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最終話 幸せな家族

 シオンと離縁してから、一年になろうとしていた。


 実家に帰って来た当初は何もやる気が起きず、ただ無為に過ごす日々。

 この先の…自分の未来もどうでもよくなっていた。


 けれどある日…父と母の髪に白い物が見え、両親の老いを感じた。

 4つ下の弟の婚約が決まり、彼の成長を感じた。


 時間は容赦なく過ぎているという事に、改めて気づかされた。


 このままではいけないと思い、私は両親と三人でこれからの話をした。

 この家は将来当主となる弟に任せて、両親は領地の南側にある別宅に移り住む事を考えていた。


 2人は私も一緒にと言ってくれたが……いつかは両親もいなくなるだろう。

 もちろん弟夫婦が住む予定のこの家に残るつもりもない。


 かといって…20代半ばになろうと言う出戻りの…子供の産めない女を娶ろうと言う家門はそうそうない。


 あったとしても、年の離れた男性の後妻や何らかの事情がある独身主義者とか…

 けどこちらも選べる立場ではないし、贅沢も言ってられないわ。


 これからの事を考えると不安が(よぎ)るけれど、それでもシオンと離縁しなければ良かった…と思う事はない。


 妻を裏切り、侮辱した事にも気が付かない人との生活に未練はなかった。


「お父様、私のような瑕疵(かし)のついた者でも受け入れて下さる方がいらっしゃったら喜んで参りますわ。お父様のツテでお探しいただけませんか?」


 両親は、自分たちが亡くなった後は私が別宅に住み、弟に生活の援助をするように話はしておくと言って下さったけれど、それは私の望むところではない。

 

 私の考えを伝えると、お父様は私の頼みを渋々承諾して下さった。


 願わくば、人の心を()(はか)る事ができる方でありますように…それだけを強く祈った。



 数週間後、とある子爵家のご令息との縁談が舞い込んだ。


 お相手も離婚歴があり、子供はいない。

 名前は、エルンスト・ヤード。

 年は私と同い年。


 釣書と一緒に同封されていた肖像画(ポートレート)を見た時、どこかでお会いした印象を受けた。


 黒髪に(あお)い瞳。



 顔合わせでお会いし、思い出した。


「あなたは…」


「君は…」


 病院でハンカチを貸して下さった方だった。


「お、覚えていらっしゃったのですね。その節はご迷惑をおかけして…」


「いえ、余計な事かと思ったのですが…」

 男性は首に手を当てながら、遠慮がちにそう答えた。


「あの…これ…」

 私はあの時お借りしたハンカチを手渡した。


「いつかお会いできれば…と思い、いつも持ち歩いていたんです。あの時は本当にありがとうございました」


「お役に立てたのでしたら良かったです」

 彼は、はにかみながらハンカチを受け取った。


 私たちが顔見知りと分かると、互いの両親は気を使って席を外した。


 二人きりになると、例の事がきちんと伝わっているか私は彼に尋ねる。


「…あの…その…私の身体の事は…お聞きだと思うのですが……」


 縁談を探してもらう時、子供が産めない事を必ず相手に伝えて欲しいと父にお願いしていた。

 その事を了承して頂けるのであれば、相手が愛人を持つのを受け入れるつもりでいた。


 最初から決めて置けば後になって傷つく事はなく、政略結婚と割り切る事ができる。


 もう…夫に愛してもらおうとは思わない。


「はい…子供を授かるのは難しいとお聞きしております…」


「ええ、きちんと診察を受けた訳ではありませんが、前夫とは3年の結婚生活で授かる事はありませんでした。ですので子供をお望みでしたら、愛人を持つのは構いません」


「……実は…僕の身体も子供が出来にくいのです…」


「え!?」


「あなたは最初から正直に話して下さったのに…僕はこんな…後出しのようになってしまい、本当に申し訳ありません!」


 彼は深々と頭を下げ、私に陳謝した。


「や、やめて下さい! 頭を上げて下さい! 気にしておりませんからっ」

 私はあわてて声をかけた。


 遠慮がちに頭を上げ、私を見る彼。


「…僕と前妻も結婚して3年経っても子供が授かりませんでした。病院で診察を受けたところ……僕に問題がありました。可能性はゼロではないけれど、確率的に低い方だと…。あの日、あなたと病院で会った時は、その検査結果を聞いた後でした。そして、僕は妻と離縁する事になったんです。彼女には何の問題もありませんでしたから…」


「…そうだったんですか…」


 あの時一緒にいた女性は奥様だったのね。

 お辛かったでしょうに…

 それでもあの日ベンチで泣いている私に声を掛け、気遣い、ハンカチを差し出して下さったのだ。


「僕は…愛人を持つつもりはありません。子供は望んでいませんが、もしあなたが僕を受け入れて下さり、子供を望むのであれば養子を考えます」


「…私でよろしいでのですか?」


「あなたがいいです」 


 その言葉に、お互い微笑んだ。


 この方となら、穏やかな時間を過ごせる…そう感じた。




 ――― 数年後 ―――




「エルビ! エルビどこなの!?」


「エルビ!」


 私は夫と息子と三人で街に買い物に来ていた。

 ところが、馬車に荷物を詰め込んでいる時に息子がいなくなってしまい、夫と必死に探していた。


「かーたまっ とーたまっ」


「エルビ! ああっ どこに行っていたの! とても心配したわ!」


 私は息子を抱き上げた。

 髪と瞳はエルンストに、面影は私そっくりの大切な息子。


「あっち!」


「「あっち?」」


 私と夫は、エルビの指差す方へ目を向けた。


 そこにはシルクハットを被った紳士が視界に入った。

 こちらを見ているような気がしたが、逆光で顔がよく見えない。


「…とにかく! もう離れちゃだめよっ」


「あいっ!」


「返事だけはいつもいいな」


「本当っ ふふふ」


 私はエルンストと結婚し、エルビという宝物に恵まれた。


 シオンに裏切られ、私自身の存在を否定されたような気持ちになり、もう幸せになれないと思っていたのに…今の夫と出会い、奇跡的にエルビを(もう)ける事ができたのだ。


「あなた…私、とても幸せよ」


「僕もだ」


 そういうと夫は、私の頬にやさしくキスをした。



◇◇◇◇



「あれ買って! あの靴が欲しい!!」


「ついこの間、新しい靴を買ったばかりだろ!」


「やだぁ! あの靴が欲しい!! 欲しい欲しい欲しいぃぃぃ!!」


「シオン様…この子は言い出したら聞きませんわ…」


「…全くっ…僕はここで待っているから、早く買ってきなさい」


 妻と息子は靴屋へ入って行った。

 僕の買い物で街まで来たのに、さっきから息子に振り回されている。


 アンリリーと離縁した後、僕は結局トゥニアと結婚する事になった。 

 男爵家だったが、僕の子供を妊娠していたから両親は喜んで迎え入れた。


 初めての孫で男児という事もあり、両親が猫かわいがりしたせいか息子は我儘に育ってしまった。

 息子が生まれてから2人目がなかなか授からない事もあり、両親の孫に対する溺愛に拍車がかかった。

 そのせいで息子の我儘はひどくなる一方だ。


「はー…」


 思わずため息が漏れる。

 アンリリーを傷つけてまで(もう)けた子供なのに…あまりかわいいと思えない。

 息子に対する男親ってこんなものなのだろうか。

 それに…息子が成長する(たび)に感じ始めた違和感。

 髪と瞳の色は妻と同じだけれど……


「きゃうっ」 


 ドサッ!!


 僕の後ろで小さな男の子が尻餅をついている。

 僕の足にぶつかったようだ。

 その拍子に僕のシルクハットが地面に落ちた。


「大丈夫かい? 坊や」


「あいっ ごめちゃいっ」


 僕は子供を抱き起した。

 そして、その子の顔を見た瞬間、誰かに似ていると思った。


『気のせいか…?』


 シルクハットを拾い、被り直しているとどこからか女性の声が聞こえてきた。


「エルビ! エルビどこなの!?」


 声のする方に視線を向けると…


『ア…アンリリー…? アンリリー!』


 彼女だ!

 別れた妻がそこにいた。


 ああ…今も変わらず美しい。

 足が彼女の方へと踏み出そうとした時、


「かーたま!」


 先程の小さな男の子がアンリリーに向かって走って行った。


「エルビ! ああっ どこに行っていたの! とても心配したわ!」


 彼女は男の子を抱き上げ、彼女の傍には男の子と同じ黒髪の男が寄り添った。

 髪色は男と同じだが、そうだ……男の子の面立ちはアンリリーにそっくりだった!


「こ…ども…? アンリリーの…? こ、子供が産めたのか…?」


 僕は信じられない思いで、子供を抱く彼女を見ていた。

 一瞬彼女が僕の方を見たけれど、僕に気が付いていないようだった。


 抱いている男の子に話しかけ、側にいた男に顔を向けた。

 アンリリーは男に笑顔を見せると、男は彼女の頬にキスをした。


 互いに微笑み合い寄り添う姿が、あの家族の幸せを物語っている。


 僕は去っていく彼女の後ろ姿を、いつまでも見送っていた…



「シオン様、如何(いかが)されましたか?」


「お父様、新しい靴を買ってもらいました!」


 自慢げに靴の入った箱を僕に見せる息子。

 いつも違和感を持ちながらも、考えないようにしていた事実。

 なかなかできない2人目…


 この子の面立ちは…妻にも僕にも…



 ―――― 似ていない ――――





【終】

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― 新着の感想 ―
どんなに畑を耕しても種を巻かなきゃ芽は出ませんよねー 私も5年子どもが出来なかったので、アンリリーの気持ちは容易に想像できます。 托卵された元旦那家族ざまぁみろでニヤッとしてしまいました。 アンリリー…
あっ⋯⋯(察し) なぜ男は不妊の原因は自分ではなく妻だと決めつけるのか…
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