表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/137

021 《SIDE:鈴木真白2》

――それは幻聴ではありませんでした。


 夜の、山間の廃工場。


――もう二度と会えないと思っていたのに。


 木々と金属の匂いしかしない、こんな場所に。


――わたしが――こうだったらいいな、と――そう考えた妄想なんかじゃ、ありませんでした。


 ずっと頭の中に思い描いていた男の子がいた。

 彼は幻影や残像ではなく、確かな質量をもってそこにいた。


「助けに来たよ。――真白」


 彼がそんな意図のセリフを言った。ちょっと細部は違ったかもしれないが、要約すればつまりはそういうことだった。


 真白はハルカを見つめた。


――かわいくて、かっこいい。頼りになる。素敵。佇まいは美しく凛々しい。声はまるで鈴――いいえ、鈴なんかよりずっとずっと軽やか。鼻筋も通っているし、眉毛もかっこいい。目なんか、その瞳で見つめられたら月すらも彼に恋に堕ちてしまいそう。耳はふにふにしたいし、耳の後ろすらいい匂いがしそう。身体はぱっと見たら細く見えるけど、たくましくて頼りがいもある。鎖骨なんか全人類を誘惑しているに違いない。まだ見ぬおへそも、さらけ出せば、きっと太陽すら恥ずかしくて隠れてしまうだろう。この世全ての尊いものを集めてもまだ足りない。神ですら彼の尊さの前には膝をつくだろう。


 真白の脳内では、一日中ずっとハルカが完全リピートされていた。


 美化という言葉が生ぬるいほどに美化し、神格化すらしていた。


 否。


 神すら凌駕していた。神も彼に取ったら付属品にしかすぎない。

 それほどに、真白は妄想を熟成さ(くさら)せていたのだ。


 とにかく、そんなハルカが絶望に落ちた自分を助けに来たものだから、真白はもうたまらなかった。


 尊さのあまりに吐血しそうだった。というか多分していた。


――あああああああああ! 今はるきゅんがわたしに微笑んだ! 微笑みました! 真白、大☆勝☆利! です! うわああああ! 手も、手も振りました! 見ましたか!? ねえ、見ました!? はるきゅん! お姉ちゃんはここですよー!!! わたし今日死ぬんですか!? あああ! そういえば死ぬんでした!! はるきゅううううん!!!


 真白は興奮のあまり、震え、咳き込んだ。


 ハルカが自分のためにここまでしてくれている。


 そのことだけで、天上に昇ってしまいそうだった。


 真白をさらった男たちが何かを言っているが、半分くらいは耳に入ってこない。


――はるきゅん――尊すぎます。


 ハルカが禍々しさすら感じる斧を取り出す。かっこ∃。

 その斧を振った。


 それだけで、車が横に真っ二つになり、なんかその辺の他のものも砕けた。


―― ( ゜∀゜)o彡゜はるか! はるか!!  ( ゜∀゜)o彡゜はるか! はるか!!


――ああああああああああ! はるきゅんがピースしてるううう! かわいいいい!!


 真白はハルカの素敵さ(真白特攻倍率×10000)の攻撃を受け、くらくらしていた。


 しかし、真白の耳がハルカのピンチをとらえた。




 脳内の妄想がすべて止まり、抗いようのない、救いようのない、ただただ冷たいだけの現実が目の前にはあった。



 それは、つけるだけで、身体能力が低下する指輪だった。

 もしハルカがすごく強くても、そんなものをはめてしまえば、勝てるはずがなかった。


 一匹のアリは象に勝てない。

 ただ、それだけのことだ。


 先ほどまでの熱は一気に冷めてしまい、恐怖が脳を支配する。



 真白は持ちうる気力全てを使って叫ぶ。

 喉が痛い。

 裂けそうだ。いや、裂けたかもしれない。

 血と咳を入り混じらせながら必死になって叫ぶ。


――だめ! だめです! ハルカくん……! そんなのつけたら……! わたしなんて、見捨ててください! ハルカくんが、誰よりハルカくんがいちばん大事です……! だから――!


 ハルカは真白に向かって優しく微笑んだ。



「だから、君は黙ってオレに助けられなよ。安心していいよ。約束する。オレは今日、君にたった一つの傷もつけさせない」



 そんなセリフすら言ってみせた。


 きっと、ただの強がりだ。

 だって一般人が探索者に勝てるはずなんかない。


 強がりでしかない虚勢。


 彼は、それを強がりにみせないほどの、心の強さも持っていた。


 そして――そんな恐ろしい指輪をつけたというのに。


 ハルカは、結界を、真白に使った。


――そんな。なんで……。なんで……。

 愛しさと切なさと悲しさと怒りと、そして、わずかな――心強さを感じていた。


 真白でさえわかる。

 一般人(レベル1)探索者(高レベル)に勝てない。

 常識だった。


 だというのに、ハルカは、ずっと強がっていた。

 絶対勝てないはずなのに笑みすら浮かべて――。


 探索者二人の素早い攻撃を、ハルカがぎりぎりかろうじて回避していた。


――なんで、そこまでするんですか……。わたしの、ために?


 涙と、血があふれる。もしかしたら、噛んだ唇の血も混じっていたかもしれない。




 どれほど、つらい時間が過ぎたことか。


 ハルカはそのすべてに耐え、避け、凌いだ。


――なんて、立派なんでしょう。はるきゅん。


 そして悪徳探索者すら倒してみせた。


 夢ですらありえない圧倒的荒唐無稽。


 ハルカはそれを、何事もないかのように為したのだ。



 ハルカが真白に近寄ってくる。


「はる、か、くん……」


「真白ちゃん、さん? 大丈夫? すぐに助けられなくて、ごめんね」


 すぐ助けるなんて、そんなことできっこないのはわかり切っていた。

 そこまで真白を早く助けたかった――というハルカの気持ちが伝わってくる。


「い、いいんです。けほ、いいんですよ、はるかくん……。わたしのために、こんな、危険なことを……」


「全然危険じゃないから、大丈夫だよ。気にしないで」


 危険じゃないはずなんてなかった。

 一歩間違えば死ぬような状況だった。


 それなのに!


――わたしを心配させまいと、配信までして、平気なフリして、戦って。


「そんな……。危険じゃないはず、ないじゃないですか……。絶対、無理な状況なのに、無理して、大丈夫みたいに、ふるまって……」


「えぇ……そんなことないんだけどな……」


 困ったように笑うハルカ。

 彼の心はなんと温かいのか。


 なんという広い心を愛情を持つ人なのか。


「ほんとうに、ありがとうございます……」


「まぁ、いいけどな……」

 ハルカは気にさせまいと、どうでもいい、といった態度をとってくる。

――そんな態度とっても、お姉ちゃんにはわかってるんですからね。はるきゅん……。


 そう思うと、じわ――と胸の奥が温かくなってくる。

 これは、きっと、愛だ、

 心のうちに愛が湧いてきた。



 ふと、一つの考えが真白の頭の中に生まれる。



 だめ。だめだめ!


 そんなことしたらだめ!


 でもちょっとだけなら!?


 真白の心の中の天使と悪魔が綱引きをしていた。



 その間隙を縫って、真白本体は心を決めた。




――よし! やっちゃいましょう!



「助けられたわたしが、することじゃ、ないとおもいますけど……」


 建前的にちょっとためらいをみせる。


 それから、ハルカの頭に手をのせる。


――ああああ! 髪が! 髪が! さらっとしてつやっとしてあああああ! くんかくんかしたい!!! だsdfrくぁrfdgvsdg!!!!


「よし……よし……。えらい、です、よ……。よく、がんばりましたね……」


――わたしは心の中の吐血を無理やり抑えて言った。


 壊れものを触るように、優しくなでる。もし真白が触れたせいで壊れてしまったら、それは世界の損失だ。

 緊張と興奮で息が荒くなっていく。


――嗚呼。もう死んでもいいです。嗚呼――やっぱり駄目です。はるきゅんと配信者しなきゃ……。




――ああ。神様――時間を! 止めてください! 永遠(とわ)に!!





――ですが願いは叶うことはありませんでした。その甘いような嬉しいような、切ないような、それでいて温かいような――そんな時間は、無遠慮なサイレンの音で終わりの時を迎えたのでした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 内面と外面の差があまりにもありすぎる
[一言] 外面と内面のギャップの酷さに大草原不可避 完全に限界オタクなんですけど、中身www
[一言] 舞台裏がwww いいぞもっとやれw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ