〈暴食〉のギフト
王都、玉座の間にて。
俺と女王、二人きりの交渉が続く。
こいつはアルフレッドの名前を出した。……ということは、俺の敵だということだ。
権力者というのはやっかいな相手だ。たとえ力がそれほどでなくても、命令するだけで多くのことを成せる。
さて……まずは何から話せばいいか。
「ほほほほっ、言葉もでないようだなクリフよ」
カーテン越しだから表情は読めないが、やはりそう機嫌が悪そうではない。とはいえ俺よりも望みがありそうな大河ですら交渉をまとめられなかったのだ。今更、正当な交渉でどうにかなる相手ではない。
少々強い言葉で、敵意を煽ったとしても、正しい方向に導いてやれるかもしれない。一応……気が狂ってる様子ではないからな。
「お前は……あいつのためにこの国を捨てるのか?」
「なんだと?」
「あんたに亜人のことを好きになってくれなんて言わない。だからせめて、今、ここにいる人間たちのために最良の行動をするべきだ。あいつは魔物を引き連れてここを攻めてきてるんだ。あんたは女王としてなんとも思わないのか? 自分の国が蹂躙されてるんだぞ?」
せめて、王としてまともではあってくれ……。
「ほほほっ、愚かなクリフ。真実を知らぬと、こうも馬鹿げた行動をしてしまうのだな。よいかクリフよ。アルフレッド様を知るお前だけに、特別に話をしてやろう。あの魔物はな、亜人以外は殺さない。そう命令されているから」
「はぁ?」
魔物は……亜人以外殺さない?
確かにあれはアルフレッドの生み出したものだ。あいつの命令に従う……かもしれないが……。
そんなに、細かく命令できるのか? 魔王もアルフレッドも、そう複雑な命令をしていなかったような気がする。いや、それ以前にもっとおかしなことが……。
「その言葉を信じると?」
「むしろなぜ疑う必要があるのだ? あのお方はわらわと同じように亜人を嫌悪していた。ならば魔王の力を得て亜人を滅ぼそうとするのは当然。わらわも目障りな奴らが死に満足。これ以上の結果はない」
「亜人の村の中には人間も住んでいた。俺たちはここに来る過程で、ごく少数だが人間の死体も見ている。それに人間だった大河たちだって魔物に襲われて戦っていた。あいつらは亜人も人間も関係ない、すべての生きとし生けるものの敵なんだっ!」
「それはそなたらが亜人とともに行動していたからであろう? 亜人の味方は亜人も同然。愚かなことをするから魔物に勘違いされてしまったのだ。だがここは西の村とは違い人間の都市。あのお方がここを襲う? わらわの国を? 馬鹿馬鹿しい。まだ亜人が魔王の手先という与太話のような聞く価値はある」
「…………」
……亜人は魔王の手先って、それはお前が言ってたことだろ。それを自分で与太話って……、こいつは、どこまで俺たちのことを憎んでいるんだ? もう、説得は不可能なのか?
「いい加減にしてくれっ! あんただってあいつの邪悪さは知ってるんだろ? 大体アルフレッドアルフレッドって、何年前の話をしてるんだ。あんたもういい歳だろっ! 王としての自覚をもてよっ!」
「ほほほほほほほほっ、歳か。クリフよ、ならばわらわが今、いくつに見える?」
そう言って、女王はこれまでずっとかけていた白いカーテンを払い、初めてその姿を現した。
「じょ……女王、お前、その姿は……」
それは、俺の知っている彼女ではなかった。
俺が初めてこの世界でこの女王と対面したとき、彼女は老婆だったはずだ。ボケたり歩けなかったり、といったレベルではないが、少なくとも老人といって差し支えないレベルの容姿だったはずだ。
しかし今俺の目の前にいる女王は、どう見ても十代の少女に見える。そう、まるで俺が過去で出会ったときと同じように。
ただ一つ当時と重要な違いがある。それは、彼女の耳が俺と同じくエルフのように長い耳となっていることだった。
「これがアルフレッドより賜った贈り物。あのお方は〈暴食〉で取り込んだエルフ族の能力をわらわにくださり、わらわは若返ることができた」
そ……そんな力を持っていたのかアルフレッドは。
ま……まあ、あいつは自分勝手な奴だった。おそらく他人に能力を使ったことはなかったんだろうな。だが今、それを女王に使った……ってことか?
「アルフレッド様はわらわのことを忘れていなかった。こうしてエルフ族の若さと長寿を手に入れたわらわは、今度こそ妻として一生を捧げる。あの方はわらわを愛してくださっていた。魔物が亜人を滅ぼしたのち、この国で一緒に暮らすと約束してくださった」
「よく考えてみろっ! 昔、まだアルフレッドがあんたともにいたころ、あんたはそのエルフの容姿と同じほどに若かったはずだ。それなのにお前は捨てられた。あいつはお前のところに一度も姿を現さず、〈災厄〉とともに魔王領に引きこもっていた。その意味を考えろっ!」
「……〈災厄〉? 何の話だそれは?」
この反応。
どうやら、女王は〈災厄〉のことを知らないようだ。それをアルフレッドが話さなかったということは、女王は使い捨ての駒……である可能性もある。
「〈災厄〉は俺の敵。女だ。残念だったな女王。あいつは〈災厄〉のことを愛している。あんたじゃなくて、あの女があいつの伴侶だ」
この言葉は、少なからず女王を刺激したらしい。小さく舌打ちした音が聞こえた。
「……ふっ、不愉快な男だ。だがそのような戯言でわらわとアルフレッド様の絆を断ち切れると思うな……。二人は――」
「へ、陛下っ!」
突然、兵士の一人が慌てた様子で入ってきた。俺たち二人きり、という話だったはずなのに、おそらく緊急の報告か何かなのだろう。嫌な予感しかしない。
「だ、誰だお前はっ! なぜ陛下の玉座に座っているっ!」
当然だ。
今の女王は、若く美しいエルフの姿をしている。かつての彼女の姿を知る俺ならばかろうじて女王だと判別できるが、何も知らないこの兵士がそれを理解することは難しい。
女王はアルフレッドに会って気分が高揚してたのかもしれないが、これが現実。若返りなんて普通の人間に認められるはずがない。下手をすれば亜人として追放されかねないぞ? どうするつもりだ?
「わ、わらわはこの国の女王だっ! こ、この男が怪しげな魔法でわらわを亜人にしたのだっ!」
「な……に……」
「他の兵士たちを呼んでこいっ! この者はわらわに危害を加えたっ! 捕まえて、解呪の魔法を聞き出すのだっ!」
俺を指差す女王。
まさか、このために俺と二人きりで残ったのか?
「…………」
ま、良い結果にはならないとは思っていたけど、まさかこんな形で利用されてしまうとはな。
これでもう思い残すことはない。あとはここを強行突破して……。
「申し訳ございません陛下、それどころではないのです。まずはご報告をっ!」
「煩わしい。女王の命は絶対ぞっ! 貴様、何をもって優先順位を決めているのかっ!」
「魔物が……魔物たちが攻めてきたのですっ! すでに都市の外の兵士たちと交戦中。一部が都市内へと侵入してきていますっ! 至急、増援と兵士配置の采配をっ!」
「は……?」
その言葉を聞き、徐々に青ざめていく女王。
とうとう、魔物がここまで来てしまったか。
時間がないとは思っていたが……ついに。