情を浮かべた。
「あの方は言われました。この任務を成功させれば、レクタングル国を私に下さると! 国ですよ? 国を丸ごと全部私に下さると言うのですよ? こんな美味しい話に乗らない手は無いでしょう。私は、まず手始めにあの方と協力し、国王を殺しました。美しいメビウス様と再婚なされた直後でしたからねぇ、隙だらけでしたよ。狐狩りにお誘いし、事故に見せかけ流れ矢でプスリとね。矢にはたっぷりの毒を塗っておきましたから、イチコロでしたよ」
零れる笑いを抑えきれない様子で、リーゲルはくっくっくと笑っている。
「あ、あなたと言う人は……!」
怒りに震えたダイアがリーゲルを睨みつける。
今にも飛び掛りそうな勢いのダイアの肩に、スクエアはそっと手を置いた。
「それでキミは、ダイアを殺すため僕の名を使い、彼女を呼び出したのか」
「ええ。予定では国王の次にダイア王女、そして最後にスクエア王子、あなたを殺し破邪の水晶を手に入れるつもりでした。ですが、途中で邪魔が入りましてね。まさか、ダイア王女がミラノ遺跡に逃げ込み、魔女ミラノとして出てくるとは思いもよりませんでした。本当に想定外でしたよ」
「では、あの時私を襲ったのはリーゲル、やはりあなたの仕業だったのですね!」
ダイアの言葉に、リーゲルはフフンと鼻で笑う。
「偽手紙を書いたのは確かに私ですが、その後のことは知りません。あの方が直接手を下されると言われていましたからね。さて、お喋りはここまでにしましょうか? 久しぶりに最後まで喋ることができて、私は今とても気分がいい。終わりまで話を聞いてくれたせめてものお礼に、苦しまないよう楽に殺して差し上げますよ」
そう言うと、リーゲルは懐から指揮棒のような物を取り出した。
「フッフッフ。これこそ、あの方から授かった最強の魔宝具『クレイスティック』。これは土を司る魔宝具で、クレイドールどもを自在に操ることのできる指揮棒なのですよ」
そう言ってリーゲルは、指揮棒を指先でピンッと弾くと、まるで音楽を奏でる指揮者のように身構えた。
「さぁ、楽しい時間の始まりです。素敵なダンスを見せてもらいましょうか、恐怖と絶望が奏でる死のダンスをね!」
何かのリズムにノッているかのように、リーゲルは指揮棒を軽やかに振り回す。すると、それが演奏の開始といわんばかりに、周りを取り囲んでいたクレイドールが一斉に襲い掛かってきた。