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〈暴食〉の反作用

 魔物の侵攻。

 報告の兵士が伝えた情報は、俺にとって想定内だったが女王にとっては理解しがたい内容だったはずだ。


 アルフレッドは人間を襲わないと女王に言っていた。その可能性がなかったとは言わない。奴は元人間で、特別人間を恨んでいたわけじゃないと思う。

 だが奴はこうして王国に侵攻した。やはり奴は邪悪な存在なのだ。思いやりのない残酷な人間の言葉なんて、信じられるはずがない。


「ま……まさか、何かの間違いだ。わらわは……あの方より、言葉を……」


 それでも女王にとってアルフレッドは愛しい英雄だった。あいつに裏切られた彼女の心証を考えるなら、ほんの少しだけ同情してもいいかもしれない。

 だが今は非常事態だ。気を使って心が回復するのを待つ時間は……ない。


「まだ言ってるのか女王っ! あいつは悪人なんだっ! あんたも俺たちも、そして人類全員の敵なんだっ! 理解してくれ」

「あ……うぅ……う……うぅ……」


 震える女王は、涙を流しながら床に崩れ落ちてしまった。どうやら、気絶してしまったらしい。


「お……おい……」

 

 おいおい……この異常事態だぞ。一体どうするつもりなんだ。

 気になりはするが、わざわざ介抱する間柄でもない。もうすでに交渉は決裂してるんだ。このまま逃げてクリームヒルトたちと合流しよう。

 そう思い、まさに今逃げようとしていた俺のもとへ、女王の声が聞こえてきた。


「ぐ……」


 目を覚ましたのか、と思った。

 そう、確かに彼女は目を覚ましていた。だがそれは俺の想像とは全く異なる、劇的な変化を伴う苦悶の目覚めだった。


「ぐ……ぎぎ……ぎぎ……が……」

「女王?」


 心を病んで苦しんでいるのかと思った。けど、すぐにそれが間違いであることに気が付いた。

 今、この目に映る女王の姿が、変化しているのだから。


「ぎいいいいいいいっ、あがががが、が、体が、わらわの……体……が……」


 女王の、体。

 『いくつに見える?』と自慢げに俺に見せつけた、そのエルフの体。人間であれば十代といっても差し支えない、美しい容姿だった。

 しかし今、彼女の姿が急速に変化している。肌から急速に水分が消え、乾燥によって急速に老化し始めていた。いや、それはもはや老人というよりはミイラが生まれているかのような様子だった。元の老いてはいるが壮健であった頃の老婆とは明らかに異なっている。

 

「が……ぎ……ぎ……」


 ミイラ化した女王は言葉にもならない声を上げていたが、やがてついに何も喋らなくなってしまった。肌どころか目や口からも完全に水分が消失し、乾燥に耐えられなかったのか左腕が折れてしまっている。


 これが……アルフレッドの力が。

 亜人の力のただの人間に分け与える。そんな都合の良い能力、何のリスクもなく無条件でというわけではなかったらしい。

 人と亜人。異なる生き物の重ねた反作用。それがこの……痛ましい結果だとしたら?



「女……王……」


 女王ヴィクトリア、死亡。 

 

 医者に見せるまでもない。こんなものが死んでいるのは子供でも分かることだ。

 しかしまさか、こんな結果になってしまうとはな。


「ひぃひいいいいいっ!」


 事情を知らない兵士が俺を見て後ずさっている。怖がっているんだ。状況を見れば、こちらの仕業であると思わざるを得ないからな……。


「お、落ち着いてくれ。違うっ、俺がやったんじゃない」

「陛下っ!」


 怯える兵士にどう言い訳しようかと考えていたら、突然第三者の声が聞こえてきた。

 二人きり、という命令だったはずなのだが……まあ、これだけ騒ぎになれば仕方のない話か。

 新たに現れた人物は、重い甲冑を身に着けた将軍のような男だった。軽装備の一般兵士とは明らかに違う、何かの役職を持っているかもしれない。


「こ、これは一体。陛下はどこへ行ったのだ?」


 怯える兵士は震えあがって言葉を出せない様子。仕方ない、俺が説明するしかないようだ。


「……このミイラが女王陛下だ」

「なっ、なんだと? ま、まさか、貴様が陛下を?」

「女王陛下は敵の策略にはまって殺されたんだ。俺たち亜人のせいじゃない。言い訳に聞こえるかもしれないが、これだけは信じてくれ」

「ふむ……」


 犯人扱いされて大変なことになる未来しか見えなかったのだが、予想外にも……鎧の男は冷静だった。女王の死体と俺とを見比べ、どうすべきか思案しているように見える。

 女王はミイラの姿になってしまったが、髪も服も残ったまま。こうなった過程を知らなくても、これが彼女であることは明らかだ。俺の言葉を疑う余地はないはずだ。

 しばらくして方針が決まったようだ。俺と視線を合わせた。


「私は女王陛下のおいに当たるアルバートという者である。王位継承の候補として、王都の兵士たちを統括する大将軍の地位にある。そなたは亜人の代表として交渉に来た者、ということで良いかね?」

「あ……ああ、そうだ。代表の一人、ってことになる。龍人族の盟主とともにここに来ていた」

「ふむ、貴重な報告ご苦労であった。すでに知っているとは思うが今は緊急事態である。そなたもすぐに外の亜人たちを手伝った方が良い」 

「亜人の俺を……信じてくれるんですか?」


 これまでさんざん言われてきただけに、このアルバートと言う男の言葉が信じられなかった。何かの罠ではないかと疑ってしまったのだ。


「亜人をことさら激しく憎んでいるのは女王だけである。統治については功罪あると考えるが……、今は緊急事態。互いにいがみ合ってばかりでは話が進むまい」

「は……はぁ」


 功罪、か。

 亜人の統治は罪ばかりのような気もするが、この人に言わせれば良いところもあったらしい。

 亜人が大好き、と言った様子ではないが、少なくともこの非常事態に手を組み交渉しようとする程度には認めているようだ。女王よりはるかにましな相手だ。


「と、とりあえず俺はみんなのところに戻ります。あなたの名前は盟主に伝えますので、どうか後に交渉を……」

「では〈グランランド〉の盟主殿に伝えてもらおうか。女王陛下亡き今、我々には交渉の用意があると。この危機を乗り越えたのちに、今後のことについて話を進めていきたい」

「ありがとうございます」


 女王は死んだが、交渉は一歩前進するかもしれない。

 俺は急いでクリームヒルトたちのもとへと戻っていった。




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