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045 ガチの一般人に精霊を倒してもらってみた!

「というわけで! 『ガチの一般人に精霊を倒してもらってみた!』――開始です!」


 場所は横浜中華街。

 太陽はもうかなり沈んでおり、残った夕焼けが中華まんフェスを赤く照らしていた。


 中華まんフェスの参加者は家族連れや男子学生、女学生、日曜日だというのにスーツ姿の男など、様々だった。

 それらの人々は一様にパニックになっていた。


 もうだめだ。俺たちは死ぬしかないんだ。化け物。もう嫌だ。誰か助けてくれ。

 そんな声があちらこちらから、聞こえてくる。


 まだ何が起こっているかわかっていない人もいるが、状況を理解している人間には、その厳しさが明白だった。



 ――絶望的な状況。


 そんな中で、お姉さんが不安そうに口を開いた。

「で、でも……。私本当にレベル上げとかしたことなくて……」


「大丈夫ですよ。オレがついてます。絶対、成功させます」

 先ほど倒れかけたお姉さんを支えたまま、オレは断言した。


「あ、しゅき……」


「え?」


「ど、どうすればいいですか……?」

 お姉さんはこちらを見あげるような体勢で言った。


「えっと……」

 オレが手近なところにいる精霊を探すと――木の葉を依り代に顕現した精霊が、子どもを襲おうとしていた。


 オレは魔素を手の中で生成して、礫のように飛ばした。

 それだけで低級精霊が消し飛ぶ。


 それから手ごろな精霊を発見する。


「お。ちょうどいい。あの低級闇精霊(シェードリット)で行きましょうか」

 闇が集まったような小さいな影だ。

 闇属性の低級精霊だ。


 通常であれば、初級探索者では倒すこともできないような相手だ。


 一般人が倒すなどといえば、多くの人は寝言を言うなと思うだろう。


 だが、オレだけは知っている。


 一般人でもできる精霊の倒し方。

 それは非常に簡単な方法だった。


 オレはお姉さんの耳元で囁くように言う。

「お姉さん、オレの言ったセリフを、繰り返してくれるかな?」

 そしてオレは、言わせたいセリフを配信に乗らないようにこっそりと伝える。


 するとお姉さんは

「は、はわ――これ、配信されてるんですよね!? そんなこと、い、言いづらいです――」


 コメントがざわつきだす。

【わいら何を見せられてるんですかねェ……?】

【ハルきゅんセクハラしてる!? 私にならいくらしてもいいのに……】

【精霊倒すんじゃなかったの……?】

【あんまひどいこと音声入ってたらアカウント停止されるで】


「ああ。確かにそうですね。こんなこと言わせたら、チャンネルが停止されちゃうかもしれませんね。では今のなしで」


【いったいナニを言わせようとしたんや……】


「じゃあ、自分で考えて言ってみてください。お姉さん」


「ひゃ、ひゃい……」


 お姉さんは余裕のない様子で頷く。

 緊張だろうか、顔は真っ赤に染まっている。


 お姉さんは大きく息を吸い込んだ。


 そして、会場中に響くような声で叫んだ。




「精霊さんのーー! ばーーーーーーーーーーーーか!!!」




 未来ではとある子ども向けの本が販売されていた。

 タイトルは『◆◇◆せいれいさんのひみつ◆◇◆』

 その内容にこうある。


『Q:せいれいさんは、なにがきらい?

 A:わるぐちとか、よわねとか。せかいがざわざわすること、みんながえがおじゃないこと。』


 と記されているのだ。


 精霊は意志力で構成される存在――つまり精神(メンタル)の生き物だ。


 心が弱れば実際に弱る。


 彼らの意志を折ってしまえばいい。



 ――悪口で倒せるのである。



 低級闇精霊(シェードリット)が苦しげに震える。

 すんすんと、どこかしら泣いているような雰囲気を醸し出している。


 お姉さんから悪口を言われてしまった精霊は、狂った状態だというのにダメージを受けていた。


「さあ、お姉さんもっと!」


「ばか! ばーか!!」


 明らかに精霊は苦しんでいた。


「間抜け! ばか! あほー!! 帰れーー! か・え・れ! か・え・れ!」


 お姉さんがそう言った瞬間だった。


 ジュワァァァ!

 闇の精霊が蒸発するように溶けた。


 精霊が消滅し、精霊を構築していた魔素が大気中に溶け出す。

 その魔素はお姉さんへと吸収されていった。


「なんだか、身体があついです……」


「おめでとう。お姉さんはレベルアップしました……! ありがとうございます。お姉さん。助かりました」


 オレが笑顔でお礼を言ったとき、お姉さんは戸惑った様子で手をもじもじさせていた。


「は、はひ……」


 オレは地面を蹴り、跳躍。


 中華まん売り場の上に立つ。


「皆さん、見ましたか!? 視聴者の皆さんだけでなく、中華まんフェスの会場のみなさん! 見ましたか!?」


 オレは拳を高くかざし、声を張り上げる。


「いいですか!? 精霊は、倒せます! 低級精霊であれば一般人でも倒せます!」


 会場中が、静まる。

 そして、オレの言葉が静かに広まっていき、少しずつ、少しずつ納得の輪が広がる。


 まじかよ。すげえ。え? ほんとに? ありえねえ。こんな方法が!?


 今はたまたま会場にいた探索者や、真白さんが契約している低級精霊が、みんなを守っていた。


「真白さん! 聞こえる?! 呼び出した精霊を戻して! 悪口がフレンドリーファイア(誤射)して消滅するかもしれない!」



 離れた位置から真白さんの声が聞こえた。

「わ、わかりましたっ……!」

 周りの喧噪になかばかき消されながら届く。


「さあ! 皆さんもご一緒に!? 精霊に悪口を言いましょう!」


 オレは扇動するように言う。


「せーの! ばーーーーか!」


 オレの言葉に応えるように、一部の人たちが「ばーーーーーか!」と唱和する。



「みんなー! 声が小さいぞーーー!? もっと大きくーーー!!」



「「ばーーーーか!」」

 先ほどより多くの人が叫んだが、恥ずかしそうに小声で言っている人たちや、黙ったままの人たちもいた。


「そんな小さな声じゃ精霊さんに届かないぞー!? 恥ずかしがらないで精霊さんに聞かせてあげようねー! はい、せーの! バーカバーカ!」


「「バーカバーカ!」」

 一般人たちが叫んだ。


「バーカバーカ!?」

 オレが煽る。


「「バーカバーカ!!」」

 声が大きくなっていく。


 だんだんと唱和の声が大きくなっていく。


 その時、顕現していた氷の女王といった見た目をしている中級氷精霊(グレイシャル)が、苦し気に頭を押さえながらいう。

 目は赤く染まり、狂化しているのは見て取れる。

『チ、違う……。ワラワはバカではナいノジャ……!』


「はい、あちらの精霊さんにもー!?」


「「「バーカバーカ!」」」


「バーカバーカ!」

 とオレはバカの合いの手を入れる。


「「「「バーカバーカ!!!」」」」


『ち、違ウのジャ……! ばかトいったほうがバカなのジャ……!』


 バーカバーカ! バーカバーカ! バーカバーカ! 


『う、うるさイのジャ! このバカ!』


【なんだこの光景……】とコメント。

【地獄絵図やんけ】


 すでに出現した低級精霊は『ばーか』の波動によってすべて消滅している。


 残っているのはもう中級精霊だけだ。


 そして、それらもすべて苦しんでいた。


 バーカバーカ! バーカバーカ! バーカバーカ! 


『もうバカでいいのジャ! 知らなイのジャぁ!』


中級氷精霊(グレイシャル)は苦しみ、次第に薄くなっていく。


「ここまで来たらあと少し! 総員――突撃だぁ! みんなそれぞれ好きなだけ、叫べー!!!」

 オレが吠える。


 あちこちから悪口が聞こえてくる。

「ばか!」「とんちんかん!」「のろま!」「へんたい!」「だんごむし!」「てんとうむし!」「ドジ!」「ぐうたら!」「ぬるぽ!」「ガッ!」「ぶた!」「だめんず!」「もじょ!」「いんきゃ!」「だめせいれい!」


 もっとえげつない悪口も多々存在したが、そこはあとでカットしておこう。



 その中でひときわ切実な声が聞こえた。


「いつもいつもうるさいのよ! オタク知識なんか本当にどうでもいいし! ばーーーーーーーーか!!!! マウントうぜーーーー!!!!!」



『ぐわーーーーーーーーーー!!!』


 その声によって、近くの中級精霊が複数消し飛んだ。


 実感がこもってるように聞こえた分、恐ろしい威力があったのだろう。


 かなり綺麗な、デキる女といった印象のお姉さんがいた。


 ――あの人も苦労してるんだろうな。




 そういうわけで、オレが早めに発動させた精霊召喚テロは終息した。


 二日前がぎりぎりのラインだとオレは踏んでいた。

 前日であれば、動画の広まりが少なすぎるだろう。

 また、それ以上前であれば、松原氏たちに発見されるリスクが跳ね上がる。




 ともかく、帰ったら動画にまとめてすぐに投稿しよう。

 期日までにこの動画が少しでも広まるのを願うばかりである。



 ――横浜消滅の日まで、あと二日。






   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



タイトル: せいれいさんのひみつ

著者: 橋本 ひかる

イラスト: 田中 りさ

発行者: 星の子出版

発売日: 2022年6月15日

ページ数: 32ページ

対象年齢: 4歳〜8歳

ISBN: ××-×-××××××-××


内容紹介:

せいれいさんは、小さな村に住む不思議な生き物。せいれいさんの持つ特別な能力と、その能力を守るための秘密を中心に、冒険と友情の物語が繰り広げられる。村の子供たちと一緒に、せいれいさんのひみつを探しに行こう!


レビュー:

「せいれいさんの魅力に引き込まれる、心温まる物語。子供たちだけでなく、大人も楽しめる内容となっている。」 ── 月刊「絵本王国」編集者

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪口は実際人を殺せる分、本当に怖いなー
[一言] この絵本って、、、本物ですか?
[一言] ⑨♪⑨♪
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