117 たぶんこれ護衛対象にバレたら事案だと思う
オレはあの後ホテルを取って近くで仮眠していた。
そろそろ月子の様子を見に行くか、とホテルを出て近づいていく。
すでに午前零時を回っている。
すると、木の枝の上で対象を監視している月子がいた。
「おつかれ」
「お。主。交代の時間なのだ?」
「ちゃんとできているかなって思って見に来た。これ差し入れ」
コンビニで買ったチキンを袋ごと放ると、月子は口で袋ごとくわえる。
「良い匂いなのだ……はぐはぐはぐ。よい、よいぞ! 素晴らしい快楽であるぞ人の子よ!」
さすが精霊王だ。
喋れるなんて、こんなに賢い犬は初めて見る。
……本当に犬なら、だが。
もしかしてオレは、かなりひどいことをしてしまったのだろうか……。
月子のご両親(彼女の話からすると、存在するだろう)が今の月子を見たらどう思うんだろうか。
娘(?)がこんなに変わり果てた姿になってしまうなんて。
すると、帰ってくる陰が見えた。すでに深夜一時を回っている。
疲れた顔をしており、身体にいくつも傷を作っていた。
オレは嘆息して彼女に近づく。
「お疲れさん」
「ひょわぁ!?」
飛び退く陰。
「……悪い。おどろかせたか」
「あ、は、はい。だ、だだ、大丈夫です。ハルカさん、でしたかぁ……」
「……そんなにオレ怖い?」
「い、いえ。あの、なんか、後ろから、人の気配がして。その、お、お、おばけ、かなって……」
「そうか」
「そ、それで、ハルカさんは、なんで、ここに?」
ここは陰の家の近くだ。まあ、それはそうだ。陰の幼馴染を護衛しているのだから。
「ああ、例の子を護衛してた」
「えっ! で、でも、明後日、ですよ?」
「多少のずれがあるかもしれないからな」
オレが言うと陰は「う、うえっ」と声を出す。
「ど、どうした?」
「う、うぇ……えぇ……」と泣き出してしまった。
「え、ええ……」
「ご、ごべんなばい……うう」
オレはしばらく彼女が泣き止むのを待った。
「大丈夫か?」
「こ、こんな、信じてもらえて、や、やさしく、し、し、してもらえるなんて、思わなくて。だ、だって、今まで、誰も、誰もぉ……」
彼女は嗚咽まじりに言う。
まあ、実際に沙月や真白さんを死んでいるはずと言い当てているしな。
確認したわけではないが、あの二人は死んでいる可能性が高い。
また、アイドルの中の璃音と、もう一人ライブに出られなかったほう確か星崎渚、また松原凌馬、名前は知らなかったようだが赤ん坊、つまり後の連城真也が生き残ることを言い当てていた。
ならば彼女の能力は本物だろう。
それはもはや誰も知ることのできない、変えられた歴史である。
「はりゅか、しゃん。ごめんなざい……」
「……今度はどうした」
「し、死体を、操ってるとか、ひどいこと、言って、し、失礼なこと、たくさん、してしまって……」
「ああ、もう、いいよ、いいから。泣きやめ。それが一番めんどくさいからな」
実際そうだった。
「は、はい。な、なぎやみ、ます……」
それからしばらくして、陰はようやく落ち着きを取り戻した。
「お、お、お見苦しいところを、すみません、でした」
「……まあ、そういうこともあるよ」
「も、もし、助かったら、いえ、……助けられ、なくても、この恩は、必ず、返します」
「あのさ」
オレが言うと陰はびくっと震えた。
「助けるよ。絶対にな」
オレはそう言った。
そして万全を期すため、陰にも撮影用ドローンをつけることを了承してもらった。
たとえば幼馴染が明後日死ぬとして。
その死の理由はなんだろうか。
ダンジョンでモンスターに襲われる程度ならいい。
だがもし、ダンジョンで行方不明になって、そのままいなくなったなどの場合は?
死の瞬間に手遅れだったりはしないだろうか?
というわけで、いつでも陰と連絡がとれるようにしたのだ。
もしかしたら何か尋ねたいこともできるかもしれない。
通話アプリなどでもいいじゃないかという意見はあるかもしれないが。だが撮影用ドローンならいつでもこちらで起動できるし、手が塞がってても話すことができる。また陰の状況もわかるし、何か撮れ高があれば配信することも可能なのだ。
陰の幼馴染の寿命が尽きる日まで、あと一日。