第十話 魔砲具
「うわああ! た、助けてくれぇ!」
身動きのとれないハンターたちをその巨大な手で捕まえ、ゴグレグは次々と自らの口の中に放り込んでいく。
「美味しい? ゴグレグちゃん?」
「フンガー」
気の無い返事をしながら、ゴグレグはまるで味を確かめるようにモゴモゴと口を動かしている。だが不味かったのか、すぐにペッと口からハンターたちを吐き出した。
べチャッと地面に吐き捨てられたハンターたちは、みな魔宝具を含め身に着けている物全て引ん剥かれていた。
「ひいいいいっ! お助け~!」
完全に戦意を喪失したハンターたちは、泣きながら素っ裸で逃げ出していく。
「アーッハッハッハ。最高に笑えるわよ、その姿♪」
そんなハンターたちの姿を見て、ミラノは上機嫌にケラケラと笑った。
「あ、あんな怪物相手に勝てる訳が無い! さっさとズラかろうぜ!」
「そうでヤンス! 大体、あの伝説の魔女に立ち向かおうとするのが、そもそもの間違いだったんでヤンスよ! なぁ、ピロシキ?」
「へい!」
物陰に隠れながら、その光景を見ていたボルシチたちは、そーっとその場から逃げ出そうとしていた。ミラノにこっぴどくやられたボルシチたちは、完全に戦意を喪失していた。
「お、おい! お前らも何をやっているんだよ! あいつがこっちに気がつく前に、早く逃げようぜ!」
その場から動こうとしないバッツとトライに向かって、ボルシチは急かすように叫んだ。だが、トライから返ってきた言葉は、彼が全く予想していなかった言葉だった。
「何を言っているの! あんな怪物ほっといて逃げるなんて出来るワケないでしょ! 私たちがここで逃げたら、この国はどうなっちゃうのよ!」
ボルシチは、困惑と呆れが入り混じった顔を見せた。
「そんなの、放っておけばいいじゃねぇか! 俺たちはどうせ、この国の住人じゃねぇんだ。この国がどうなろうと、知ったことじゃねぇよ!」
「そうでヤンス! そんなことよりも、自分の命の方が大事でヤンス! 国は無くなっても生きていけるでヤンスが、死んだら人生おしまいでヤンスよ! なぁ、ピロシキ?」
「へい!」
だが、トライは魔砲具を構えると、暴れまわるゴグレグをキッと睨みつけた。
「確かに死んだらおしまいかもしれない。私がここで立ち向かっても、単なる犬死にで終わるかもしれない。でも、困っている人や苦しんでいる人を見捨てるくらいなら、死んだ方がましよ。それに、逃げたことがお姉ちゃんたちにバレたりなんかしたら、ぶっ飛ばされちゃうしね」
フッと力の無い微笑を見せたトライは、パチリとウインクをすると、単身一人ゴグレグに向かって行った。
走っていくトライの背中を見ながら、ペケがバッツに言った。
「あの姉ちゃん一人で行っちゃったニャ。ほっといていいのかニャ?」
「ふん。他の奴らがどうなろうとワイには関係あらへん。勝手に痛い目を見ればええんや」
そう言ってバッツは、プイッとそっぽを向いた。
そんなバッツをペケはジッーと見つめている。すると、急にソワソワし始めたバッツは、チラチラとペケを横目で見てきた。
「……せやけど、あれはワイの獲物や。誰にも渡さへんで」
ツバの広い帽子をクイッと合わせ、バッツは慌ててトライの後を追いかけて行った。
クククと含み笑いを抑えながら、その後ろをペケがテケテケとついて行く。
「本当、バッツは素直じゃないニャ。心配なら心配って言えばいいニャ」
ボルシチたちは、互いに顔を見合わせながら、心配そうに彼らの背中を見送った。
「なぁトライ。ワイにちょっとした作戦があるんや。今、あいつらはハンターたちから魔宝具を奪うことに集中しとる。そこでやな、他のハンターたちが襲われている間に、あいつらに気付かれないよう、こっそりと後ろから近づいてやな……」
「そこまでよ! ミラノ! あんたの悪行は、天が許してもこのトライが許さないわ! 大人しく観念しなさい!」
「いい?」
バッツの提案を無視し、トライはゴグレグの目の前に立ちはだかると、ビシッとミラノに向かって指を突きつけた。バッツはあんぐりと口を開いている。
「な、何もワザワザ正面から名乗らへんでも……」
「コソコソ後ろから不意打ちだなんて、私の性には合わないのよ。こーいうのはね、正々堂々真正面から戦ってやっつけた方が正義の味方っぽいし、スカーッとするでしょ!」
「さいですか……」
その自信はどっから出てくるのか。目をキラキラと輝かせ、自信満々に語るトライに、バッツは疲れた顔でフゥと溜息をついた。
ミラノはフフンと微笑むと、トライを見つめた。
「フフフ、ちょうど良かった。あなたを探していたのよ。あなた、珍しい魔砲具を持っているじゃない? ちょっと私に見せてくれないかしら?」
「見たければ見せてあげるわ。目ん玉引ん剥いてとくとご覧なさい!」
そう言って、トライはミラノに魔砲具を突きつけると、その引き金を引いた。
――ズドオオオオオオオン!
物凄い轟音と共に魔砲具が火を吹き、真っ白な光の弾丸がゴグレグに向かって一直線に飛んでいく。
「こ、これは……」
その攻撃を危険を感じたミラノは、かわすようゴグレグに命じた。だが完全に避けることはできず、弾丸はゴグレグの左腕にヒットし、その手を粉々に砕いた。
あれだけハンターたちの集中砲火を浴びて、ビクともしなかったゴグレグの装甲をいとも簡単に打ち砕いたその恐るべき威力に、ミラノは驚きの表情を浮かべた。
トライ自身も、この結果は想像していなかったようで、ゴグレグと自分の魔砲具を見て目を白黒させている。
ミラノは、キッとトライを睨み付けた。
「やるじゃないアナタ。でも、この私にたてついたことは、高くつくよ!」
ミラノは、自分の腕に巻きついている無数のブレスレットをトライに向かって放った。まるでチャクラムのように、平べったく形状を変えたブレスレットは、物凄い勢いでトライに向かっていく。間一髪その攻撃をかわしたトライだが、ブレスレットは後ろにあった木を易々と切り裂くと、再び弧を描いて執拗にトライを狙ってきた。
「痛ッ!」
その一つが、トライの足を切り裂いた。
苦痛のあまりその場に倒れるトライに向かって、他のブレスレットが一斉に襲い掛かる。
「アーッハッハッハ! 私に歯向かったことをあの世で後悔するんだねぇ!」
ミラノの勝利を確信した高笑いが響き渡る。
観念したトライは、思わず目を瞑った。だが、いつまで待っても衝撃は襲ってこない。
「ったく、ホンマに世話のやける姉ちゃんやで」
聞き覚えのある声に、トライは恐る恐る目を開けた。そこには、手に持つ杖でブレスレットを弾き返しているバッツの姿があった。
「バ、バッツ……」
バッツは、弾き返して地面に落ちたブレスレットを拾い上げた。
「なんや、『切り裂きのブレスレット』か。魔女のくせに、しょぼい魔宝具使っとるのう」
拾ったブレスレットを指先でクルクルと回しながら、バッツはボソリと呟いた。
「あら、可愛らしいボウヤねぇ。でも、それは私の魔宝具よ。返してもらえるかしら?」
ミラノは、ニッコリとバッツに向かって微笑んだ。だが、バッツはアッカンベーをすると、無造作にブレスレットをリュックにしまいこんでしまった。
ミラノの眉がピクリと動く。
「さーて、あのデカブツをなんとかせぇへんとな。頼んだで、フレイム爺ちゃん」
突然バッツが杖に向かって話しかけたので、トライは「?」を浮かべた。
良く見ると、杖の先端には年老いた竜の頭のようなものがついている。どうやらバッツは、それに向かって話しかけているようだ。
さっきの攻撃を頭にでも受けたのだろうか? などとトライが心配していると、突然その竜の頭がカッと目を見開いた。
「誰が爺ちゃんや! ワシはまだ若いんじゃ!」
鼻息を荒くしながら喋る杖に、トライは思わず目を見開いて驚く。
「だったら、その力をワイに見せてくれや」
「おお! 見せてやるとも! あいつをぶっ倒せばいいんじゃな?」
バッツは喋る竜の杖、フレイム爺ちゃんをゴグレグに向けた。すると、フレイム爺ちゃんの口が大きく開かれ、そこから巨大な火の玉が吐き出された。
「ハッ! こんな攻撃など! ゴグレグちゃん、握りつぶしておしまい!」
「フンガー」
ゴグレグは、手を伸ばしその攻撃を受け止めようした。だが、その手を火の玉は易々と打ち砕いた。
「な、なんだとっ?」
驚愕の表情を浮かべるミラノ。
そのまま火の玉は、腕を砕きながらゴグレグの腹にぶち当たり、そこに巨大な穴を空けた。巨大な穴からは、ボロボロと先ほどハンターたちから奪った魔宝具や装備品が零れ落ちていく。
暫くの間、ゴグレグはボーッと突っ立っていたが、ガックリと両膝をつくとそのままガラガラと音を立て崩れ落ち、元の瓦礫へと姿を変えた。