131 ユニークモンスター狩り
オレは両手両足に拘束具をつけられていた。
腕も足もほぼ動かせない。
歩くことすら困難な状態。
かろうじて動くのは顔くらいか。
目の前には、通常種より巨大なリザードマン。
強力なユニーク種であり、通常の探索者では相手にもならないだろう。
ベテラン探索者たちが、チームを組んでようやく戦える。
そんな相手だ。
そのリザードマンが――ぐらり。
崩れ落ちた。
オレは視聴者たちに向かって宣言する。
「以上! 両手両足を拘束かつ魔力縛りで、ユニークモンスターを倒してみた――でした!」
ここ数日の話だ。
オレは超縛りプレイをしながら、本来その階層では出現しないような危険度の高いモンスターを倒しまくっていた。
コメントの音声が頭に流れ込んでくる。
『や、やばすぎる……まさかその状態から、あんな危険なモンスターを!?』
『は、はえ~~~』
『ハルきゅんすてきしゅぎる……』
『でもさすがにイレギュラーに出会いすぎじゃね……?』
『ハルカくんが呼び出してる可能性も微レ存』
そんな疑いをかけられる。
「はい。オレが呼び出してる? そう思う気持ちもわからなくはないですね! ですが、彼女のおかげなんです!」
オレはここ数日連れまわしている少女、鳶折陰を引っ張って画面に映した。
「は、はわ……!」
両目が前髪で隠れている、メカクレ系女子高生だ。
実は高校二年生らしく、オレの一歳上のお姉さんである。
決して年上には思えないが、そうらしかった。
『逆さブリッジ女が……?』
『ゲロの人だ! 彼女がモンスターを呼び出してるってこと?』
『………………ハルきゅんに近すぎ』
陰は死期が近い人を見破ることができる。
といっても、オレが前回の世界と呼んでいる世界線のときの死期であり、今回の世界では確実なものではなくなっている。
オレがかなり好き放題世界を改変しているためだ。
しかし、死期がわかるということや、未来がわかるなどということを公言するとロクなことにならないのは目に見えている。
未来を見てくれ、死期を教えてくれ、などとあちこちで言われる羽目にはなりたくない。
「彼女は、実は、超不幸体質なんですよね!」
ということにしてみた。
彼女は非常に運が悪く、ついトラブルが起こるほうを選びがちである、と。
「この陰ちゃんが選んだダンジョンに行くとですね……高確率で遭遇するんですよ! ねっ」
声をかけると陰はテンパってわたわたしていた。
「……ひゃ、ひゃい。そうれふ……え、あの、これ、本当に配信中なんですよね? 見、見られてるんですよね? 今?」
陰の顔がカァァァと赤くなって、ゆでだこみたいになっていく。
『……陰ちゃんまた赤くなってる』
『配信者向いてなさそう』
「……はひ、はひ。が、がんばります……」
ひゅー、ぜひぃぜひぃとヤバそうな呼吸をしながら陰は宣言した。
『がんばれー』
なぜユニークモンスターとここまで出会えるのか?
種を明かすと不幸体質でも何でもない。
死期が近い人が多くいるようなダンジョンに潜っているだけだ。
死期が近い人が多くいる=何か起きる。くらいの雑な感じで、陰の目を用いて潜るダンジョンを決めている。
ついでに陰のレベリングもしていたりもする。
死ぬ一歩二歩手前で助ける超スパルタ式だ。
陰が音を上げそうになったら、難易度を緩めることを視野に入れていた。
だが、陰は一切の泣き言をもらさなかった。
それと、陰を超不幸体質で通そう――というのは陰と話し合って決めたことでもある。
さらにもう一つ。
「さあ、陰ちゃんお願いします」
オレは言う。
すると陰はうなずいた。
「……ま、まま、任せてください!」
『ハルきゅんのことママって呼んでるん?』
『↑理解力に難がありそう。ただの陰ちゃんのコミュ力の欠如ダゾ』
『焦ってる姿がかあいいんじゃぁ~^』
陰が短杖をユニークモンスターの死体に向け、深く息を吸い込む。
彼女の前には、通常よりも一回り大きなリザードマンの死体が横たわっている。
その深い青みがかった緑色の肌と、黒く光沢のあるスケイルメイルが薄暗い空間に不気味な輝きを放っていた。
このユニークは騎士種であり、近くには剣と大きな盾が落ちていた。
「……お、おきあがってくださーいぃ……。な、仲間に、なってくださーいぃ……。よ、蘇れ~……」
気の抜けるような声で陰が言う。
しかしその情けない声とは裏腹に、紫と黒が渾然一体となった禍々しい魔力が短杖から溢れ出し、リザードマンの死体を取り囲む。
この魔力は、生者と死者の境界を曖昧にし、死にゆく者をこの世へと引き戻す禁断の力を秘めていた。
それは、見るものが見れば魂すら震え上がらせるほどの負のエネルギーだった。
徐々に、リザードマンの体に魔力が染み込んでいき、強い力が彼の肉体を満たしていく。
リザードマンの手がぴくりと動き、その動きは徐々に力強くなっていった。
しかし、その瞳は空虚で、かつての戦士の意志や感情の光は消え失せている。
ただ、陰の意のままに動く、生き返った死体へと変わっていた。
リザードマンはダンジョンの床に落ちていた剣と盾を拾い上げる。
彼の周囲はバチバチという音とともに紫電が走っている。
そう。ネクロマンシーだ。
陰がネクロマンサーであることも前面に出していくことにした。
たしかに印象の悪い能力かもしれない。
だが、陰を十全に運用するためにはこの能力を隠すわけにもいかない。
であるなら、隠さず出してしまえ! という判断だった。
というわけで、ユニークモンスターを縛りプレイでオレが倒す配信をしながら、陰のレベリングをして、陰の下僕も作ってしまおうという、一石三鳥ムーブをしていた。
その甲斐もあって、視聴者数はかなり順調であり、
『ぼくちんも陰ちゃんの下僕になりたいんじゃぁ~^』
こんなやばいやつまで発生しているくらいだった。
『つかこのハルカってやつ、事件に出会いすぎじゃね~。やらせだろ。やらせ。俺ちゃん、やらせとか嫌いなんだよね~』
と、延々とアンチコメントを残す奴がいた。
オレは気にならないのでスルーしていたのだが……。
「は、はるか様、い、いまどんな様子ですか? ご迷惑になってないですか……?」
と陰がオレの動画を再生しだした。
そして、そのアンチコメントを発見してしまう。
陰はすんごく冷たい声を出した。
「は?」
声に温度があるとするならそれは氷点下だ。
「ハルカ様になんてことを……」
陰の髪の隙間から一瞬見えた目は光が全く映らないベンタブラック(目に見える光の99.965%を吸収する色)をしていた。
「ハルカ様にそんなことを言うなんて、考え直した方がいいですね。ハルカ様は私たちにとって、ただの高校生ではありませんから。特別な存在なんです。おわかりですか?」
今までのどもり具合が嘘のように平坦で冷たい声を出す。
「ハルカ様を疑うって、どういうことですか? 普通、そんな……ありえないですよね。ハルカ様は、私たちの道を照らす光なんです。その光を否定するなんて、普通じゃないですよね?」
先ほど起き上がった雷を纏うリザードマンナイトが臨戦態勢になる。
周囲では激しい雷が暴れまわっている。
「ハルカ様を疑うってことは反逆ですよ。そんなの、許されるわけがないじゃないですか。ハルカ様は、この世界の秩序そのもの。逆らうことは、世界を否定することと同じ。あなたのような背信者は、ただの死で済むと思っているんですか? 違います。あなたの存在自体が、この世界から抹消されるべきなんです。そう、名前すら残らないように。ハルカ様への裏切りは、それくらいの罪なんですよ」
――あの……陰さん?
黒紫の光が地面から放たれ、そのほか二体の魔物が現れる。
そのいずれもユニークモンスターだ。昨日一昨日で陰が仲間にした存在だった。
片方は巨大で筋肉質なトロルだ。
超絶回復力を持つトロル戦士である。
トロル戦士はダンジョンを揺るがす雄たけびを上げた。
「見てください、この世界がどれほどハルカ様に依存しているか。ハルカ様なしで私たちがどう生きていけるというのですか? ハルカ様への疑念を抱くこと自体、世界の調和を乱す行為。そんな罪は、赦されることの域を超えています。あなたの考えは、世界を混沌へと導くだけ。そんな未来を望んでいるんですか?」
――何を言い出すんだこいつ。
もう片方は氷属性の装備に全身を包んだ、氷を操るゴブリンウィザードだ。
足元は早くも凍り始めている。
「ハルカ様は、私たちが想像もつかない犠牲を払って、この世界を守ってくださっています。あなたがハルカ様に反逆するなんて、それは最も聖なる存在への冒涜、全ての生命に対する裏切り行為です。ハルカ様への反逆者には、この世でも次の世でも、安息の場所はありません。あなたの魂は、永遠に苦しみ続けるでしょう。そう、ハルカ様の名の下に、私はその裁きを下します。あなたがどこに逃げようと、どんなに懺悔しようと、その運命からは逃れられない。これが、神聖なるハルカ様への裏切りに対する究極の報いです」
わーお。
陰ちゃん、君どういうキャラで売っていくつもりなんですか?
オレは思考停止しながら、光のない目で、さらに光のない目をしている陰を見ていた。
『…………陰ちゃん、ヤバすぎん?』
『ハルきゅんの周りにまともな人間おる?』
『おらんなぁ! ハルくん、絶対何か変な物質出してるよ……』
オレはそのコメントを聞きながら、濡れ衣だ――と思った。
皆様お久しぶりです!
ひと月近くお休みしちゃって申し訳ないです……!
ですが、これからはちゃんと更新します!
しますよ!
約束です!!!
どうぞ見捨てずにお読みいただければ幸いです。
けいぐ。
もちぱん太郎