025 斬る者、焼く者
「疲れたー……」
オレは事件の翌日、鈴木家を出て警察署へ行った。
今は事情聴取を受けた帰りだ。
朝10時に行ったというのに、すでに14時近い。
ちょうど警察署の入り口のドアを出たときに、横から一緒に出てくる人物がいた。
黒髪の美少女、小早川沙月である。
彼女もまた疲れたような表情をしている。
その隣には和装の老人が一緒に歩いていた。
小早川沙月がこちらを振り向く。
「あ、ししょ――ハルカさん!」
小早川沙月の表情が一転した。
目を輝かせている。
「お。取り調べとかは大丈夫だったのか?」
と尋ねつつも、オレはすでに知っていた。警察の事情聴取のときに聞いていたのだ。
小早川沙月は誤解が色々あったことと、未成年であることもあって、罪には問われないらしいと。
「はい。大丈夫でした!」
「隣の人は……?」
とオレは老人を見る。背筋はまっすぐで、鋭さを感じさせる老人だ。
「あ、こっちはうちの爺やの村上。身元の引き受けを頼んだんです」
小早川沙月がそういうと、老人は丁寧に腰を折ってオレに挨拶をしてきた。
「うちのおひい様がお世話になりました。命を救っていただいたこと、小早川家家臣一同、心より感謝しております」
老人の言葉に小早川沙月が眉をひそめた。
「そのおひい様ってやめてよね! こどもみたいでしょ!」
とぷりぷり怒りだす。
おひい様というのは確か、お姫様といった意味合いだったはずだ。人前で『うちのお姫様が~』などと言われたら、たしかに恥ずかしいかもしれない。
「師匠のほうも大丈夫でしたか?」
尋ねてくる小早川沙月に手をふって応える。
「おう。平気平気」
「あ! 今師匠って認めましたね!」
「……師匠じゃないぞ」
と、そこでオレの腹が鳴った。
昨日の夜を最後に何も食べていなかったのだ。
鈴木家で歓迎された食卓を囲んだ後は、ずっと鈴木のおっさんに鍛冶を教えていた。
オレみたいな若造に教わることに不信感を持っていたため、無理やり教え込んだ。本来なら武器の一本でも作って実力を認めさせればいいのだろうが、その時間が勿体なかった。
そんな疑問など抱く余裕もないほど詰め込めば、問題はないと判断したからだ。
そういうわけで、オレはずっと鈴木のおっさんの鍛冶スキル上げをしていた。そうこうしているうちに、警察から指定された時間になったため、そのまま警察署に足を運んだのだ。
ちなみに真白は体調が悪いことを考慮され、自宅での聴取となった。今頃は真白も聴取されている頃だろうか。
「なあ。もうメシ食った?」
尋ねると小早川沙月が左右に首を振る。
それから少しだけ瞳孔を大きくした目でこちらを見た。
「まだです。もしかして師匠……」
「じゃあメシ食いにいかないか?」
ぶんぶんぶん! と小早川沙月が頷いてみせる。
「じいやは先に帰ってていいから!」
「かしこまりました。それでは、ハルカ様。おひい様をよろしくお願いいたします」
そういって深くお辞儀をして、駐車場のほうに姿を消す。
「一緒でもよかったんだが……」
「ん-。でも主家の人間と一緒に食事をとるの、たぶん気まずいと思いますよ」
「そういうもんか?」
「……わかんないですけど、たぶん」
「この辺って何が美味いんだろ」
オレがつぶやくと、小早川沙月がぐっと拳を握っていった。
「宇都宮なら宇都宮餃子が有名ですね! わたし昨日いろんな店いって食べてみたんですけど、美味しかったです!」
コクコクと小早川沙月が何度もうなずく。
動画の企画って食い歩き動画なのか?
それとも大食いか……?
いったいどこを目指しているんだろうか。
「昨日いっぱい食べたんだろ? 飽きたりしてないのか?」
「いえ! 私実は昨日はじめてだったんです中華! おいしいですね。素晴らしいです。この前いただいた西洋菓子もおいしかったですが、東洋の料理もいいですね!」
わりと、すごい勢いで彼女は言った。
話を聞くと、この前ケーキを食べたときから、異国の食事を食べるということに目覚めたらしい。
餃子が異国料理? と思わないではないものの、ルーツは間違いなく外国だ。異国料理と感じないほどに日本に馴染んではいるが。
「おすすめの店があるんです!」
オレは小早川沙月に手を引かれて、餃子店へと向かった。
そこはかなりこぢんまりとした店だった。
昼時をかなり過ぎているというのに、人が並んでいる。
「かなり人気なんだな」
「はい。色々食べた結果、みんなおいしかったのですが、ここが私の口には合いましたね」
オレたちはしばらく並んでから店内に入った。
「マジかこの店……」
オレがそう呟いたのには理由があった。
餃子店といえば大体中華屋のようなものだと思っていた。中華料理の中に、自慢の一品として餃子がある。
その予想は裏切られたのだ。
「餃子しかねえ……」
メニューにあるのは焼餃子と水餃子のみである。
すると小早川沙月が嬉しそうに口を開いた。
「そうなんですよ! よく気づきましたね! さすが師匠!」
「お、おお……」
「とりあえず注文は焼き餃子二つと水餃子がいいみたいですよ」
「じゃあそれでいくか」
と、そういうことになった。
「そう。ここは、餃子一本で戦っているんです! マエストロほどの方に私がいうのは僭越ですが、ご寛恕ください。ご存じだとは思いますが、そう、つまりそれは剣の道に似ています」
オレは何もご存じではなかった。
なにいってんだこいつ、という思いが大半である。あとマエストロってなんだよ。それ音楽や芸術系の人にいうやつだろ! というツッコミを入れる暇すらなかった。
小早川沙月は話し続ける。
小早川沙月は、眼差しを熱くして続けた。
「剣の道には、一つの技、一つの動きに集中し、それを極めようとする精神が必要ですよね。それは、この店が餃子一つに情熱を注ぐ姿勢と重なるんです。餃子の焼き加減、その食感、そして香り……全てが、ひとつの完璧を追求している。剣道でも、一振り、一つの技の中に無数の練習と経験が詰まっている。それと同じで、この餃子の一つ一つにも、多くの試行錯誤や情熱が込められているんです」
小早川沙月は相槌すら必要とせずしゃべり続けた。
それは配信者の業――というか必要とされる才能の一つだ。
誰も聞いていなくても延々と話し続けなければならない。配信はともかく、動画はそうやって撮っているのだ。
一人で話していて恥ずかしいとか、いらない。
不要な感情だ。
人はコミュニケーションをとる群れの動物である。相手の返事を聞いて、表情や声色を感じて判断し、自らの行動が正しいかどうかを判断していく。
だというのに配信者――特に動画勢は、その根源的な太古から連綿と続く能力を放棄しなければならない。
ぼっちでもしゃべり続けるというのは、そういうことだ。
人間としては間違っているが、動画や人気のない状態での配信活動をするには必須のスキルだ。
だがそのスキルは今、他者とのコミュニケーションをとるためのマイナス特殊能力と化していた。
――たぶんこいつ、コミュ障系のやつだな。
オレは小早川沙月を見てそう判断した。
本来であればよくないことだ。
だが、だがである。
オレも一人の配信者だった。
負けるわけにはいかない。
オレたちはそれぞれ相手の話を話半分にききながら持論を展開しまくった。
――先に相手の反応を気にしてしまったほうが、負けだ。
オレは脳内でルールを決めて勝手に勝負をはじめたのだ。
到着した餃子に箸をつける。
口に運んだ。
「――むっ。これは、いい。焼き面はパリッとしていて、反対側はふんわりもちっとしている……。この食感は素晴らしいな。パリッとした餃子、もちっとした餃子、それぞれに魅力があり、ファンがいる。オレはどちらも素晴らしいと思うが、この餃子はたった一つだというのに両方の食感を兼ね備えている。むほほ――! 中は、野菜が多めで、口の中に優しい甘みが広がる」
オレが食べながら言うと、小早川沙月は半分かじった餃子の断面を見ながらしんみりと言った。
「私は、この餃子を食べる度に、剣の稽古で感じるあの集中力や、技の美しさを思い出します。このシンプルな味の中に、深い情熱や熱意を感じることができるんです。焼き餃子という一の太刀、そして水餃子という二の太刀――そのすべてだけで勝負を決めてしまおう。それは達人の思考です。何よりも早くたどり着く不可避の一撃、それに続く二撃。それさえあれば、他に技など不要ではありませんか。つばぜり合いや、剣をぶつけ合うことなど不要。ただ、斬る。それだけです。そしてそれがこの餃子です」
「ここは餃子一本で戦える店だ。ライスやビールなど不要。オレは今まで餃子とはビールと合わせるものだと思っていた。だがしかし、これは餃子一本で戦える素晴らしい餃子だ。もちろんビールと合わないということもないと思う。というか合うだろう。しかし、しかしだ。ビールなどなくてもいいのではないか……? オレは、そう考えを変えた。変えるに至った。素晴らしい餃子だ……」
オレがそう言い切ると、小早川沙月はびっくりした顔でオレを見ていた。
――やば。
そうじゃん。オレ今高校生じゃん!?
「…………いや、オレは飲まないよ」
と、オレはちょっと苦しいことを言った。
すると小早川沙月は頷いた。
「もしマエストロがお酒を嗜まれるとするなら、それは法が間違っています」
なにその妄信具合。恐いんだが。
「いや、飲まないからね」
「マエストロがそう仰るなら、そうなんでしょうね」
小早川沙月は優しく微笑んだ。
それは間違いなく『あなたがそういうなら、たぶん違いますけど、そういうことにしておきましょう』って顔だった。
それからオレたちは餃子を楽しんだ後、近くの公園のベンチに腰を下ろした。
「小早川さん。紹介したい人がいるんだ」
オレはスマホで時間を確認する。
そろそろ時間だった。
オレは鈴木鉄浄を呼び出していたのだ。
小早川沙月の翠風剣を修復するのに絶対必要な人材なのだ。
「ええと……? わざわざ私に紹介を……? ええ? それはハルカさんの大事な人、とかですか?」
「オレの? 重要度で言ったらオレより君の方かな」
「え!? 私のですか!? 会ったこともない人なのに……?」
戸惑う小早川沙月にオレはいう。
「きっと、君にとって必要な人になる。相性も悪くはないと思うから、会ってみてくれ」
そう言われた小早川沙月は難しい顔をした。
「ええと……。私にはそういったものは必要ない、と思います」
必要がない?
刀使いにとって鍛冶師とは切っても切れない縁がある。
「いや、いい人だし、すごい人だから一回会ってみてくれ」
「……ずいぶん強く推すんですね。ハルカさんが、そういうなら……」
かなり嫌そうな顔をして小早川沙月はいう。
――なんでこんなに嫌そうな顔をしてるんだ?
「いや、心配する必要はないよ。優しい人だし、すごく上手だ」
彼の鍛冶技術は将来的に誰よりも優れるし、現時点でもかなり上位だ。
なぜなら、昨日一日だけで、金属の声を聞くことに目覚めたからだ。
それだけで一流の鍛冶師といって過言ではないだろう。
「上手!? な、ナニが、ですか……?」
小早川沙月は恐怖するような顔で、自らの身を抱きしめた。
「何がってわかるだろ。君にとって大事な奴だよ」
翠風剣の修復――。それは小早川沙月にとってとても大事なもののはずだった。
「だ、大事……? え、ええ……?」
小早川沙月は泣きそうになっている。
たしかに剣が直るのは、とても大事なことだ。
感極まってもおかしくないな。
「まあ、彼も(剣の修復は)初めてらしいが、きっと上手くできると思う」
「ええ!? 彼も初めて!? も!? なんで私のこと知ってるんですか!? え!? え!?!? ええええ!?!?」
なぜか小早川沙月は立ち上がって叫んだ。
と、そこで、鈴木鉄浄が現れる。
筋骨たくましい体格に、硬い顎のライン。無骨な肉体労働者の中年男性といった風情。
なぜか金属の塊を小脇に抱えている。
鈴木のおっさんは、小脇に抱えた金属の塊を優しくなでて、「フヒヒ――」と笑った。
その姿を見て、小早川沙月は――死んだような顔になった。
それから瞳に涙をためていう。
「わたし、わたし師匠に何か悪いことしましたか。師匠。あ、あ、師匠。あぁぁあぁ」
「小早川沙月さん!? ちょ、ちょっと! どうした!?」
鈴木のおっさんが口を開く。
その視線はオレも小早川沙月も見ていない。抱えた金属だ。
彼は優しく金属をなでなでしながら、ちょっとキモい口調でいった。
「フヒヒ……チタン合金ちゃん。帰ったら優しく、鍛造してあげるからねぇ……。君は何になりたいのかな。西洋剣? 日本刀?」
そう。鈴木のおっさんは、オレが昨日、鍛冶技能を鍛えることを詰め込み過ぎ、頭がおかしくなっていた。
まさかまだ元にもどらないとは思わなかった。
その様子を見て小早川沙月は「あぁぁ」と言って頭を抱え込んだ。
誤解を解くのにしばらく時間がかかった。
鈴木のおっさんは何一つ役に立たなかった。
「そう、そうでしたか……。よかった……。鍛冶師の方なんですね」
「ああ……君の壊れてしまった刀を、彼に預けてみたらどうかという提案だ。きっと悪いようにはならないはずだから」
「ほんっとうに、よかった……」
話をまとめて家に帰った。
すると、母親から事務所設立の同意書が送られてきていた。
これで、オレの事務所が作れる。
やることは山積みだ。
事務所の設立。
真白の病を治すこと。そのための材料集め。
また現在は動画作成なども自分一人で回しているため人材が足りない。人材も集めなければならない。
そして何より、動画でバズるために、未来では起こっていた事件を利用しようと思う。
直近で起こる事件は、オレの記憶にあった。
以前の世界線では、神奈川県横浜市は、消滅していた。
横浜市民370万人――そのほとんどが、未来では死に絶えていたのだ。
オレは、オレが人気配信者になるついでに、横浜の消滅を止めようと思う。
その様子を配信して、バズるのだ……!
◆リザルト
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