135 ハルカ叩き
その日オレが動画のパフォーマンスを見て、次の企画などを考えていた。
ちなみに編集作業は中村さんに丸投げしているので、少し前と比べれば非常に楽だった。
そこにパソコンに通話が入った。
【鈴木真白 から 着信】
何かと思ってオレは通話を受ける。
「ハルカくん。ちょっと、なんか変なんです」
真白さんの声は怒りに少しの戸惑いが混ざっているように聞こえた。
「ええと、何が?」
「その、見ましたか?」
「何を?」
「ええと……。これなんですけど」
そう言って真白さんは画面を共有してくる。
映し出されたのはYoutudeという配信者たちが使っている大手動画サイトだった。
真白さんが言った。
やたらと早口だ。
「実はわたしたまたま、そうたまたまYoutudeを見たんですよ。そしたらハルカくんに関する動画が出ててですね? 別に毎日いつも巡回しているとかそんなことは全然、そう、全然ないわけなんですけど。偶然、こんなのを見つけまして」
画面にいくつもの動画のサムネイルが映し出される。
『偽善者? ハルカの闇を暴いた結果! テロリスト?』
『探索配信者ハルカのひどすぎる過去……!? 詐欺、恐喝……!?』
『同じ学校の生徒から評判の悪すぎるハルカ……!? その実態は!?』
『あのハルカが女をとっかえひっかえ!? 真相を探る』
『人気配信者の高校生探索者にまさかの隠し子……!?』
という、なんだかすごい数の動画がでてきた。
しかも投稿日はわりと最近だ。
急にどうした? という印象ではある。
ハルカ叩きの動画だ。
どれもそこそこ伸びてはいる。伸びてはいるが、そこそこに過ぎない。
「すごいな……」
「ど、どうしてそんなに落ち着いてるんですか!? ハルカくんが悪く言われて、お姉ちゃんは、悲しいですよ……!」
真白さんが何一つ疑わず憤慨してくれることに、感謝の気持ちを覚える。
「全部事実無根だしな」
オレも自分のパソコンでサイトを開いて、調べ始めた。
「そんなことはわかってますよ! でも……」
「それにこれ、全部合わせたらオレ何者だよ。ちょっと面白いな。子持ちの高校生でテロリストで九股していて。詐欺と恐喝と、なんだこれ、信号無視に立ちしょん……? 趣味は女装なんてのもあるぞ」
「笑ってる場合じゃないですよお……」
そこに、ピコン――と新着メッセージが現れた。
【小早川沙月:新着メッセージがあります】
「ちょっと待って。メッセージがきた」
【小早川沙月:こんなものがありました。犯人が判明したら教えてください。いつでも懲役行けます。このメッセージは既読がつき次第消しておきます】
うわぁ……。
オレが見て十数秒もしないうちにメッセージは取り消されていた。
「ごめん、真白さん。もう大丈夫」
「これ、思うんですけど、名誉棄損じゃないですか?」
「……いや、動画を全部確認しないとわからないけど、たぶん該当しない可能性が高い」
サムネイルなどではすべて、断定形ではなく、『?』などをつけて疑問形にしている。
この場合は「〇〇ではないのか?」というような疑問を投げかけているだけだ。これでも名誉棄損が成立する可能性はあるが、断定するのに比べたらかなり可能性は低くなる。
実際は裁判をしてみないとわからないが、勝率はさほど高くはないだろう、と思う。
「これ、多少なりとも法律わかってる人間の仕業だよなあ……」
オレは動画を流しながらつぶやいた。
これだけ動画が出ていれば、一人くらいは『ハルカは犯罪者!』などと決めつけてくる動画投稿者も出てくるはずだ。
だというのに、判を押したように似たような場所でラインを引いてきている。
しかも昨日から急に動画が投稿され始めている。
となれば、同一犯、もしくは同一グループだろう。
「なるほどなぁ」
「わたし、許せません!」
真白さんが通話越しに憤慨している。
――正直オレはこんなことを言われても何も気にならない。だけど、自分の代わりに怒ってくれる人がいるって、いいもんだな。
オレはそう思った。
「真白さん、ありがとう」
「え? へっ……?」
「真白さんのおかげで次の動画のネタが決まったよ。こいつだ」
この誹謗中傷を、サムネイルだけ見て信じてしまう人たちは一定数いるだろう。
しかも動画の内部を確認すると『ハルカは悪人である』ということを断定せずに、しかし見た人間がそう思うように作られているように感じた。
ハルカを悪だと思うように誘導するための動画だ。
そのため動画を見た人もハルカが悪いと思うような作りになっている。
オレはその影響について考えた。
信じてしまう人もいるだろう。
通常であれば、今すぐなんとかしたいと思うだろう。
だが!
オレはあえて少し放置したい!
みんな他人の不幸は大好きだ。有名な人間の不祥事などは、様々な人間が飛びついて広がっていく。
いいことをした、などの話は広がりにくいというのにな。
あえて広がるまで待った上でひっくり返すのが、一番効果的か?
「え、ええ……!? でも、相手がどこの誰ともわかりませんし……。これをネタにするとハルカくんの悪評まで広がっちゃうんじゃ……?」
真白さんは明らかに心配しているとわかる声色で言った。
「大丈夫。オレにいい考えがある」
「おお……。さすがハルカくんです……」
正直これは勝利が確約された戦いでしかない。
こちらには秘密兵器、水無月璃音がいるのだ。
彼女はそのユニークスキルで、ネットの中に潜り込み、投稿者のところまでたどり着くことができる。
つまり、このハルカ叩きの投稿者、もしくは投稿者たちは、顔・本名・住所・学校・職場などを貼り付けて叩き動画を投稿しているようなものだ。
知らないとはいえ、あまりに無謀な挑戦に哀れさすら感じてしまう。
だが、叩き潰してほしいというのなら叩き潰してやろう。
オレのチャンネルのネタとして消費されるがいい!
次はこいつらだ……!