第5話『クライン村② 圧政下に喘ぐクライン村。そして、少女の夢』
登場人物
◎舞原 彰(まいはら あきら:アキラ)
男性 59歳
身長180cm超 バキバキの筋肉質 スキンヘッド まつ毛の長い、キラキラした瞳の女性のような目
定年間近の某県警刑事
剣道七段(練士)柔道五段
逮捕術上級(全国大会準優勝の経験あり)
雑学好きのうんちく親父
素人童貞
殉職後、異世界にエルフの美少女に転生
◎アキラ
年齢16~18歳くらいの見た目
白金色の長い髪
緑色の瞳
先の尖った耳
巨乳
のエルフ美少女
舞原彰の転生後の姿
現在、異世界を彷徨い中
◎ケルン
モンスターであるケルベロスの子(♂)
3つの頭、尻尾は1本
中央の頭に他のケルベロスには無い、赤い尖った角が生えている。
火を吹く
甘いものが好き
◎ノーラ
女性 10歳
圧政下にあるコロネル男爵領クライン村に住む少女
身長130cm弱 痩せ型
茶色い髪のオカッパ
青い瞳
厳しい状況下に置かれながらも夢を諦めない、明るく活発な少女
◎ルトヘル
男性 34歳
ノーラの父親
◎ミルテ
女性 32歳
ノーラの母親
◎ハルム
男性 8歳
ノーラの弟
◎サマンタ
女性 60歳
ノーラの祖母、ミルテの母
◎山楝蛇 咬ニ(やまかがし こうじ:コージ)
男性 31歳
身長183cm筋肉質 黒髪短髪(かつては金髪)
ストリートギャング団「サーペンス」リーダー
強盗殺人犯として10年間逃走中
アキラを殺害した直後、自身もトラックに轢かれて死亡。
アキラは、ノーラの家族の態度を見て
(異世界からの転生とか、転移とか、ここでは当たり前の事ではないらしい
これ以上、異世界云々と言って気味悪がられても困るし、おばあさんの言うとおり、記憶を失くしていることにしよう。)
「有難うございます。ちょっと混乱しちゃってて…
お言葉に甘えさせて頂きたす。」
アキラはそう返事した。
皆で食事を終えると、ノーラが
「あー、食べたあ!今日はお客さんいたから、ごちそうだったね。」
(えっ!?)
という視線をアキラがノーラに向けると、ノーラは軽く頷いて
「いつもパンは半個ずつだし、スープにお豆が入っていたのだって久しぶり!」
「あ、あの、申し訳ない。遠慮せずに全部たいらげてしまって…」
アキラが申し訳なさそうに言うと
「何を言ってなさる。遠慮なんていりませんよ!久しぶりのお客さんに、みんな喜んでいるんだから!」
とノーラの父がアキラに向かって言った。
そう言った後、また視線がアキラの胸の谷間に向けられている。
その横顔をノーラの母が怖い顔で睨み付けている。
ここでアキラが、ふと疑問に思ったことを口に出した。
「でも、この村の畑とか、すごく広くて、みんな青々と茂っていたし、たくさん収穫できるのでは?
なのに、何故たくさんご飯を食べられないのですか?」
そうアキラが言うと、それぞれ各々別の動きをしていた家族が動きを止め、一斉にアキラの方を見た。
(あ、マズイこと言ったかな?)
と、アキラは思い、慌てて
「失礼な言い方でした!どうか、お気を悪くなさらないで下さい。」
と謝罪の言葉を述べた。
家族は暫く黙っていたが、やがてノーラの祖母が重い口を開くように
「いっぱい実っても、みんな税に取られてしまうのさ…」
と言い、この村が置かれている状況を説明し始めた。
〈このクライン村は、コロネル男爵という帝国貴族の領地であること。〉
〈2年前に先代が亡くなり、跡を継いだ当代領主が重税を課していること。〉
〈税率自体も大幅に引き上げられたが、それまで納税は各世帯ごとだったのに、現在は、個人に、10歳から65歳までの男女全てが対象となったこと。〉
〈ちゃんと納税義務を果たすように、男爵は親族の者を村長として主要な村々に派遣し、村人を監視していること。〉
〈このクライン村の現在の村長は、男爵の三男で、「ボー」という名の20歳の若者であること。〉
〈このボーという村長は横暴な振舞いが多く、特に年頃の若い村娘を「妻にする」などと言って強引に召し、暫くしたら飽きて捨てるという行為を繰り返しているということ〉
〈2年前まではノーラの祖父が村長を務め、先代のコロネル男爵との仲も良好だったこと。〉
〈跡を継いだ当代男爵の暴政に対し、何も出来なかったことを悔やみながら、祖父は1年前に病気で亡くなったこと。〉
アキラはノーラの方を見て
「村長…あの小高い丘の屋敷の?」
と問いかけると
「そう。あのお屋敷もね、村人みんなに建てさせたの。材料とかも全部村人に用意させて。
その材料のお金も、建てるために働いた賃金も、一切払ってないのよ!」
ノーラは先刻見せた、明らかな嫌悪の表情を見せて、そう言った。
「それって…」
アキラは「クソ野郎だな」と続けて言いそうになったのに口をつぐみ
「何とかならないのですか?男爵より、もっと偉い人に訴えるとか?」
と口に出すと、ノーラの祖母が
「帝都に訴えようにも、男爵様は領民が領外へ出るのを制限していてねぇ…
せめて手紙でも、と行商人に託しても、それも調べて取り上げられちまうのさ…」
と、アキラに事情を話した。
(それは情報統制、情報封鎖ではないか!)
アキラの心に沸々と怒りが沸いてきた。
アキラは、「正義感が強い性格」というより、「理不尽に対して強い怒りを覚える」という性質であり、アキラが警察官になったのも、定年間近まで警察官であり続けたのも、その「理不尽に対する怒り」が原動力であった。
なので、この時もコロネル男爵や、その息子の村長ボーに対しても激しい怒りを感じたのである。
その怒りがアキラの表情に出ていたのに気付いたノーラの祖母が
「あら、ごめんなさいね。くどくどと愚痴を話してしまって。
そうそう、お風呂。お風呂の用意をするから入っていって下さいな。」
と話題を転じた。
湯舟に浸かりながら
(しかし、領民を搾る領主なんて最悪だな…
非道い圧政下に置かれているというのに、ここの家族は、なんて善良で温かい人達なんだろう。
この人達の為に出来ること、何かないかな?)
などとアキラが考えていると
「お姉ちゃん!私も一緒に入るね!」
とノーラが浴室に入ってきた。
「え!?えっ、えぇーっ!」
アキラが驚いていると
「ごめんなさいね。節約のため、ノーラと一緒に入ってー。」
とノーラの母の声が浴室の外から聞こえてきた。
(いやいやいや、こんな少女と一緒にお風呂って良いのかな?
たしかに今のオレは女の身体だけど、心は男のままだし…道義的にもマズイ気が…)
などとアキラが考えている間にも、ノーラは素早くアキラの居る湯舟に入ってきた。
「あーっ、気持ちいい。お風呂も久しぶり。」
とのノーラの言葉に
(そうか、お風呂もたしかに贅沢だもんな。)
「本当にありがとう。今日初めてあったばかりの、見ず知らずの私の為に…」
とアキラがノーラに感謝の言葉を言うと
「いいの!お姉ちゃんが来てくれたおかげで、こうしてお風呂も入れるし、ごちそうも食べられたし!
いつもは川か泉で水浴びするの!…あ…泉はダメなんだった…」
とノーラは答えてくれた。
この時
(何故、泉はダメなんだろう?)
とアキラは思ったが、この時はあまり深く考えなかった。
この後、2人で背中を流し合いっこすることになり、ノーラが浴室の片隅にある箱から取り出した物を見て、アキラは少し驚いた。
「それって、石鹸?」
とアキラがノーラに問うと
「そう!石鹸!石鹸だよ。お姉ちゃん石鹸知ってるの?
あ!もしかして、ちょっと記憶が戻ってきた?」
と逆に問い返してきた。
アキラは
「えっ?…いや…、あっ!石鹸って高価な物じゃないの?」
と、ノーラの問いには誤魔化して問い戻した。
「うん。高いよ!だから、1年の始まりに身体を清める時にしか使わないけど、今日は特別!」
と言ってノーラは手で石鹸を擦りつけて泡立て始めた。
アキラは先に背を流して貰い、ノーラから受け取った石鹸を泡立たせ、ノーラの背を洗おうとして手が止まった。
(本当に痩せている…
肉が薄いから肩甲骨が、こんなに突き出て…
アバラが、背中の方から見ても、はっきり浮き出ている…)
アキラの心の底に、再び激しい怒りがこみ上げてきた。
アキラが寝室として用意されたのは、去年亡くなったノーラの祖父の部屋だった。
部屋にはベッドと、小さなテーブルとイスだけが置かれていて、ベッドは、今のアキラの身体には、かなり大きく感じられた。祖父は大柄な体格の人物だったかもしれない。
アキラがベッドに潜り込んで眠ろうとしたところ、部屋のドアを軽くノックする音がした。
「お姉ちゃん、アタシ。ノーラよ。一緒に寝ていい?」
アキラがドアを開けると、大きな枕を抱いたノーラが立っていた。灰色のワンピースに着替えている。
2人は同じベッドに枕を並べて寝転んだ。大きいベッドなので、まだまだ余裕がある。
ケルンは既に床の上に伏せて寝息を立てていた。
(そういやオレ、女性…ていうか、まだ小さな女の子だけど…女性と一緒に寝るなんて、一度もなかったな…)
などと考えていたアキラにノーラが話しかけてきた。
「ねえ、少しお話していい?疲れて眠いだろうに、ゴメンね。」
「いや、いいよ。なあに?お話って。」
「うん。お姉ちゃんには、何か、夢とかある?」
「夢…夢かぁ…」
(こちらに来て、まだ間もないし、考えてもみなかったな…)
「私にはあるの。いつか帝都の大学で勉強して、偉い学者さんになるの。
本来なら2年前、帝都の幼年学校に入れる筈だったの。
でも、今の男爵様が御領主になったせいで、おうちの蓄えが無くなって…幼年学校って、貴族様の子とか大金持ちの子が行くような、お金がいっぱい必要な所だから、行けなくなったの。
それに、10歳になったから、働いて税を納めなくちゃならなくなって…
でも!でも、いつか必ず!」
(圧政は、子供の純粋な夢すら奪う…
許せない!許してはいけない!)
「うん。ノーラ、信じるんだよ!
自分の夢が絶対に叶うって、信じ続けるんだ!
決して、諦めちゃ…駄目…だ…よ…。う、うぅ…」
ノーラの頭を撫でながらアキラの両目から涙が止めどなく流れていた。
部屋には灯りがなく真っ暗だったので、アキラの涙はノーラには見えなかった。
第5話(終)
※エルデカ捜査メモ⑤ー①
心は男のままのアキラだが、見た目が可憐な美少女であるため、変に思われることがないように、努めて男言葉が出ないように気をつけながら、ノーラの家族に話している。
※エルデカ捜査メモ⑤ー②
クライン村の少女、ノーラが2年前に入る予定だった帝都の幼年学校は、6歳から入学出来るが、非常に難関のため、ノーラは8歳でようやく入学試験に合格できた。(12歳まで入れる)
一貫制で、成績が良ければエスカレーター式に大学まで進める。
全寮制で、非常に学費がかかるため、一般的に貴族や資産家の子弟が通うが、庶民が入ってはいけない、という決まりはない。