第25話 君と女優
都立小鳥遊学園芸能科。
これまで数多くの芸能人が卒業しており、今現在も話題の人達が在籍している。
大橋瑠奈もその1人だ。
彼女は今や飛ぶ鳥落とす勢いの大女優であり、そのルックスと演技力で彼女が出たドラマ、映画は成功間違いなしと言われる程である。
更に小鳥遊学園創業初となる、「芸能科からの主席」の座も獲得しており、そちらは瞬く間にネットニュースで話題となった。
そんな彼女は可愛らしい見た目とは裏腹に普段は人前ではあまり表情を崩すことがなく、別名「氷の姫君」と呼ばれている。
「瑠奈ちゃん!
学食食べに行こう!」
「ええ、今行くわ」
そんな彼女に声をかけたのはアイドルのYukaこと立花優歌だ。
「今日は何食べようかなー?
瑠奈ちゃんはもう決めてる?」
「いいえ、まだ決めてないわ」
「そっか! まあ時間はあるしゆっくり決めよ!」
そう鼻歌まじりに学食へと向かう優歌の背中越しに、瑠奈はとある光景を目にした。
それは、陽太が遥と和気藹々と話している所だった。
「……」
瑠奈が静かにその光景を眺めていると、横からそれに気づいた優歌が話しかけた。
「あれ? 東くんの向かいに座ってる子って、確か普通科で噂になってた子じゃない?」
「……噂?」
瑠奈が聞き返すと、優歌は話を続けた。
「そーそー。何でも「ヤバい美少女」が普通科にいるってー。
しかもあの子、今回のテスト学年1位だったんだって」
「……へぇ」
瑠奈は一呼吸して興味なさそうに食券の自販機へと向かった。
「あ、瑠奈ちゃん決めたの?
私も買うー!」
「……」
るんるんとラーメンを頼む優歌を横に瑠奈は表情を変えずに思考を張り巡らせた。
--別に成績が負けたのは悔しくない。
だって私は女優の仕事をこなしながら学業もやってるのだから、理数科やIT科にいつ負けてもおかしくないと思っていた。
まさか普通科の子に負けるとは予想外だったけど。
でも問題はそこじゃない。
(……何でその噂の「ヤバい美少女」とやらが、陽太の向かいに座ってさも仲良さそうにしているのよっ!!?)
(私はこれまで陽太に近づく為に努力を惜しまなかった。
初めて子役の陽太の出ていたドラマを見たあの日から私は彼の事だけ一途に考えて、同じ土俵に立ちたくて努力して可愛くなったし、努力して演技力だって磨いたし、努力して今でもスタイル維持を怠らない様にしているし勉強だって全てにおいて妥協せずに頑張った!
陽太と同じプロダクションに入る為に血の滲む努力を耐えて来た!
それなのに!!
誰なのあのぽっと出の女はっ!?
私ですらまだ陽太と「おはよう」「また明日」くらいの挨拶程度しか関係が進んでいないのに!?
あー! もう! こんなんだったら玉砕覚悟でもっと陽太と一気に距離を詰めてれば良かった!?
でもそれで本当に玉砕なんてしたら耐えられない……!
入学前に芸能科に入る人達の事は徹底的に調べ上げて陽太と他の女子が仲良くならない様裏であの手この手を使って頑張っていたのに、まさか普通科にあんなダークホースがいただなんて!!
しまった! 本当に私の誤算だったわ……!!
こうなったら……!!)
「瑠奈ちゃーん、混んできたけど、席どこにするー?」
ラーメンの入ったトレイを持った優歌がそう聞いてくると、サバの味噌煮定食を持った瑠奈はすたすたと遥の隣の席へとやって来た。
「御免なさい、ちょっと混んでて、隣良いかしら?」
「? はーい、良いですよー。
(この人何かで見た事ある顔だなー。
芸能人かな?)」
突然話しかけられた遥は瑠奈に快く返事をする。
「大橋瑠奈!?」
「うわすっげ可愛い!!」
「本物だー! すげー可愛い!」
一方、突然の瑠奈の出現に男子達はざわついていた。
(本物の大橋瑠奈だ……。近くで見るの初めてだけど、「氷の姫君」とか言われてる噂通り普段はあんまり笑わないんだなー)
静夜も遥越しに瑠奈の事を盗み見ていると、その視線に即座に遥が反応した。
「東くん!」
「!? な、何急に?」
突然横から大声で話しかけられ静夜はびっくりしながらも聞き返した。
「あーとね!
す、好きなタイプとかいる!?
(東くんこういう可愛らしくて大人しい子がタイプなのかな?
どうしようそれだと私大人しくないし勝ち目ない……? いやいやまだそうだと決まった訳では……)」
「は? 好きなタイプ?
……別に特には思い浮かばないけど。
というか何で急に?」
咄嗟の質問に逆に質問し返す静夜に対して遥はどぎまぎしながら答えた。
「あ! いやえーとね!
ただ何となくふと思いたったというか……」「あーー!! 本物のYukaだーー!」
慌てふためく遥の声を、しかし今度は徹人の叫び声が掻き消した。
「うわぁびっくりした~」
瑠奈の後からやって来た優歌も徹人の声に驚きの声をあげる。
「あ、驚かせてごめん! 俺めちゃファンでさ! いつも応援してる! 曲もめっちゃ好きだしマジ普段活動しててくれてありがとう!」
徹人は優佳に向かって真面目に感謝の気持ちを叫び出した。
「おお! 私のファンなんだありがとう!
今度からはライブ会場以外ではもう少~し静かに応援してくれるとありがたいかな⭐︎」
にこりと笑顔で苦情を言う優歌に対して徹人も元気な笑顔で返事をした。
「分かったー! 次から気をつける!!」
「せめて今から気をつけろよ」
徹人の横で大声くらった静夜が苦言を呈した。
一方遥の隣に座っている瑠奈は無言でどんどんサバの味噌煮を食べすすめていた。
(この女……今陽太から好きなタイプの情報を聞き出そうとしてたわね……運良く隣の男子が答えてくれたから良かったけど……というか、あの男子見覚えある様な……)
瑠奈はチラリと遥の隣に座る静夜の顔を見て何かを思い出していた。
(!! 思い出した!
この男子、陽太の双子の弟じゃない!!
たまに陽太について来てはスタジオで本ばっか読んでた根暗そうな奴だったわよね確か……。
ん? さっきこの女「東くん」って言って質問してたけど、それって陽太に対してではなく陽太の弟に対してしていたって事?
それなら恋敵ではない……?)
ふと瑠奈は視線を陽太にうつすと、陽太は遥の方を見ながら満面の笑みを向けていた。
(……!!?
陽太が溢れんばかりの笑顔を、この女に向けている!?
ま、まさか……この女が陽太に惚れてるのではなくて、陽太がこの女に惚れてるという事!?
そ、そんな……これまで陽太から恋絡みの噂なんて出た事なかったのに!
いやでも高校生活の中新しい出会いで恋に落ちる事は想定出来る……。
これまで陽太が誰かを好きになるなんて素振りがなかったから全く油断していたわ!
やはり小鳥遊学園、一筋縄ではいかない強者ばかりね……!!)
瑠奈はそう考えている間も1ミリも表情を崩す事はなく、その心情が誰かに悟られる事はなかった。
一方陽太の心中はと言うと。
(葵さんって……。
誰と話してても基本静夜から目を離さないし、話しかけるのも静夜ばっかり……。
これ、絶対静夜の事好きだよな?
今日たまたま学食一緒になったけど、これは面白い光景が見れたぞ~。
早速今夜静夜の事からかってやろうっと!)
遥と静夜のやり取りを面白がりながら眺めていた。
「ご馳走様」
「わあ瑠奈ちゃん食べるのはや~い」
「ごめん優歌、私演技の自主練するから、もう行くわ
(早くこの女の事を徹底的に調べ上げて対処しなくては……)」
「あ、分かったよー!
じゃあ瑠奈ちゃんまた後でね!」
それからラーメンを食べながら優歌は隣に座っている陽太へと話しかけた。
「ねーねー陽太くん」
「何? 立花さん」
「あのねー、瑠奈ちゃんって無口だけど本当はお喋り好きだから、もし機会があったらお喋りしてあげて?」
優歌はひっそりと陽太にそう声をかけてにっこりと微笑んだ。
「え? そうなの?
俺てっきり大橋さんって話すの苦手なのかと思ってた」
「そうだよ~、話しかけたら案外面白いから、声かけてみてね♡
じゃーねー!」
そう言って優歌は空になったラーメンの器を持って去って行った。




