第8話 君と本屋
「まあ誤解も解けた事だし!
東くんが良ければ何処へでも付き合うよ!
というかその方がフェアだし私としてもむしろ贖罪の意味も込めて付き合わさせて頂きたい!」
そう深々とお願いする遥に根負けし、静夜はそれじゃあ……と提案した。
そうして2人は近くの本屋へとやって来た。
「東くんが狙ってる本、あった?」
「うん、あったよ」
遥の問いに東は手に持っている本を見せながら答える。
「その本ってどんな内容?」
「ミステリー小説だよ」
「ミステリーが好きなの?」
「まあ、ミステリーも好きだけど、この作者の書く小説は他にも面白いのが色々あって……というかこの作者色んなジャンル書いてて純文学やホラーやファンタジーや恋愛小説とかとにかく振り幅が凄くて……」
そこまで語った静夜は我に返った。
「あ、ごめん、なんか語っちゃって……」
「え? 別に全然気にしてないよ?
好きなもの語りたくなる気持ちすごく分かるし!
……むしろ今日は私の方が語り過ぎちゃってたくらいだし?」
「ふふっ……確かにケーキ屋では葵さんの方が語ってたな」
遥の発言に静夜は堪える様に静かに笑いながら答えた。
そんな静夜の笑顔を見た遥は--。
頭の中に宇宙を形成させていた。
以降、遥の脳内。
え? 笑った? か……か……!
かっんわいいぃぃぃーーー!!!!??
マジかマジかマジか男子の笑った顔にこんな破壊力ってあったっけ? 心臓が可笑しな挙動して殺しにかかってるんだが? 私の心臓大丈夫? 何かひっくり返ったりしてない? てか何これ何なのこの状況まさか……これがトキメキという奴ですかい!?!?!?
さっきまで「恋愛なんて分からない」とかほざいていたのにたった今私の脳内が「分からせ」られてるんだが? 未だかつて葵遥生誕からこの時までこんな事1度も起こらなかったぞ? 前代未聞の出来事が私の身体に起きているぞ!? ヤバいヤバいヤバいヤバいキャパオーバーで色んな器官がオーバーフローしてしまう前に急速冷凍……いやそんなんしたら普通に人死にますわ!! 一旦もちつけ! 餅つけじゃなくておちつけ! 冷静になるんだ冷静に! クールにキメるんだ!
クールガールモードになるのよ遥!
「……葵さん?」
静夜の声かけに遥はハッと我に返る。
「……あ!? ご、ごめん、考え事しちゃってて!」
「いや……もしかして笑っちゃったの気分悪かった? ごめん俺、別に葵さんを傷つけるつもりで笑ったんじゃなくて……」
そう申し訳なさそうに謝罪を述べている静夜の横で、遥はまた静かに脳内の宇宙旅行へと旅立っていった。
わはは~ここってなんだろう~?
ふわふわしてて~どきどきする~!
この感情はなんだろう~?
もしかして:「 THE ☆ 恋 」
ぎゃあーーーー!?!? ダメだダメだ意識した途端もう東くんの一挙手一投足全てがカッコよく見えてしまう!! 何喋ってるのか頭に全然内容入ってこないけど心地の良い声に少し天然っぽいふわふわそうな綺麗な黒髪に長い前髪からふと見える目のきらめきに口から覗く八重歯に何もかもに私の脳内が犯される!! こんな人が存在していていいのか!? 私の隣に!! 待て待てまてマテしばし待て、彼は現存するんだよね? 私が脳内で生み出したイマジナリーボーイじゃないよね? リアルに生きてるのよね!? ああああ愛くるしすぎる家に持ち帰りたいいやむしろ逆にお持ち帰りされたい!! いやいやこんな事考えてる事自体が東くんに申し訳ない!! 深呼吸だ深呼吸落ち着くんだ私深呼吸ってどうやるんだっけ? 7秒吸って3秒吐くんだっけ? そもそも7秒と3秒はどこから来たんだっけ? この世の法則は78対22という法則に基づいており、科学的にも黄金比とされ証明が--。
「葵さん?」
「はっ!?
ごめん私……っ! 私……っ!
読書感想文書くのにオススメな本ってある!?」
脳の処理が追いつかないまま遥は勢いよく質問した。
「……え?
てか、前に言ってた読書感想文の本探すって本気で言ってたの?」
「そりゃあ私はいつだって本気だよ!?」
すごい圧で寄ってくる遥に静夜は思わず一歩後ずさる。
「えっと……俺のおすすめでよければ」
「是非お願い致します!」
遥の勢いに圧倒されつつも、静夜は本棚から1冊の本を手渡した。
「これとか、さっきも話してた作者のなんだけど、恋愛小説だから女子からの人気も高いし……」「すぐ買ってくるね!!」
「え!?」
それから遥は光の速さでレジへと向かい、すぐ様会計を終えて戻って来た。
「おすすめしてくれてありがとう!
大事にするね!」
「え、もう買って来たの……?
無理して買わなくても、なんなら寮に置いてるの貸したのに……」
「大丈夫! 本欲しかったし!
それに1万円札も崩せたからはい5千円!」
遥は未払いのケーキ代として5千円札を静夜に押し付けようとしたが、しかし静夜はそれを受け取らなかった。
「いや、俺の分は俺で出すから。
半分でいいって」
「いやでも私の為にそもそも今日ご足労いただいたのにそんなお金をとるなんてマネできやせん!!」
「葵さん口調変わってない?」
遥の様子に若干引きつつも静夜は冷静に突っ込む。
「と、ともかく!!
私が誘ったのに東くんにお金を出させる訳には……!」
諦めの悪い遥を見かねて静夜はため息をつきながら遥から5千円札を受け取り財布を出した。
「はい」
そしてすぐさま遥の手に無理矢理千円札2枚を握らせた。
「~~~っっっ!!??」
遥は急に静夜に手を握られ(お金を渡されただけ)で頭が真っ白になった。
そんな遥の様子に静夜は気付いておらず、お札を握らせた後すぐに手を離した。
「お釣り。
500円分は葵さんの奢りって事で。
これで葵さんが出したお金の方が多いし、納得した?」
「は、はいぃぃ……」
2千円を握りながら遥は頭からぷすぷすと煙を出していた。
「……?
葵さん、顔赤いけど……もしかして体調悪い?」
静夜に指摘され遥は慌てながら否定する。
「えぇっ!?
いやいや全然元気元気!
元気すぎて一周回って身体が保たないかもしれないかもしれないから、今日はもうおいとまするね!
今日のお礼は必ずするから!
それじゃあ!!」
それだけ言い残し遥は瞬く間に帰ってしまった。
「え? 足はや……」
(やっぱり体調悪かったのかな……。
あ、今日の言動可笑しかったのももしかしたら風邪のせいだったのかも……確かに風邪引いた時って変な思考回路になったりするし……。
もしかして葵さんずっと体調悪い中無理して本屋まで付き合わせちゃったか……?)
(……)
(明日学校でのど飴でも渡すか……)
静夜はそう納得しながら、本とのど飴を買うのだった。
あーあ、壊れちゃったよ。