第十一話 バッツVS魔女ミラノ
タンッと飛び降りたミラノは、無言で瓦礫の上で動かなくなった鉄の心臓を手に取る。
「……それは、Aランク魔宝具『古代竜の杖』……。この世に三本しか無いそいつを持っているとは……お前、ただのガキじゃないね?」
先ほどまでの軽い口調とはうって変わり、まるで地の底から響き渡るような声で、ミラノは言った。
「どうじゃ! ワシの力を見たか! まだまだ若い者には負け……フゴフゴ」
「はいはい、どうもご苦労さん」
勝ち誇る杖を無理やりにリュックに押し込んだバッツは、ミラノに向き直った。
「ワイの名はバッツ。千の魔宝具を操るサウザンド魔宝使いバッツ様と言えば、ワイのことやで! 覚えときや!」
ビシッとミラノに向かって指を突きつけたバッツは、白い歯を見せニカリと笑った。
ミラノは、フフンと笑うとキセルを吸い、口から白い煙を吐き出す。
それを見たトライは、ハッとして叫んだ。
「バッツ、あの白い煙に気をつけて!」
「わかっとる!」
バッツは懐から嵐の扇を取り出すと、それを勢いよく振りかざした。瞬間、場に物凄い突風が吹き荒れ、煙が吹き飛ばされる。
「くっ……」
「さぁて、次はどんな手を見せてくれるんかいな?」
睨み合うバッツとミラノ。
二人の戦いに、場にいた全員が固唾を呑んで見守っていた。
「な、何者ですか、あの少年は……。あの魔女と互角、いやむしろ押しているじゃありませんか……」
リーゲルは、驚きながらバッツを見つめていた。
コルダも何も答えず、無言でバッツを見据えている。どうやら彼女のデータの中に、彼の存在は無かったようだ。
「さーて、何もしてこないなら、今度はワイの番……」
そこまで言いかけたところで、突然バッツの動きが止まった。
「かかったね!」
見ると、ミラノの影が伸びてバッツの足を絡め取っている。
「まさか、私の魔動生物『シャドーマン』があの程度でやられたとでも思っていたのかしら? この子は、光ある限り何度でも蘇ることができるのよ」
口元をニィと伸ばし、ミラノは邪悪な笑みを浮かべた。
「あちゃー。こいつは参ったで……」
だが、口では困ったといいつつも、どことなくバッツは余裕そうに見える。
不思議に思ったトライは、バッツの視線の先に目をやった。
そこには、崩れ落ちたゴグレグの瓦礫の中を忙しなく走り回り、魔宝具を回収しているペケの姿があった。ペケは、ひょいひょいと魔宝具を見つけると、それをリュックの中に放り込んでいる。
「あ……」
思わず声をあげたトライに向かって、バッツはシーッと黙るように合図をした。
トライは口を抑えると、コクリと頷く。
だが、そんなバッツたちの努力も虚しく、ペケが叫んだ。
「バッツー! サルベージ完了ニャ~!」
「なに?」
その声に反応したミラノが振り向いた。
魔宝具を回収し、手を振っているペケを見つけたミラノは、まるで獲物を狙う猛禽類のような目つきになり、きびすを返して襲いかかって行った。
「何がサルベージ完了だ! それは、私の魔宝具だ! 勝手に触るな!」
「ニャニャニャニャ~~~ッ!」
慌ててリュックを引っ張り、その場から逃げようとしているペケだが、パンパンに膨れ上がったリュックはピクリとも動かない。そもそも、元からパンパンだったリュックをどうやってあそこまで運んだのだろうか?
「あのバカ猫! せっかくミラノの気をそらしておったのに!」
バッツは、懐から光り輝く水晶球を取り出すと、上に放り投げた。すると、太陽の光を受けた水晶球がさらにその光を強め、あたり一面を照らし出す。
「ギャアアアアアアアアッ!」
強烈な光を浴びたシャドーマンは、細長く体を伸ばし断末魔と共に消え去った。
自由になったバッツは、急いでミラノの後を追いかける。
「動くニャ~! 動くニャ~!」
必死でリュックを押して動かそうとするペケだが、やはりリュックはピクリとも動かない。そこへ、物凄い形相をしたミラノが襲い掛かってきた。
「私の魔宝具を返せ!」
「ギニャ~! お助け~!」
その時、ペケとリュックを何者かが持ち上げた。
「ったく、俺たちもヤキが回ったぜ!」
「あ、兄貴! 早く逃げるでヤンス! ピロシキも急ぐでヤンス!」
「へい!」
なんと、リュックを持ち上げたのはボルシチたちだった。
ボルシチたちは、ペケとリュックを担ぐと急いでその場から離れ、バッツの元へと走ってくる。
「逃がすものか!」
ボルシチたちの後ろからミラノが迫り来る。
バッツは、懐から虫眼鏡のような物を取り出すとミラノに向けた。瞬間、虫眼鏡が光り輝き、凝縮された光が閃光となってミラノに放たれた。
慌ててミラノは、身をよじって素早くその攻撃をかわす。放たれた閃光は、そのまま後方にあった壁を貫き破壊した。
「た、助かったニャ~」
「お、おい! 手伝ってやったんだから、あの魔女を何とかしてくれよな!」
肩で息を切らしながら、ボルシチたちはその場にガックリと膝を落とした。
バッツはニヤリと笑うと、リュックを受け取り背に抱えた。
「おっちゃんたちも、なかなか役に立つやないか。ちっとは見直したで。後はワイに任せて後ろにさがっとき」
ボルシチたちは、コクリと頷くと、慌てて物陰に隠れ込んだ。
「おのれ……。よくも、私の魔宝具に傷をつけてくれたな……」
肩を揺らし、ミラノはワナワナと怒りに震えていた。見ると、ミラノの手に持つ女郎蜘蛛のキセルの一部が、ほんの少しだけ焦げていた。先ほどバッツが放った閃光が、かすったのだろう。
「下賎な人間どもが調子に乗りおって! こうなったら、まとめて始末してくれる!」
そう言うと、ミラノはスーッと空高く舞い上がった。すると、まるで彼女の怒りを表すかのように、ミラノの髪の毛がハリネズミのように逆上がった。
その姿を見たバッツの表情がこわばる。
「おい、みんな! 死にたくなかったら、ワイの側に集まるんや!」
バッツの声に、トライたちは慌ててバッツの元に集まった。と、次の瞬間、彼女の髪の毛が、まるで針のように鋭く尖り、辺り一面に降り注がられた。
「アーッハッハッハ! 私のこの魔宝具『針千本』で、全員串刺しにしてあげるよ! くたばりな!」
ミラノの、甲高い笑い声が辺りに響き渡る。
バッツは、リュックから拳大の草色の巾着を取り出した。
「ハッ! 何をしたって無駄さ、この魔宝具からは、どこへも逃げられないよ!」
「それはどうやろな?」
バッツは、ニヤリと笑みを浮かべると、巾着から何かを取り出し地面にばら撒いた。
「大地よ、ワイの呼び声に答え、悪しき力よりワイらを守ってくれや! 後で、ぎょーさん美味い水をご馳走するさかい、頼んだで! 魔宝植物『大地の種』!」
バッツがそう叫ぶと、突然地面から無数の苗木が飛び出した。苗木は、あっと言う間にうねりをあげながら巨木へと成長し、バッツたちの目の前に立ちはだかった。
「なにっ?」
巨大なその木の幹に、次々とミラノの髪の毛が突き刺さる。
ミラノは、ワナワナと震えながら驚愕の表情を浮かべた。
「だ、大地の種だと? バカな! 古代竜の杖といい、この私が散々捜し求めて見つけることのできなかった魔宝具を何故お前が持っている!」
バッツは、「へっ」と笑うと、そのまま素早く木の幹を駆け上り、ミラノの目の前までジャンプした。
「魔宝具を見つけられへんかったのは、単に姉ちゃんの努力不足やろ」
「な……?」
ミラノは、慌てて自分の体を煙で覆い隠そうとした。だがそれよりも早く、バッツは印を結んだ。すると、木の枝がするすると伸び、ミラノの体に巻きついた。
「くっ……。は、離せ!」
もがきながらバッツを睨むミラノ。
バッツは、勝ち誇った顔でミラノを見つめている。
「さて、お仕置きの時間やな」
「な、何をする気だ……。や、やめろ!」
青ざめた表情を浮かべるミラノを見て、バッツは満足そうに頷くと、ニンマリといやらしい笑みを浮かべ、手をワキワキさせた。
「ぐふふ。ワイのゴールドフィンガーで天国へ行かせたるで?」
「い、いや……やめて……」
青ざめるミラノに向かって、バッツの両手が素早く伸びた。
「アーッハッハッハ! や、やめろ! アーッハ! イーッヒ! や、やめてええええ!」
バッツに脇をくすぐられ、ミラノは涙目で笑い悶える。その拍子に、ミラノは思わずポロリと手からキセルを手放した。すると、突然彼女の体が、まるで魂が抜けたかのうようにダラリと力無く傾いた。
「あら? やりすぎたんかな?」
バッツは、グッタリとしているミラノの顔をそーっと覗き込んだ。
すると、突然ミラノの目がパチリと開き、バッツと目が合った。
ガバッと起き上がったミラノは、キョロキョロと辺りを見渡す。
「な、なんですの、あなたは……? ここは、一体何処です?」
いきなり態度が豹変したミラノに、バッツを含め場に居る全員が面を食らう。見た目も先ほどの妖艶な雰囲気は無く、大人しそうな少女へと変貌していた。
「な、なんやねん。急にしおらしゅうなっても許さへんで」
再び手をワキワキさせ、ミラノに迫るバッツ。
ミラノは、怯えた表情で、いやいやと首を振った。
「い、いや・・・…。何をするの? 助けて……お兄様あああっ!」
彼女の叫び声が辺りに響き渡った、その時だった。突然バッツと魔女の間に割り込んでくる者がいた。
銀色の髪に、真っ白な穢れ無き鎧に身を包む男。そこに現れたのは、先程までクライムと死闘を繰り広げていた白銀の閃光こと、クワトロだった。
クワトロは、手に持つ魔封剣でミラノの体を拘束する枝を切り落とすと、彼女を抱いて地上に飛び降りた。
「ま、待て!」
バッツも慌てて地上に降り立つ。
クワトロは、ミラノを庇うように前に立ちはだかると、バッツに剣を突きつけた。
「悪いがバッツくんとやら、彼女に手は出させないよ」
「おい、あんちゃん、自分が何をしているのか分かっとるんか? そいつは、あの悪名高い魔女、ミラノやで? そいつを庇うってことは、あんちゃんは魔女の手先ってことか?」
「彼女はミラノじゃない」
訝しげに自分を見つめるバッツに、クワトロは短く答えた。
「彼女の名は、ダイア。行方不明になっていたこの国の王女さ。彼女は、ミラノに操られていただけだ」
その言葉に、一同が驚きの声をあげる。
「しょ、証拠はあるのかよ! ミラノじゃないって証拠は! 俺様は、その女に殺されかけたんだぞ!」
「そうでヤンス! そいつが王女だって言う証拠はあるでヤンスか? なぁピロシキ?」
「へい!」
木の影に隠れながら、ボルシチたちが震えた声で叫んだ。
「これが証拠さ」
クワトロは、背に隠れるミラノに向き直ると、優しく彼女の首からぶら下がっているペンダントを手に取り、中身を皆に見せた。それは、メビウス王妃が持っていたものと同じ、大きな紫色の水晶が光り輝く破邪の水晶だった。
「これが、彼女が王女だという間違いない証拠さ。それに、実の兄が妹の姿を見間違えたはしない」
そう言うと、クワトロは自分の顔に手を当てた。すると、ボンッと言う音と共に、彼の顔が煙に包まれた。そして、煙が引くと同時に、彼がその手を降ろすと、そこには、クワトロでは無い別の男が佇んでいた。その手には、奇妙な形をした仮面が握られている。
正体を現した男は、さらに美しく精悍で気品溢れる美少年だった。男は、銀色の髪をかきあげると、キラリと白い歯を見せビューティフルスマイルを浮かべた。
「お、お兄様!」
その顔を見たミラノ、もといダイア王女が、目を見開いて驚きの声をあげる。
「あ、あなたはスクエア王子!」
続けて叫んだリーゲルの言葉に、場に居た一同が驚きの声をあげる。
そこに居たのは、行方不明になっていたレクタングル国の王子、スクエアだったのだ。