第十二話 勲章授与
「今日はなんと言う日でしょう。ダイアが無事に救われたばかりでは無く、スクエアまで戻ってきてくれるなんて……」
メビウス王妃は、喜びの声をあげた。
ここは、レクタングル国の王城、フォースキャッスル王の間。
魔女ミラノに操られていたダイア王女を一応救った形になったバッツたちは、勲功授与のため城に迎えられていた。
玉座に座るメビウスの隣には、リーゲルとコルダの姿が見える。両脇には、ゼルドを始めとする親衛隊たちが取り囲んでいた。だが、クワトロもとい、長兄であるスクエアとダイアの姿は見えない。なんでも、疲労のため倒れたダイアをスクエアが付きっきりで看病しているらしい。
メビウスは、優しい笑みを湛えながら、ハンターたちを見つめている。
その笑顔を見たハンターたちは、みな自然に顔がほころんだ。
真っ白なドレスが良く似合う、若く美しい王妃メビウスは、レクタングル国に嫁いできたアルガーナ国の王女である。
豊かな土地を有するレクタングルを欲し、過去に幾度かの侵略を試みた隣国の軍事大国アルガーナ。だが、レクタングル国を取り囲む強固な城壁と、強力な騎士団の前に全て失敗に終わっていた。
結果、度重なる遠征により疲弊してしまったアルガーナ国王は、国力を回復させるため、西国一の美女と誉れ高い王女メビウスをレクタングル王国の王カクシに嫁がせ、両国の融和政策を試みた。
王妃を亡くし、一人身だったカクシ国王は、美しいメビウス王女を一目見て気に入り、后として迎え入れた。こうしてレクタングルとアルガーナの婚姻同盟は成立したのである。
レクタングルとアルガーナの平和の象徴と呼ばれる彼女は、見た目の華やかさもさることながら、常人には無い気品と神々しさ、そして慈愛に溢れていた。言動、仕草、表情、どれを取っても、相手に対する思いやりと優しさを感じるその姿は、まるで聖母のようだった。
「皆様の活躍は、リーゲルから伺いました。本当、ご苦労様でした。特にバッツ、あなたは、その若さでありながら素晴らしい魔宝使いであると聞いております。あの場から離れ、あなたの戦いぶりを目にできなかったことは、非常に残念に思いますよ」
「なぁに、あんなのオイラの使い魔バッツに任せておけば朝飯前ニャ」
まるで、自分が褒められたかのように胸を張るペケ。その頭をバッツは、ゴチンとゲンコツをした。
「ま、こう見えてもワイは千と五十を生きる大魔宝使い様やからな。それに、ワイは別に王女を助けようと思ったワケじゃあらへん。単に奴の持っていた魔宝具を狙っただけで、結果的にそうなったダケや。別に気にせんでもええで」
「まぁ、ご謙遜を」
と、言いつつも、王妃に褒め称えられ、バッツもまんざらでもなさそうだ。上機嫌にニシシと白い歯を見せて笑っている。
「ちょ、ちょっと! あんたは王妃様に向かってなんて口の聞き方しているの! どーもすいません王妃様!」
慌ててトライがバッツの頭を抑えて、無理やりゴツゴツと床にひれ伏させた。
メビウスは、気にした様子も無くニコニコと笑っている。ダイアとスクエアが戻ってきたことがよほど嬉しいのだろう。
「トライ。あなたも相当な腕を持つ魔砲具使いであると聞いております。なんでも、他のハンターたちの攻撃を一切受け付けなかった、ミラノの魔導兵器に手傷を負わせたとか」
その言葉を聞いたトライは、ニンマリと笑みを浮かべた。
「いやぁ~たまたまですよ! まぁ、ハンターの間では、『百発百中のトライ』とか言われてちょっとは有名なんですけどね! アハハッ!」
「……あれ? たしか、ノーコンノーヒットのトライじゃなかったかニャ?」
「あんたは余計なことを言わなくていいの!」
トライはペケの頭にゴチンとゲンコツをした。頭に二段重ねのコブを作り、ペケはバタリと倒れた。
「ところで王妃様。約束の褒美は……」
「僕ちゃん、昔から騎士になるのが夢だったんでヤンスよ。なぁピロシキ?」
「へい」
バッツの後ろからボルシチたちが、おずおずと顔を出した。
「あなたたちは……」
メビウスは首をかしげた。バッツやトライの活躍については、リーゲルより報告を受けていたが、ボルシチたちのことは何も聞いていなかったのだ。だが、この場にいる以上何かしらの活躍をしたのだろう。
どうしてよいか考え込んでいるメビウスに、リーゲルが耳打ちをする。
「王妃様。あの者たちは、口では大きいことを言っておりましたが、実際の戦いにおいては魔女の影に怯えていただけで、大した活躍はしておりません。褒美を与える必要は無いかと……」
演説でヤジを飛ばされ、根に持っていたリーゲルは意地悪く報告した。
だが、メビウスは首を振った。
「ですが、命をかけてあの戦いに参加してくださっただけでも、私は価値のある行動だと思います。リーゲル、あの者たちの勇気にも答えてあげて下さい」
メビウスの言葉に、リーゲルは深々と頭を下げた。
「わかりました。王妃様の寛大なお心には、私はただただ感服するばかりでございます」
前に向き直ったリーゲルは、神妙な面持ちで喋り始めた。
「え~コホン。他のハンターたちには、今回の功績に対し、私とコルダによる適正な判断の元、それぞれ褒美を与えるものとします。但し、騎士団への入団については、別途入団テストを持って選抜するものとさせて頂きます」
その言葉を聞いたボルシチたちは、不満の表情を見せた。
「なんだよそれ! 騎士団に入れてくれるって言ったのは、王妃様じゃねぇか!」
「そうでヤンス! 僕ちゃんの夢を返せでヤンス! なぁ、ピロシキ?」
「へい!」
だが、リーゲルはフフンと鼻を鳴らすと、意地悪そうな顔で答えた。
「フン、ミラノに怯え影で隠れていたのは、どこの誰ですかな? それに、実質ミラノを撃退したのは、そこにおられるバッツ殿とトライ殿の二人の力によるものでしょう。あなた方は何をしたのです? メビウス王妃の寛大な処置に感謝こそされ、文句を言われる筋合いはありませんな」
「ぐっ……」
リーゲルに痛いところをつかれ、ボルシチたちは何も言えなくなった。
「どうですかな、バッツ殿にトライ殿。我がレクタングル騎士団は、あなた方を迎え入れる準備ができておりますが……」
ニッコリと微笑むリーゲル。
だが、バッツは首を横に振った。
「騎士団ねぇ。悪くない話やけど、ワイは別に目的あるんでな。辞退させてもらうわ」
「そうですか……アナタほどの実力の持ち主なら、我が騎士団の団長にもなれると思ったのですが……残念ですね。では、トライ殿は?」
「え、え、え? わ、私?」
まさか、自分が騎士団に誘われるなんて思ってもいなかったトライは、困惑の表情を浮かべた。
俯き、うーんと考え込むトライ。
騎士ねぇ。私に騎士なんて務まるのかしら……。
トライの頭に、華麗な鎧に身を包み、戦場で指揮を取る自分の姿が浮かぶ。
ん~騎士も悪くないかも。
思わずエヘヘと微笑むトライ。
と、その時、突然トライの体がビクンと跳ね上がった。
「……どないしたんや、トライ?」
俯くトライの顔を訝しげに覗き込むバッツ。
トライは、俯きながらゆっくりと口を開いた。
「……私は、他に欲しい物があるんです」
「なんでしょう? 遠慮なくおっしゃって下さい」
「それは……、この世の全ての魔宝具です、王妃様」
地の底から沸き上がるような、ドスの効いた声でトライが言った。
と同時に、トライの体から白い煙が沸き起こり、辺り一面に立ち込めた。
「な、なんや?」
一瞬にして、王の間に居た全員の体に白い煙が巻きつき、身動きを取れなくする。
トライはすくっと立ち上がると、懐から取り出したキセルを咥え、フーッと煙を吐き出した。そのキセルを見たボルシチが驚きの表情を浮かべた。
「そ、それはミラノが持っていた『女郎蜘蛛のキセル』! なんで、トライが持っているんだ?」
「フフフ……。さっき、ミラノが落とした時に拾ったのよ。羨ましい?」
光の無い目でボルシチを見つめながら、トライは口元をニィと歪ませた。
その笑みを見たボルシチは、背筋がゾッと凍りついた。何故ならその笑い方が、あの戦慄の魔女ミラノの笑い方にそっくりだったからだ。