番外編 立花優歌の秘密
私は立花優歌。
5人組のアイドルユニット「ラビット」のメンバーで通称Yuka。
イメージカラーは黄色。
メンバーの中では「アホの子」担当。
「みんなー今日も会えて嬉しいよーー!!」
精一杯の笑顔を振り巻き、ライブ会場を走り回り、すみのすみにいる観客にまで目を行き届かせ、完璧な振り付けの中にギリギリまでアドリブでウインクやハートマークをおり混ぜる。
そんな事をしていてついたあだ名が「ファンサの神」
「Yukaー! こっち向いてー!」
「うぉぉー! 可愛いよYukaちゃーん!!」
ライブ中湧き上がるステージの観客の混じり合う声援を聴くこの瞬間が--。
「みんなありがとうーー!
大好きだよー!!」
1番大嫌いだ。
私には昔からとある特殊な能力があった。
人の声に、音や別の音が感じるのだ。
ネットでそれは「共感覚」だという事を知った。
そんな共感覚のせいで、私はその人の本心をなんとなく察する事が出来た。
「Yukaちゃんが1番好きだよ!」
「そうなんだ! ありがとう~」
(この人家庭持ちっぽいな)
「Yukaちゃんのおかげでアイドルハマったんだ!」
「え~そうなの! 嬉しい!」
(その前にも色々とハマってそうだけど……)
「ゆ、Yuka一筋だから……俺……」
「わあ! 一途に思ってくれてありがとう!」
(この人確かに私一筋だけど、かなり歪な愛情だな~。
こういう人は何かしら火種があると過激なアンチになるから気をつけなきゃ……)
ライブや握手会が終わる頃にはいつもへとへとになっていた。
「はぁ~疲れたよ~」
「本当体力無いよねYukaって」
「アイドルなのにこんなんでバテてたらやってらんないよ? まだ若いのに」
他のメンバーにいじられ私は笑顔を見せる。
「えへへ~がんばる~!」
本当はアイドルなんてやりたくなかった。
じゃあどうしてやってるのかって?
理由は簡単。
お母さんは元アイドル志願者だった。
だけどお母さんはアイドルになれなかった。
そこでたまたま少し可愛く産まれた私に希望を見出して、小さい頃からレッスンに参加させられて、あれよあれよと言う間にアイドルにしたてあげられたという、まあよくある展開。
悲しい事に私には才能があったらしく、そうして今はありがたい事にこうして仕事に漕ぎ着けているけど。
でもこの世界が短命な事も分かっている。
20歳も過ぎれば「ババア」と言われる世界で、今15歳の私は脂が乗っている正に旬な状態。
売り出す絶好のチャンスなので、多少無理なスケジュールを組まされる事もある。
それだけ大人達もこの商売に必死なんだ。
打算、見栄、虚構、偶像。
私が大嫌いなこの世界で、嫌いな人は無数にいる。
この業界に身を置いている以上、お綺麗な心のままの人なんて殆どいない。
でも、数少ないながらにもそんな闇に飲まれなかった人もいる。
その1人が東陽太。
初めてすれ違った時から、透き通った水色の声が印象的でずっと覚えていた。
ずっと不思議だった。
彼は子役の時からこの業界にいるのに、どうして染まらずにいるのだろうと。
でも、一度だけCMで共演した時に、答えが分かった。
東静夜。東陽太と一緒にスタジオに来ていた双子の弟。
見た目は正反対だし、声色も全然違うのに、同じ水色の透き通った声をしていた。
そんな彼を見て成る程と腑に落ちた。
あの2人は無意識にお互いを守り合っている。
双子だからこその独特な世界があるらしく、側から見てて不思議に思った。
……まあ勿論周りの人にとってはただの仲の良い双子程度のそんな認識だけど。
それともう1人。私が最近気に入ってるのは芸能科で同じクラスになった大橋瑠奈ちゃん。
彼女は顔には本心を出さないけど、ピンク色の可愛い声をしている。
本音を上手く隠してるけど、器用すぎるあまりに陽太くんへの気持ちまで隠しすぎちゃって、恋愛に関しては不器用。
陽太くんの事しか見ていないからなのか、瑠奈ちゃんもそんなに裏表がない。
おかげで今は仲良しの友達になった。
(と言っても中々瑠奈ちゃん、陽太くんの事が好きなの私にカミングアウトしてくれないんだよな~。
そういう口下手なところも可愛いけどさ♡)
そんなこんなで楽しい日常を送りつつ学校と仕事を両立する忙しい毎日を過ごしていた。
ゴールデンウィーク中のある日。
今日は学校の近くのスタジオでレコーディングをしていた時の事。
「あ……学校に忘れ物しちゃった!」
「もーYukaってば相変わらずドジだなぁ」
「えへへ~取りに行ってくるね!」
「1人で大丈夫?」
そうメンバーの1人に聞かれて私は笑顔で答えた。
「うん! スタジオから学校近いし、私の出番まだ先だから今のうちに取ってきちゃうね!」
「はーい、いってらー」
そうして私はマスクとサングラスというありきたりな変装をして学校へと向かった。
(うーんどうしようかなー?
大通りの方が安全だけど、あの小道通れば学校にすぐ着くんだけどな~)
私がどっちの道を通るか悩んでいると、後ろから男の人に肩を掴まれた。
「ほらやっぱり本物だって!」
「うわ本当にYukaじゃん」
「え?」
咄嗟に声のした方へと振り向くと男達に腕を掴まれてしまい、そのまま小脇の人気のない小道に引きずられてしまった。
「ちょっと逃げんなよ。
サインだけでもいいからくれね?」
「ファンサの神なんだろ?
通りすがりのファンにくらい良いよな?」
(この人達、全然ファンでもなんでもないくせに!)
声を聞いて即座に転売目的だと分かったが、しかしどうしよう?
大声で助けを呼ぶ?
でも騒ぎになるよね?
あーでもそんな事言ってる場合じゃなくない?
私が頭でぐるぐる考えてると、また別の男の子の声が小道の奥の、私の後ろから聞こえてきた。
「おーい! おっさん達何やってんの?」
「何だよこのガキ」
(あれ? この声どっかで聴き覚えある様な……)
振り向くと、そこにはこの前学食で大声で話しかけてきた男の子の姿があった。
「お前まさかYukaの恋人か?」
「はぁ!? な訳ないだろ?」
男の1人に質問され、男の子はそう答える。
「それじゃあガキに用事はねーよ。
俺達は今Yukaと話してんだからあっち行け」
そう男が男の子を邪険に扱うと、男の子が驚きながら大声で話した。
「はあ? おっさん達何言ってんだよ?
この子がYukaな訳ないだろ?」
大真面目に言う男の子に男の人達が面食らう。
「は? いやお前こそ何言って……」
「俺Yuka本人に会った事あるけど、マジでめっちゃ可愛いから!
おっさん達の目はフシアナかよ?」
そう本心で話す男の子に私は思わず内心突っ込んだ。
(私Yuka本人なんだけどなー!?)
「お前こそ何言って……あっ!?」
一瞬男の人達の気が抜けた隙をついて男の子が私の手を握って走り出した。
「逃げるぞ!」
「!!
う、うん!!」
「あ! 待てこら!」
しばらく男2人は追っかけてきたが、流石の高校生の体力にはついてこれなかったらしく、途中で諦めて帰って行った。
「はぁ、はぁ……」
全力で走ったせいで膝を抱える私に、男の子が声をかける。
「大丈夫? 飲み物飲む?」
そう言って男の子は近くの自販機で買ったお茶を渡してくれた。
「はぁ、ありがとう……。
お陰で助かったよ〜」
私がお礼を言いながら飲み物を受け取り、マスクを外したら、男の子は目の前で鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「あれ? あ、もしかして、本物のYuka!!」
「……ぷはぁ。
あ、気付いたんだ」
私がお茶を飲みながら答えると、男の子は分かりやすく狼狽え始めた。
「ご、ごめん! 俺、マジで気付いてなくて! さっきおっさん達にフシアナとか言ったけど俺の方じゃん!」
「あはは〜」
男の子に私は乾いた笑いを返す。
「あ! しかも俺握手会でもないのに手まで握っちゃったし! ごめんな本当!」
そう頭を下げて謝る男の子に、私は首を横に振った。
「いやそんなのいいよ別にー。
むしろ助けてくれて私の方こそありがとう……」
「いや良くないだろ!
アイドルにとって握手って商売だろ?
好きでもない男と握手なんてしたくないだろうしさ」
そう真面目に言う男の子に今度は私が面食らった。
「いや、私これでもプロだし、握手くらいなんて事ないよ?」
そう私は自分に言い聞かせつつ答えると、男の子は真っ直ぐ私に言葉を投げかけた。
「プロだと嫌なものを嫌って思っちゃいけないのか?
本心を言う事は出来ないかもだけど、心の中で思う分には良いんじゃねーの?」
男の子の真っ直ぐな言葉が心に刺さった。
(あ、この人は本当に真っ直ぐなんだなぁ)
何ものにも染まらない、綺麗な黄色の声。
「ふふっ、君みたいな事言ってくれるファン、初めて会ったよ」
「え? そうなの?」
「君、名前教えてくれない?」
私の問いに男の子は真面目に答える。
「鈴木徹人! 普通の鈴木に、徹夜の徹に人で徹人! 小鳥遊学園の普通科!」
「徹人くん、ね。
分かった」
私はポシェットからサインペンを取り出して、徹人くんに近付いた。
「ちょっとこっち来て」
「えー、何何?」
それから私は徹人くんの着ているシャツを引っ張って無理矢理サインを書いた。
「!!?」
驚いている徹人くんをよそに私はさっさとサインを書き終える。
「あー、やっぱり着てる服に直だと書きづらいなぁ」
「え? え? 何で!?」
書いてもらったサインと私の方を何度も見返しながら、徹人くんは驚いき続けていた。
私はそれにウインクで答える。
「助けてもらったお礼!
私、ファンサの神だからさ⭐︎」
そう話すと徹人くんは嬉しそうに満面の笑みを見せた。
「マジで!? 本当に良いのか!?
ありがとうめっちゃ嬉しい!
これ大事に保管するわ!!」
はしゃぐ徹人くんの姿を見て私は人差し指を口に当てるポーズをした。
「今日あった事、内緒にしてね♡」
「分かった!
あ! このペンって油性? 洗濯したら滲んだり落ちたりしないかな!?」
洗濯をどうするか悩む徹人くんを見て私は素で笑ってしまった。
「あはっ! 別にそんな簡単に落ちないと思うよー? あ、でも漂白剤は使わない方がいいかも?」
「おっけー、分かった!」
それから携帯の時計を見て私は我に返った。
「うっそやばもうこんな時間!?」
「あれ? もしかして急いでた?」
「あー、ちょっと仕事の途中だったからこれからすぐ戻らなきゃなんだ!」
「え!? 大丈夫!? 1人で戻れる?
俺も一緒に行こうか?」
そう心配してくれる徹人くんに私は手を横に振る。
「大丈夫! マネージャーさん呼ぶから!」
「そっか! それなら大丈夫だな!」
そこから直ぐ迎えに来てくれたマネージャーさんの車に乗り込み私は徹人くんにもう一度お礼を言った。
「今日は本当にありがとうねー!」
「おー! Yukaもお仕事頑張ってなー!」
そう手を振って見送ってくれた徹人を見て、マネージャーさんは質問してきた。
「誰? あの子友達?」
「同じ学校の子で、ちょっとトラブりかけたのを助けてもらって……」
私の答えにマネージャーさんはため息をつきながら注意する。
「はぁ、今度からは近くだからって勝手に出歩かない様に。
後、男の子と2人きりにならない様に」
「……はぁい。ごめんなさい」
嫌いなマネージャーさんの刺々した声を聞きつつ、私は徹人くんの事を思い出していた。
(徹人くん、サインにいつもより多く♡入れたの、気付いてくれるかなぁ?
多分気付かないだろうなぁ〜)
それから私はすぐさまレコーディングに戻った。
「おっそいよYuka〜」
「忘れ物取れたの?」
「いや〜忘れ物取るのを忘れちゃって!」
「いや何しに行ったのそれ?」
「相変わらずYukaってアホだよね〜」
「ねー、まあそこがYukaの良いところでもあるんだけどさ〜」
他のメンバーに好き勝手言われる中、私は笑顔でレコーディングに臨んだ。
いつも「大好き」とか「愛してる」とか嘘ばっかりの歌詞を歌っている自分が嫌いだった。
でも今日は、初めて素直に歌えそうな気がした。




