第58話 君と相合傘(サイドA)
「もう6月か~」
普通科の教室の中、雨が降る外を窓ガラス越しに見ながら席に座っている遥はそう呟く。
「そうだな」
遥の呟きに遥の前の席に座るユウは次の授業の教科書を準備しながら答えた。
「梅雨だね~」
「そうだな」
相変わらず塩対応で返事をするユウの背中に向かって遥は勢いよく手を合わせて懇願し始めた。
「と言う事でお願いユウちゃん!
私と静夜くんが相合傘をしている絵を描いて下さい!」
「嫌だよ」
遥の懇願は秒で拒否された。
「お願いユウちゃ~ん! 一生のお願いだからぁ~!」
「い・や・だ。
というか、何で急に相合傘の絵?」
ユウに尋ねられ遥はえへんとドヤ顔で答える。
「そんなの現実で不可能だからに決まってるでしょ!
どんなに現実で叶わなくても、イラストなら欲望を叶えられるじゃん!」
「つくづくお前に画力がなくて良かったと心底思うよ。
もしお前に画力があったら東は今頃絵の中で遥に凌辱されてただろうな」
呆れながら話すユウの言葉に遥は顔を赤くする。
「凌辱だなんてそんな!
静夜くんが私にそんな事する訳ないじゃん!
むしろ私の方がやられる側が良い!」
「いやそんな受けとか攻めとかの話してる訳ではないんだけど……。
ところで相合傘の話はどうした?」
ユウに話を戻され遥は困った様に話す。
「いや~梅雨と言えば相合傘が定番でしょ?
でも静夜くん寮に住んでるから相合傘で登下校なんて出来ない訳じゃん」
「まあ、そりゃそうだな」
「折角の雨を有効活用出来ないなんて悔しいでしょ?」
遥の言葉にユウは口を開く。
「いや、そこは理解できない」
「え? だってラブコメの定番とも言える相合傘シチュを堪能出来ないんだよ?
じゃあもう雨降ってる理由なんてただ鬱陶しいだけじゃん。梅雨なんてこの世界に要らないじゃん」
「恵の雨とも言うんだし、雨が降る事で幸せになれる人達がいる事を忘れるんじゃない」
ユウに説教され遥はしゅんとなりながらも愚痴を続ける。
「いや、まあ確かに喜ぶ人もいるだろうからこの世界に要らないまでは言い過ぎたかもだけど……とにかく私は静夜くんと相合傘がしたい!」
直球に欲望をさらけ出した遥にユウは一言放った。
「そうか」
「「そうか」ってそれだけ!?
もっとこうさぁ、「仕方ないな~、友達のよしみとして一肌脱いでやるか!」くらいの言葉はないの!?」
「お前の想像の中の私はそう言うのかもしれないけど、現実の私はそんな事言わない。
悪いな」
「そんなご無体なぁ~!」
泣きながら訴える遥を、遠くの席から静夜は眺めていた。
(この前休みの日に悩みを聞いてくれた事の礼を改めて言おうかと思ったけど、今その事を話すと流れで相合傘頼まれそうだな……。
よし、今話しかけるのはやめとこう)
遥の願いは静夜本人の耳にまでばっちり入っており、相合傘のフラグはその静夜本人によりいとも簡単にへし折られたのだった。
そして放課後。まだ止まない雨を学校の玄関で眺めながら遥はぶつぶつと文句を言っていた。
「はぁ、相合傘は夢のまた夢か……。
登下校以外で相合傘シチュなんてデートくらいしか……デート……」
「!!
そうか!
雨の予報の日にデートに誘えば良いんだ!」
こうして遥は閃いた勢いで教室や図書室に静夜を探しに行った。
しかし、その日静夜は一足先に寮に帰っており学校のどこにも居なかった。
「う~! 折角思いついたのに静夜くんが居ないだなんて!」
「ん? 静夜って、東静夜の事?」
図書室に居た1人の男子生徒に遥は声をかけられ咄嗟に答える。
「あ、はい! 東静夜くんの事です!」
「君確か葵さんだよね?」
男子生徒にそう尋ねられ遥は男子生徒の顔をマジマジと見た後でハッとその男子生徒の正体を思い出した。
「あ! あなたは確か静夜くんのお兄さん!」
「あはは、そう呼ばれるの本当新鮮だな」
遥の言葉に静夜の兄--陽太はあっけらかんと笑った。
「あの、静夜くんどこ行ったか分かりますか?」
遥に尋ねられて陽太はああ、と答える。
「静夜なら今日ゲームのダウンロードがあるとか言ってたから先帰ってると思うよ?」
「そうだったんですね!?」
「ところでやっぱり俺に敬語は外さない感じ?」
陽太に尋ねられ遥は得意の営業スマイルをかます。
「はい! 静夜くんのお兄さんに軽率な態度はとれないので!」
「やっぱ面白いねー、葵さんって」
陽太が遥を面白がっている中2人の事をそっと影から覗く少女が居た。
それは大女優の大橋瑠奈だった。
(出たわね葵遥……! 普通科に居るのに度々先生達から芸能科に編入しないかと訊かれるくらいには美少女。
しかし本人は全く芸能界に興味がなくそんな葵遥の意中の相手は陽太の弟である東静夜。少し調べただけで数々の面白エピソードがあったから葵遥が東静夜に惚れてるのは間違いないわ。
ただ……問題は陽太が葵遥に惚れてないかという事!
もし陽太が葵遥の事が好きでも、もし、告白しようものなら……!
そ、それを機に葵遥が陽太を意識し始めてしまったら!?
そんな事になったら私は一体どうすれば……!?)
陰で2人を覗きながら脳内でパニックになっているポーカーフェイスの瑠奈の元へ、如何にもヤンキーっぽい男子生徒2人組が近寄った。
「あれ? 本物の大橋瑠奈じゃね?」
「マジじゃん! 近くで見ると可愛いね」
突然背後から声をかけられて瑠奈は内心驚きつつも表情は変えずに至って冷静に答える。
「……私に何か用でしょうか?」
「へぇー、本当に噂通り塩対応じゃん」
「流石氷の姫君~。ねえねえ姫さん、どうせならこれも縁だし、俺らと遊ばない~?」
「校則により不純異性交遊は禁じられています」
淡々と答える瑠奈の腕を男子生徒が掴んだ。
「そんな固い事言わずにさぁ」
「離して下さい。先生呼びますよ」
「今先生達会議で居ないぜ?」
男子は瑠奈の腕を引っ張って強引に図書室から連れ出そうとした。
しかしその時後ろから声が聞こえた。
「お前ら、大橋さんの友達?」
男子達が振り向くと、そこには真顔で立っている陽太の姿があった。
「あ、東陽太!?」
男子達は突然の陽太の登場に驚く。
「大橋さんの腕痛そうだから離してやれよ」
「はあ? 正義の王子様気取りかよ?」
「芸能人だからって2対1で勝てねーだろ! おら!」
そう言って1人の男子が殴りかかろうとすると、陽太はそれをかわしてその隙に瑠奈の腕を引っ張った。
「走るよ!」
「え? え、ええ!」
それから瑠奈は生返事をした後陽太に引っ張られるまま走り出した。
「あ! 逃げやがった!」
「待てやこら!」
2人が逃げるのを男子達が追いかけようと図書室を出た瞬間、生徒指導の先生が駆けつけてやって来た。
「おいお前ら! 何をしてる!?」
厳つい顔つきにジャージ姿の生徒指導の先生に男子生徒2人はしらけた顔をしながら答える。
「別に俺ら何もしてませんよ~」
「図書室に本借りに来ただけで~す」
とぼけた様に返事をする2人の服装を指差し生徒指導の先生は元々の厳つい顔を更に険しくする。
「お前らネクタイも締めずに何だそのダボダボな制服の着方は!」
「えー? これくらい普通じゃん」
「ネクタイ忘れただけですー」
「お前ら他にも色々と前科があるよな?
テストも赤点のまま逃げてるだろ。
生徒指導室へ来い!」
「っち、だる~」
「マジうぜぇ」
文句を言いながら男子2人は生徒指導の先生に睨まれつつだらだらと生徒指導室へと向かった。
自分のせいで相合傘チャンスを逃す系主人公。




