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130 《SIDE:鳶折陰》今後の活動方針。そして不良に絡まれ怯えるハルカ

《SIDE:鳶折陰》


 ――ハルカさん。


 あの日から、頭の中はハルカさんで埋め尽くされた。

 ずっと苦しんできたことを、簡単に解決してしまった人――。


 感謝をしてもしきれない、すごい人。




 事件から少し経った日の事だ。


「ほ、本当に、あっ、ありがとうございます」


 陰は、紅茶専門店でハルカに向かって頭を下げていた。

 テーブルに顔が近づく。

 紅茶の良い香りと、ケーキの甘い匂いがした。


「別にいいよ。気にしなくてさ」

 だなんて、彼は、あれほどのことをしたのに、謙遜すらしてみせる。


 何と素晴らしい人格の方なんだろうか。


 聖人なのでは?


 いや、きっと神だ。


 陰がどれほど頑張っても抗えなかった死の運命を、いとも簡単に超越してみせた。

 それはきっと神に違いない。


 だってこの世界で誰一人として成しえないことを、したのだ。

 そんなことができたのは、ハルカさん、ただひとり。


「でもハルカさんが――いえ、は、は、ハルカ様がいらっしゃらなかったら、どうなっていたか……。絶対に、陽菜は救えなかった、です」


 ハルカさんだなんて、恐れ多い。

 今までの不敬を思い出すと、胃の奥が冷たくなった気がした。


「さ、様……?」


「今までたくさん、し、失礼なことをしてしまって、申し訳ありませんでした……」


「別にオレは気にしてないよ」


「は、ハルカ様はもしかしたら、現代に舞い降りた神では……?」


「ええ……?」


 とハルカ様は戸惑っていらっしゃった。


「オレはただの――、ええと、配信者だよ」


 ただの、というところで少し迷いが見えた気がした。


 それは、『ただの』配信者ではないということ。


 やはり神では?


 きっと隠していらっしゃるのだ。


「だ、だだ、大丈夫です。誰にも言いません」


「本当に違うが?」


「……ええ。ええ。だ、大丈夫です。そ、そういうことに、しておきます」


 陰が言うとハルカ様はため息を一つ吐いた。


「まあ、いいや……」


 それから少し思案するような様子を見せて再び口を開く。

「陰。君は配信者とかに興味はある?」


「えっと……」


「いや、君の能力をオレのために使ってもらう――というのが今回の君の依頼だろう? 君が配信者になりたいかどうかで、やってもらうことを変えようと思ってね」


 ああ。

 こんな私にここまで心を砕いてくださるなんて。


 そう思うと、だばぁと涙があふれた。


「ええ? ……え? 泣いてる? は? なんで!?」


「わ、わたしは、ハルカ様のお望みの通りにいたします……。わ、わたしなどの気持ちにお心を砕いてくださってありがとうございます……。ハルカ様のいいように、お使いください」


「……えぇ」

 ハルカ様は少しだけ引いたかのように身体を後ろにのけぞらしあそばされた。


「わ、わたし、配信者、やらせていただきます」


「お、おう……。嫌だったら断ってくれていいからな? 本人がやりたくないことを無理にやらせても、成果には結びつかないからさ……」


「と、とと、とんでもないです。なんでも全力でやります……!」


 するとハルカ様は紙束を出し、テーブルの上に置いた。


「これ、契約書だから目を通してもらえるかな」


 陰は紙束を自分の前に置く。

 ボールペンを握った。


 よし。サインしよう。

 ――中身は読むまでもないですね。


 するとハルカ様が慌てだす。


「ちょ、ちょちょちょ! 君さ! ちゃんと読もう!? 確認せずに契約書にサインなんてするものじゃないからな!?」


「よ、読んでも読まなくても一緒、です」


「いや、変わる。変わるから」


「わ、わたしが、ハルカ様の仰ることを否定するはずがないのです」

 たとえどんな内容だったとしてもサインしてみせる。


「……ずいぶん言い切るじゃん」


「ですから、えっと、た、たとえば、その、そんなことをなさるとは思わないのですが……」


 陰は顔を横に背ける。

 口を開こうとして、一度閉じる。

 少し、言いづらい。

 恥ずかしさで、顔が赤くなる。


 もう一度ハルカ様に向き直る。


 するとなぜかハルカ様も目をそらした。

「……オレはそんな命令なんて――」

 と、少し言いづらそうに言った。


「その、ハルカ様が死ねと仰るなら、わたしは笑顔で死にます」


 するとハルカ様はぶすっとした表情で口を開いた。


「オレはそんな命令なんてしないが?」


「ええ。で、ですから、大丈夫ですよ」

 再び書類にサインをしようとすると、ハルカ様が陰の手を掴んだ。


 ああ、ああ。

 手が、手が触れている。

 あたたかい。

 ハルカ様も生きているんだ――なんて当たり前のことを陰は思った。


「ちょっと待って。本当に君は。少し待ってくれ。危なっかしすぎる。だめだよ、そんな簡単に契約を結んだら。……本当にダメなんだって!」


 ハルカ様は、いかに契約というものが危ないのか、こんこんと陰に言った。

 なぜか、とても実感が籠っているように感じられた。


 まるで被害に遭ったことがあるかのようですらあった。


 ハルカ様ほどのお方が契約なんかに騙されるはずがないのに。




 その後、ハルカ様の説明を聞き、サインをした。

 配信者としてハルカの事務所に所属する旨や、支払われた広告料などの支払いのパーセンテージなどが記されていた。


 きちんと契約書も読んだが、特に何も問題のないものに感じられていた。

 陰としては問題のあるモノであっても特に構いはしないのだけれど。



『鳶折陰育成計画書』と書かれた書類には、今後陰がどのように動くかということが記されていた。

 それはとても大変そうな内容ではあった。

 でも、わざわざハルカ様が考えてくれたのだ。

 やらないという選択肢はない。


 それからいろいろな話をした。

 陰自身のチャンネルを作り、それらの方向性をどうするか、などの話し合いだ。

 できれば、誰かを救ったりするようなことがしたい、という陰の意見は採用された。

 それらの話は特に問題なくまとまった。



 問題が起きたのはその後だ。






 陰とハルカ様は紅茶専門店から出た。

 レンガ調の道をしばらく歩くと、突然、ガラの悪い人たちに絡まれたのだ。


「なあ。あんたらさァ。お高い店から出てきたってことは、カネに余裕あんだろ? ちょっと貸してくんねえ?」


 三人組の中の一人が言う。


「ひっ……」

 怖そうな見た目に、怯えてしまう。


 ――ちがう、違います。モンスターに比べたら、これくらい……!


 男の一人が陰に手を伸ばす。


 しかし、なぜか捕まったのはハルカ様だった。

 ハルカ様は恐ろしいまでの速度で、陰と身体の位置を入れ替えたのだ。


 男は一瞬目を丸くして、「あれ? っかしいなぁ……」とつぶやいた。


 ハルカ様が言った。

「ひっ。な、なんですか。あなたたちは……。や、やめてください……!」


 ……ええ?

 陰は怪訝に思った。


「おいおい。ずいぶんとアレな男だなあ」


「ひっ……。ぼ、暴力とか苦手なんです……。暴力反対!」

 ハルカ様がそう言った。


 そしてなぜか、脳内に直接ハルカ様の声が響く。


『さあ。陰。オレを助けるんだ! 人を助ける練習だ! オレをか弱い人だと思って、さあ!』


 ――あ、これわたしのためのやつなんですね。なんと、優しき心をお持ちなんでしょうか。


「は、話し合いで解決しましょう……。力は、何も生みません……」

 ハルカ様は震えながらそんなことを言った。


 ガラの悪い男のうち一人が笑う。

「ハハハ! こんなにビビってんの! ウケる、だっせぇ~。ほら、殴っちゃうぞー」

 そんなことを言いながら、ハルカ様の顔の前で握りこぶしを近づけたり、離したりしていた。


 ひぃ。

 やめてやめてやめて。

 死んじゃう。

 あなたが死んじゃうから!


「や、や、やめた、その、やめたほうが、いい、ですよ……?」

 陰は言ったが、男たちは笑うだけだった。


 男たちの寿命のバーはまだ見えていない。寿命には全然遠いってことだ。

 だけど、ハルカ様にはそんなことは関係ない。

 残りの寿命がいくらあったって、消し飛ばしてしまえるのだ。


「た、助けて陰! 僕殺されちゃうよ~~!」とハルカ様。


 陰はその言葉に半笑いにならざるを得なかった。


「なんだこの男。クッソだせえ。マジでゴミみたいなやつだな」

「ああ。俺だったら恥ずかしくて死んじゃうね」


 男たちがそう言った瞬間、イラっとした。

 ――あれ、なんでしょう。この気持ち。胸が熱い、というか、不快感がお腹の奥にあるような?


「泣いちゃうんじゃねえのこの男」

「なっさけねぇ~~~~」


 むかっ。


 その感情は怒りだった。

 ここ十年、感じることのなかった気持ちだ。


 血液の温度が急速に冷えていく。


「それ、もしかしてハルカ様に言ってますか? 言ってますよね? ですよね?」


 なぜこの人たちが――

 この程度の人たちが、ハルカ様を馬鹿にできるんでしょうか。


 そう思うと、身体の中の魔力がうねって表へと出ようとする。

 溢れ出た魔力は土の下へと入っていく。


 何かを呼び出すような感覚。


「な、なんだ? なんか寒気が……」


 ボコォ! とレンガ調の道が盛り上がった。骸骨がレンガの道を破って、表へと出てくる。

 男たちの足を掴む。


「ひ、ひぃ……」

「う、うわぁ!」


 男たちは逃げようとしたが、ズボンを掴まれていて逃げることができない。


「助けて助けて助けて」

「いやだ、いやだ!」

 男たちは泣き出してしまった。


「ま、ママーーーー!」


 しまいには、男たちはズボンを脱ぎ捨て、パンツ姿で逃げ去っていった。


「いけ、すける――!」

「こら」

 ぽかりと叩かれる。


「そんなもんでいいだろ。それやったら死んじゃうだろうし」


「わ、わかりました! 気を付けます! ハルカ様! ……ふへへ」


「あ、ああ」


「…………ふへへ」


 ――ふへへ。叱られちゃいました。きっとこれ、わたしのため、ですよね?


 陰は青い空を見上げる。

 雲一つなく澄み渡った空だ。


 嬉しい。


 楽しい。


 こんな気持ちになれたのはいつ以来だろうか。


 陰のここ十年はずっと心に雨が降っていた。



 ハルカ様はきっと、未来を変えられる。



 わたしも、少しだけど未来を変えることができた。


 これからハルカ様と一緒に、暗い未来を、吹き飛ばすのだ。


「ハルカ様。空が、綺麗ですね。これからも、晴れが続くといいですね」


 ――きっと多分今わたしは、ここ十年で最高の笑顔を浮かべているはずだ――と陰は思った。






   ◆ 某国某所 ◆


「……それで、彼は今いったいどこへ?」


 日本人とは違う顔立ちの男が言った。

 スーツを着たその男の印象は、まさに紳士といったものであり、それを否定する人間はほとんどいないだろう。


「さあ。精霊を使って姿を消しちゃったから、わからないわね」

 それに対して、妙齢の淑女が答える。

 夜会に参加すらできそうな赤いドレス姿の美しい女だ。


「ここにいれば、いくらでも富を得ることができたというのに。愚かなことだ」


「だけど、行こうとしている場所ならわかるわ」


「ほう」


「行先は、おそらく日本――。ハルカという日本人はもちろんご存じよね?」


「東洋の英雄だろう? 知らないはずがない。一般人ならいざ知らず、我らの文化は彼が生み出してくれたと言っても過言ではないからな」


「『彼』はハルカに並々ならない感情を抱いていたわ。向かうとしたら、そう。きっとハルカの下」


「ふむ。納得できる推論だ。では、我らも向かうとしよう」


 そして二人の声が重なる。


「「――尊きは尻より咲く、永遠の花のみ」」

皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!

本当にありがとうございます!!

よろしければフォローと評価をお願いいたします!!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!!!!


もちぱん太郎

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― 新着の感想 ―
【一言】 花瓶文化に一花咲かせてしまったね(意訳:生け花に尻花瓶というニュージャンルを開拓してしまった。凄いね!)。
[一言] 尻花瓶は文化じゃありませんことよ
[良い点] めっちゃ良い話で終わった、陰ちゃんよかったねって思ったら最後のインパクトがおおきすぎた
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