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048 これがオレたちの交響曲だ!

   ◆異空 パフィシコ横浜◆


 ――これは、歪んだ時間の糸が紡ぐ、異なる世界線の横浜の話。


 この世界において、誰も知ることのない、地獄の序章が開かれようとしていた。


 パフィシコ横浜。

 そこでは、煌めくアイドルグループ『星辰メイズ』のライブが、音と光の嵐となって繰り広げられていた。


 だが、欠落があった。二つの空白が。


 壮絶なストーカー事件により星崎渚は重傷を負い、彼女の再起はもはや不可能となっていた。

 水無月璃音もまた、シークレットライブでの怪我によりその場にいなかった。


 残された三人は、彼女たちなりに最良のパフォーマンスを披露していた。


 だが、その場に四、五十歳の男が静かに姿を現した。


 彼は、精霊の贄となれ――といったことを、会場の全員に言った。


「おお。計算通りですねぇ。あなたたちはもう、おしまいです。ファンなら偶像(アイドル)と心中できるのは光栄でしょう?」


 彼は特徴的なデザインの指輪を煌めかせながら、手を振るう。

 男の振るった手の動きは、まるで全ての精霊を統べる王のように威厳があった。


 そこに訪れたのは、観客たちの心に深く刻まれる絶望だ。


 観客たちの記憶は、水無月璃音のシークレットライブへと回帰する。

 その日も精霊の恐怖が織り成す、悲劇と絶望が蔓延していた。

 その記憶によって、観客たちは恐怖に震え上がり、無秩序な混乱が広がった。


 虚空より生み出された精霊たちによって、次々に観客は殺されていく。

 わずかにいた探索者が抵抗するものの、無数の精霊たちに勝てる理屈もなかった。


 無辜かつ無垢なるオタクたちは無残に死を迎えていく。


 何度も魔法による攻撃を受け、彼らは絶望と苦痛の中で死を迎えた。

 そして死にきれなかった者たちは、最後の最後まで、「助けてくれ」と涙と共に叫んだ。


 三人のアイドルは、ステージ上で哀れにも断末魔を迎えた。

 彼女たちのかつての輝きは失われ、朽ち果てた人形のようだった。


 リーダーは最後の瞬間まで、観客たちを導こうとした。しかし、彼女たちの努力も虚しく、悲劇は止まらなかった。


 ピンク髪のアイドルは、顔を押さえ、嘘だ嘘だこれは夢だと口の中で唱えながら死んだ。


 一番小さい金髪のアイドルがいちばんマシだっただろう。彼女は何も理解する前に、頭部を破壊されたのだから。


 そして、彼女たちの身体が新たな精霊の器となる。精霊に支配された彼女たちの身体は、壊れたマリオネットのように、生き残った観客に迫り――


 ――彼らを喰らった。


 この悲劇は、パフィシコ横浜に留まらず、横浜全域に広がった。




 そうして横浜は、人類の手から奪われた。


 精霊が支配する、恐ろしい新世界がそこには広がっていた――


 精霊による地獄の精霊(アストラル)界化が、始まったのだ。




   ◆同時刻 パフィシコ横浜◆



「お前ら! 落ち着けぇぇぇ!!」


 大音声。

 オレの叫びが会場の空気を切り裂き、一変させる。


 観客の視線がオレに集まる。


「お前ら! 水無月璃音のシークレットライブは見たか!? オレはあのときの探索者だ! じゃあ、どうしたらいいかわかるよな!?」


 オレは観客たちの顔を見渡す。


「お前たちは、もう答えを知っているはずだ!!」


 会場のパニックが、わずかに収まる。


「知らないやつは、みんなに合わせろ! お前ら! アイドルを――星辰メイズを救いたいだろ!? なら、付き合え! そんで、星辰メイズ! あんたらもだ!」


 オレはステージ上の星辰メイズに声をかける。


 そこでコメントが復活する。


【お? ハルくんの配信? なにしてんのこれ?】

【ライブ会場!?】

【精霊おるやん!?】

【いきなり情報多すぎて意味わからんwww】


 ネット回線が戻ったのだ。


 水無月璃音がこちらに向かって片目を閉じた。

 彼女が何かしてネット環境を復活させたようだ。


「行くぞ! 想いを込めて、叫べぇぇぇ!!」


 たくさんの声が空間を揺るがす絶叫となり、エコーとなって空間全体に響く。


 アイドルたちへの熱い想い、彼女たちへの純粋な意志が、会場いっぱいに光を放つ。


 その強固なる意志に応え、敵の精霊も一層活性化する。新たな形、新たな力を持った様々な精霊が次々と生まれてくる。



 俺も、その中で、力一杯に叫ぶ。



「バーーーーーーーカ!」




 それに合わせて、観客たちが叫ぶ。


「「バーーーーカ!」」


 それは前回中華街で見た光景、それを数十倍に拡大したような、いや百倍の壮観だった。


 アイドルたちも声を合わせてマイクで『バーーーカ!』と叫ぶ。


 バカの大合唱――いや、違う、これは一つの壮大な交響曲(シンフォニー)だ。

 会場全体が一体となって(とどろ)く、凄絶なる戦慄の調べ。

 その音波は、精霊たちを打ち砕いていく。


 上空にたゆたう精霊たちは、音の波動によって打ち払われる。


 低級精霊はその衝撃に耐え切れず、即座に消え去る。

 中級精霊たちも、苦悶の形相でぼやけ、やがて完全に消失する。


 精霊たちは赤、青、黄、緑、黒、白、橙、銀……様々な色の光を放ちながら消滅する。


 まるであたかも一つの壮絶な演出であるかのよう。

 いや、単なる演出以上に、彼らは幻想的な灯火を放ち、壮麗に散っていった。



「おお……。なんということを」


 松原凌馬が頭を押さえて言う。


「残念だったな。お前の陰謀、全部打ち砕いたぜ?」


 オレが言うと、松原凌馬の表情が一瞬、歪む。

 だが、すぐに彼の顔は冷徹さを取り戻す。


「無意味な抵抗をご苦労様です。ここだけ守っても横浜はすでに終わりを迎えています」

 相手を下に見るような傲慢な声だ。


「それはどうかな? あんたがばらまかせた触媒、もう全て探し当てたぜ?」


「なん……だと……?」


「それに見ただろ。ここでの、皆の活躍を。なぁ!?」

 オレが観客たちに振ると、観客は『うおおおおお』と雄々しい雄たけびで応えた。


「それに横浜中でこんなことが起こるといっていたな?」


「……そうです。触媒を回収したとはいえ、低・中級精霊は呼び出せます。であれば、人間に為す術などありません」


「はっ。この状況を見てもそうか? あんたご自慢の精霊たちは、全部消えたぜ?」


「ここではそうかもしれませんね。しかし、外では人が死ぬ。人が死ねばそれを依り代として、さらに強大な精霊が召喚されます。あなたがやっているのは、ただの遅延行為にすぎません」


「いいや。倒し方動画はすでに拡散されてるぜ? 見てないのかい。ネットは不得意かな?」


 五十近い年齢のはずの松原凌馬は不愉快そうな不可解そうな顔をする。


 オレは彼に言う。

「なあ、人間最大の能力って何だと思う?」


「……人間、最大の能力ですか? それは頭脳。私のような高知能な個体が産まれることですね。それが世界を変えていく」


「いいや。情報伝達能力だよ。誰かが何かのやり方を知れば、それを伝えた誰かもそれを知ることができる。大本はあんたのような頭自慢かもしれないし、現場で研鑽を積んだ人間かもしれない。そいつらが思いついたことを、みんなできるようになるのさ」


 だから。


「あんたの生み出す精霊の対処方法を、その場にいる誰か一人が知ってれば、それだけでこのテロは意味がなくなる」


 つまり攻略wiki最強ってことだ。


「ふん……そんな動画だけで……」


「できるだろ。この精霊召喚、人が多いところじゃないとできないだろ? なら、誰かしらオレが広めた対処法を知っているはずさ」


「ふん――だとしてもここの人間を皆殺しにして、そこから精霊を広めていけば問題はありませんよ」


 松原凌馬はわずかに不快そうに言った。


「あなたのような子どもに計画を邪魔されたのは腹だしいですが、結果は何も変わりません――あなたも哀れですね」


「なぜ?」


「あなたがここで私の邪魔をしようなどと考えなければ、あなたは精霊からいくらかの人は救えたでしょう。そうすれば、横浜から生還した英雄にはなれたかもしれません。ですが、ここにいる以上無理です」


 松原凌馬は高慢なまなざしで周りを見渡しながら語った。

 そして、彼が指を鳴らすと、空間が歪み、強大な気配が充満する。


 驚くべきことに、上級精霊たちが顕現していく。


 上級地精霊(テラゴーレム)

 上級水精霊(アクアナイアド)

 上級火精霊インフェルノフェニックス

 上級風精霊(ゼファードラゴン)

 上級光精霊セレスチャルセラフィム

 上級闇精霊(アビスディーモン)

 上級月精霊(ルナエンチャントレス)


 などなどだ。

 それはこの世界でも極めて珍しく、ほとんどの探索者が一生出会わない、伝説の精霊たちだ。


 この松原凌馬、彼はまるで遊びのようにこれらの精霊を操っている。

 精霊との契約の秘密、それを探る者の中で彼がどれほどの位置にいるのか。

 上位の探索者だとしてもその深淵への恐怖を感じずにはいられないだろう。


 オレは出現する精霊たちを見ながら思考を巡らせる。


 その中、新たな上級精霊が次々と現れる。

 周囲の空気が激しく揺れ、現実感が希薄になってくる。

 まるで時間と空間が歪むような、異次元の圧迫感に包まれた。


 空気が幽世(ダンジョン)に近くなっていく。


【なんだ、あれ……見たことないぞ】

【わかんないけど、ヤバそう……】


 上級精霊たちに対しても、会場の観客たちは、罵声を飛ばしている。


 しかし、それらはバーーーカの声では倒せない。

 弱体化はしているようだが、決して倒すことはできそうにない。


「だ、だめだ……。あんな精霊見たことない……」

「せっかくの対策も、意味がないよ……」

「俺たち、ここで死ぬのかな……」


 会場が絶望に包まれる。


 この先に希望を持っている人間誰もいない。いや、松原凌馬くらいだろうか。


 もちろん、オレも希望などは持っていない。


 ――オレが持っているのは、この程度どうとでもなるという確信だけだ。


 松原凌馬が口に笑みを浮かべた。

「ははは。最後まで諦めないでくださいね。あなた方の希望が、そして反転した強い絶望が、ここを精霊(アストラル)界にする力になるのです」


 松原凌馬が勝ち誇る。


「上級精霊ほどの強い自我があれば、このような精神攻撃ぐらいで消滅することはありえませんからねえ」


 彼がそんなことを言っている間にオレは行動をする。


 オレは、自ら呪文を刻んで精霊殺し(エレメンタルキラー)とした投げナイフをばらまくように投げた。


 それは寸分たがわず、精霊の弱点に直撃する。

 会場を絶望に陥れた精霊たちは、あっけなく消滅した。


「で?」


 すると松原凌馬は一瞬止まった。

 まるで信じられないとばかりに目を見開いている。


 それから、低い声で言う。


「貴様ァ……」


 オレは松原を見ながら言った。


「お前混じってる(・・・・・)な?」


 それを言われた松原凌馬は、まるで自身の最大の秘密を言い当てられたかのように、こちらを睨んだ。

ここまで読んでくれてありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[良い点] なろうって一人称しかないって話があるじゃないですか? この作品はそれと異なってLIVE感の宿る主人公視点VSマッチの今なら精霊使い側の思惑的な何かの視点がぶつかった文章になっていると感じま…
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