037 ストーカーのストーカーをしてみよう!
オレは横浜にアイドルのシークレットライブ『水面の月夜』のために来ていた。
最近人気が出始めたアイドルグループ・星辰メイズ。
そのメンバーの一人、水無月璃音。
彼女のライブである。
今日のライブは完全に秘密にされていた。
行われていることを、ほとんどのファンは知らない。
オレが知っているのは、未来知識があるからだ。
このライブに来ている人間の一人が、未来で凄腕の情報屋になるからだ。
そのまとめ動画も作ったことがあるため、オレの記憶の端に引っかかっていたのだ。
場所は、古い神社の境内――。
そこに隣接する、小さな池がある庭園だ。
すでに夕方近くになっており、神社は少し早めに戸締りがされていた。
オレは招待状を見せ、神社の中へと入っていく。
なぜオレがそんなシークレットライブの貴重な招待状を持っていたのか?
それはこの世界に来た最初から、企てていたからだ。
「あ、どうも、どうも。風見さん! ありがとうございます!」
そういって近づいてきたのは、スーツ姿の女マネージャーだ。
「今、係の者から聞いて急いで来ましたよ」
「ああ、いえ。そんなにお気を使わずに」
「それにしても、風見さんは璃音ちゃんなんですね。渚ちゃんが羨ましがってましたよ」
「はは。いやぁ、ほんとすみません」
実はここに来るにはかなり面倒な手順を踏んでいる。
星辰メイズ、ダンスリーダー星崎渚――。
彼女は同じ高校の人間だ。
彼女は少し前にストーカー被害にあい、ナイフで刺され重体になるはずだった。
そして転校していく予定だった。
その後彼女がどうなったかはオレは知らない。
アイドルとして復活したのか、それともそのまま亡くなったのか、そういった情報をオレは見聞きしていなかった。
とにかくオレはこの世界に戻ってきた初めのほうから行動していた。
星崎渚を尾行したり、隙間時間で観察しにいったりした。
もし露見したらオレがストーカーとして捕まるだろうが、そんなへまはしなかった。
その結果、ストーカーの存在を確認し、特定した。
だからといって何かした訳でもない。
オレはストーカーを放っておいた。
そして彼の行動を監視する。
それからもストーカーはその行動を全うする。
しかし、その手際は非常にお粗末なものだった。
諜報員ならば失格レベルの下手くそな尾行。
手紙を家のポストに入れたりして存在をアピールするなど、専門職から見たら噴飯ものだろう。
だがその低いスキルのせいもあって、星崎渚はストーカーの存在を認識した。
そんなことが続いたため、相当参っているように見えた。
――そして、犯罪の決行の瞬間がくる。
ストーカーが姿を現し、星崎渚に対して思いのたけを叫び、断られ、ナイフを取り出しにじりよる。
オレはそこでようやく助けに入ったのだ。
わざと自分の制服を切らせた。
さらにその粗末なナイフで身体も傷つけさせた。
そのようなナイフでの攻撃は、力を入れれば探索者を始めたオレに傷一つつけられないだろう。
だがオレは逆に力を抜いた。
結果、そのような攻撃でも怪我することができた。
そしてオレはなんとかストーカーを取り押さえる――風に、余裕で取り押さえた。
判りやすく説明するとこうだ。
――ストーカーに襲われるアイドル。
――たまたま通りがかった同級生が助けに入る。
――同級生は自分が傷つくことすら厭わず、ナイフで刺されながらもストーカーを捕まえる。
完璧だった。
多少の恩は売れただろう。
身体を傷つけさせたのはあれと同じだ。
超高いスキルの人が一瞬で誰かの困難を解決したとする。
そのとき、あまり感謝はされないそうだ。
それどころか、仕事としてやっているなら値切られたりする。
『簡単そうにやってたじゃないか』と。
逆に、大して難しいことでなくても、時間をかけて大変そうに見せれば感謝されて高い金額を払うことに抵抗を感じにくくなるらしい。
だからオレはあえて大変そうに助けたのだ。
もちろん予定通り星崎渚はオレに感謝した。
『ど、どうして、そこまで……?』
『大丈夫だ。気にしなくていいよ』
『あの、ありがとう……。えっと、お礼、したいな……』
といってきたのだ。
『いや、大丈夫だ。助かったならそれでいい。お礼なんていらないよ』
『だ、だめだよ! お礼を。ちゃんとさせてほしいな……。な、なんでもするよ!』
オレはためらった様子を見せる。
『本当に、なんでも頼めるのか……?』
『う、うん……。そ、その……いいよ……』
よし。言質とった!
後々、反故にされないためにもう一押ししておくか。
『あとで無理っていったり、しないか?』
『……えっ。なんで、そんな、ためらって……? それって……もしかして……。う、うん……いいよ。………………』
こう来たらもう、答えは一つだろう。
彼女はオレの要求に何でも答えると言ったし、オレは通常であれば無理な頼みごとをしたかった。
利害は今――完璧に一致した。
『君のグループのメンバーに水無月璃音っていたよね』
『へ? え? なんで璃音ちゃん? どうしてその名前が……!?』
『彼女のシークレットライブに行きたいんだ! どう? 頼める?』
今後のためにも彼女への伝手は手に入れておきたい。
彼女の顔が虚無る。
『あ、そういうことですか。なるほど。なるほどですね』
『申し訳ないがお願いしたい……!』
『……あ、はい。……マネージャーさんに言ってみます』
そう言った事情があり、オレはこのシークレットライブに参加しているのだ。
アイドルが怪我せずに済んだことにマネージャーもオレに感謝した。
当然だった。
オレがいなければ一人のアイドルがそのアーティスト生命を失っていたかもしれないのだ。
少なくともあのまま行けば大けがをして転校だ。
オレはそうしてありがたく、特別招待状を入手したのだった。
――そういったわけで、オレは水無月璃音シークレットライブ『水面の月夜』に参加をした。
皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
ようやく横浜消滅編に入ります
次はシークレットライブでハルカ大活躍です!
お楽しみに!