132 ダンジョンで狼に囲まれた姉弟――話は聞かせてもらった!
オレはダンジョンのさらに奥まで下りていく。
オレは辺りを見回して陰を見る。
――陰、この辺はどうだ?
と目で問いかける。
陰は黙ったまま首を横に振った。
今も配信中のため、陰の能力の話はできないのだ。
このダンジョンは、今までと比べて、寿命の残りが少ない人間が多かった。
先ほどのユニークリザードマンだけじゃ、あそこまで死人が出るとも思えない。
ほかにも原因があるだろうとアタリをつけて、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。
階段を降りると、森が目に入った。
「ああ、ここから先は森林エリアなのか」
「……み、みたいです、ね」
森林エリアとは、ダンジョンの中なのに森のようになっている場所のことだ。
通常の洞窟部分と違って、薬草の類や錬金術の材料となる植物などが多く自生している。
採取に適した場所なのだ。
オレたちはすれ違うほかの探索者とは、一定の距離をとりながら、軽く挨拶を交わしていく。
一つの集団とすれ違ったとき、陰が言った。
「……ち、ちょっと、やな、感じ、します」
この辺りか。
オレは耳を澄ませる。
遠くで争いの音が起こっていることを感知した。
「……お。あっちで争いの音がしますね」
『何も聞こえんが……』
とコメントで書かれている。
「なんかちょっとヤバそうな感じがするので、急いで向かいます。陰ちゃん、ちょっと失礼しますよ」
オレはそう言うと陰を抱えた。
俗にいうお姫様抱っこだ。
腕力さえ持つなら、この体勢が持ちやすく、また前方に陰がいるために、ぶつける心配もない。
おんぶとかでもいいのだが、低い木の枝に頭をぶつけてしまいそうだ。
「……えっ……は、ハルカ様……!? そ、そんな、えっ……」
戸惑う陰をよそに、オレは森林エリアを駆け出す。
的確に木を回避しながら、高速で移動をする。
『は、はやすぎィ……!』
『画面越しなのに目が回る』
『そんな遠くの音さすがに聞こえんやろ……。そやろ?』
しばらくして、オレは戦闘音の聞こえる場所へとたどり着いた。
そこにあったのは、黒い密集した何かだった。
「あー……これは影狼ですねえ」
オレはソレを見ながらつぶやいた。
黒い密集したものに近づくと、影狼というモンスターであることがわかる。
群れで行動する狼型の魔物だ。
彼らは影の中に潜む力を持つ。
また、仲間を呼ぶことで有名で、大きな吠え声をあげると、どこからともなく仲間が押し寄せる。
一頭一頭の脅威度はさほどでもないが、群れだと中堅パーティでも苦戦するレベルになる。
通常の群れは10頭にも満たないのだが、100頭は見える。
『ふぁ!? 影狼!? やばいやん……!?』
『でも狼でしょ?』
『ハルくんなら楽勝でしょ』
『群れの影狼はヤバい』
影狼が脅威とされている理由はここからだ。
そして、この影狼が群れだと脅威度が上がる理由は、彼らのスキルにある。
一頭一頭が、群れに属する狼を強化するスキルを保有しているのである。
《先天的技能》影狼の絆C(力):群れに属するすべての影狼に少量の補正を与える。
大体こんな感じのスキルを持っているとされている。
それは力だったり、敏捷だったり、耐久だったりするのだ。
百を超える影狼は群れ全体に大量の強化がかかり、とてつもないステータスを持っていることは明らかだった。
『あの数の影狼は無理だよ……』
『前代未聞の数だよ。どれだけ強いことか』
『逃げて、ハルきゅん……!』
オレはコメントが聞こえてないかのように言った。
「にしても、なんで影狼がこんな集まってるんですかね……?」
オレはそう言って、影が密集する場所を見る。
中央に、人がいた。
少女と少年の二人組だ。
年齢は高校生になるかならないか、くらいだ。
傷ついた戦士風の少年が倒れている。
その近くで、魔術師系か治療師系の服装の少女が、結界を張っていた。
ピンチになって結界を張って耐えたが、なんとかする力がない。
時間だけが経過して、影狼が仲間を呼びまくってこんな惨状になったのだろう。
「大丈夫。大丈夫だからね」
少女は汗を垂らしながら言う。
「に、逃げてよ姉さん……。僕はもう、だめだ」
「もう逃げられるわけないでしょ! なんとかなるから! きっと……!」
腕の中の陰がオレの服を引っ張った。
(は、ハルカ様……あの二人、もうすぐ……)
そうマイクに乗らない程度の小声で伝えてきた。
寿命の残りがもうない、ということだろう。
「僕、姉さんの弟でよかったよ……」
「ばか! そんな、もう死ぬみたいじゃない! だめだよ!」
「でももう、無理だよ姉さん……」
「一緒に生きて、お母さんに薬草を届けるのよ! お母さんの誕生日をみんなで一緒に迎えるって、約束したじゃない! 生きるなら、みんな一緒よ!」
姉弟はそんなやり取りをしている。
オレは木に手をかけ、バン! と扉を開けるイメージで押した。
木がぼきんと根元から折れた。
「話は聞かせてもらった……! このままでは君たちは滅亡する!」
姉弟はぽかんとした顔でこちらを見ている。
腕の中の陰は陶酔したような表情だ。
影狼たちも突然の物音にこちらを振り返った。
「だが、えらい! えらすぎる……! 君たちの家族を想う心、感動した!」
オレはそう言って、出ていった。
姉弟はぽかんとした顔でこちらを見ている。
姉がこちらを見て目をこすった。
なんか幻覚だと思われてそうだな……? そんなことない?
コメントが流れる。
『影狼100頭以上はマジでやばいよ!』
『はるきゅん無理しないで……!』
『チーーー†┏┛ハルカの墓┗┓†ーーーン』
『影狼は影に潜れるから、倒すのキツいよ……!?』
『アルファ個体を倒せば影にもぐれなくなるよ!』
オレは陰を地面に降ろすと影狼の大集団に向き直る。
どうやって倒そうかな……。
ピンチの人もいるし、いつもみたいに縛りプレイをしたら印象が悪いだろう。
――魔法で倒すか。
別に無詠唱でもいいのだが、オレは映えを意識して、あえて詠唱をする。
「風を統べる者よ、空の息吹よ、大気の流れよ――」
空気が――蠢いた。
『ふぁ!? ハルきゅん影狼倒せるような魔法使えるの!? 剣士じゃなかったの!?』
『え。オレ拳士だと思ってた』
『わいは石投げ師だと思ってたわ』
「見えざる手によって集まり結ばれよ、空気の精髄よ――我が意志に応じ、形を成せ」
オレの腕に、空気が集まってくるのを感じる。
『で、でもどんな魔法だって、影に隠れられたら、どうしようもない……』
「切り裂くは大気、裂くは無形の壁――」
空気を圧縮させ、指の先端に集めていく。
「力の源は静寂の中にあり、その刃は音もなく世界を変える」
物理法則など軽く乗り越えていく。
「全てを貫く疾風となり、立ち塞がるすべてを断ち切り、道を拓け――」
2本の指を立てて、その先端から極限まで薄く圧縮された空気の刃を、横なぎに放つ。
「――アトモスフィア――斬り!」
空気の刃が真横にすべてを断つ。
影狼たちは影に潜って攻撃を回避した。
見えない空気の刃が奔る。
右から左に森を切り裂いた。
森が静まり返る。
何の音もしない、耳の痛くなるような静寂が世界を支配した。
オレの前にある木々の幹が、切れていく。
放射状の位置に存在する木々が倒れていく。
一瞬遅れてやってきた暴風。
そのとてつもない強い風が、幹から切られた木の上部を、切られた木々のすべての上部を吹き飛ばした。
――やべ、少女の髪の毛数本切っちゃったかも。
とまあ、それはともかく。
ダンジョンの空から降り注ぐ不可思議な明かりが、目の前にあるすべてを照らしていた。
「はい。これで隠れる場所なくなりましたね。影狼は一定以上のサイズの影がないと、隠れられないんですね」
『だとしても! 影狼たちがとんでもないステータスだってことには変わりがない!』
『てか、アトモスフィア斬り……? ぜったい魔法のネーミングじゃないそれ……』
影狼たちは影の中から無理やり追い出され、慌てたように周囲を見回す。
その後、オレを脅威と見たのか狼たちがこちらに向かって疾走してくる。
もう一回詠唱をするのが面倒になったオレは、一連の魔法ということにしてもう一回、放つ。
「アトモスフィア斬り――返し」
今度は左から右に手を振るった。
すると、迫ってくる影狼たちを、刃が貫通する。
影狼たちの身体は真ん中から二つになり、ずれた。
その後、まるで砂糖菓子が水に溶けるかの如く、空気中に崩れ、消えていった。
『はええ……わしゃ今何を見せられとるんじゃ』
『おじいちゃん、ハルきゅんに決まってるでしょ』
『ハルカくんなら普通、普通、普通ってなんだっけ……』
影狼の群れを一掃した後、オレは慎重に姉弟のもとへ歩み寄った。
弟はまだ地面に横たわっており、姉は彼を支えながら、ほっとした表情を浮かべている。
彼らの目には、恐怖から解放されたばかりの安堵が広がっていた。
「大丈夫ですか?」
オレが尋ねると、姉は頷きながら返事をした。
「はい、あなたのおかげで……本当にありがとうございます。私たち、もう終わりだと思っていました」
弟も弱々しく声を上げた。
「本当に……ありがとう。助けが来るなんて思ってもみなかったよ……です」
オレは彼らの横にしゃがみ込み、弟の傷を見た。
幸いにも致命傷ではなさそうだ。
しかし、早急に治療する必要がある。
「治療しますね」
オレはそう言って、弟にヒールの魔法をかけた。
弟の怪我が逆再生のように修復されていく。
「す、すごい……。こんなに深い傷を、一瞬で……」
治癒術士に見える姉が呟いた。
弟が自分の傷口のあった場所を触って、驚いたような声を出した。
「え……!? もう傷が、ない……!? 姉さんの十倍はすごい……!」
と言って、姉に殴られていた。
『ハルきゅんヒールまでできるのなんなん? できないことあるの?』
的なコメントがいくつか流れていた。
まあ、だいたいのことはできるつもりだ。
今考えれば、剣士や魔法使い、治癒術士、テイマーなど、ほかにも無数の職業のゴースト配信者をさせられていたのは、頭がおかしいとしか思えない。
誰だよあの業務命令考えたやつ。
オレはその思考をいったん切って、姉弟に問いかけた。
「薬草を探してるんですよね?」
「ど、どうしてそれを?」
「さっき、声が聞こえたんですよ」
すると二人はうなずいた。
「ここに走ってくる途中、群生地がありましたよ」
あっちのほう、とオレは指をさしながら場所を説明する。
「よ、よろしいんですか? どうやってお礼をすれば……」
姉が言う。
「別に気にしないでください。オレには必要がないので」
実際に採取する気もなかったしな。
「では、オレたちはこれで」
そう言って、陰ととも立ち去った。
後ろから声が聞こえる。
「ありがとう! 本当に、ありがとう!」
姉弟は感謝の言葉を重ねながら、オレを見送った。
オレは心の中で、彼らがこれからも困難を乗り越え、幸せな日々を送れるように願った。
さて――明日は新宿に行くか。
オレは少し前に雇った中村さんという男性に、雑務などをすべて頼んでいた。
彼は前回の世界線でブラック事務所で消耗していた人だ。
オレも消耗していたから、勝手な仲間意識を持っていた。
オレは彼をSNSで一本釣りしたのだ。
そして、名ばかりの事務所ではなく、実際の事務所をレンタルしたのだ。
すでに椅子や机、パソコンなどは運び込んであるはずだ。
明日はそのレンタルオフィスの確認に行くのだ。
やあ!
今回は消えなかったよ!
たくさんのコメントありがとうございます。
皆様の温かい気持ち、受け取りました!
感動した……!
本当にエタるつもりはないんですよ!
※エターナル(永遠になる)。完結しないまま更新しなくなる状態
ちょっとカクヨムコンにもう一作出そうと思って、ホラージャンルのやつ書いてたりしてました。
他のも書いたりはするんですけど、こちらもちゃんと書いていきますよ!
ということで、これからもよろしくお願いいたします。
もちぱん太郎