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交渉の決裂


 王都、玉座の間にて。

 俺たちの女王の会談が続く。


 カーテン越しの女王は、こちらから一切表情が見えない。激怒していても、歓喜していても、それを声に出さなければ俺には分からない状況だ。

 大河は正攻法でこちらの願いを申し出た。決して無茶な要求ではないが、女王の亜人への心証を考えるなら断れる可能性も十分にある。もし、そうなってしまったらどうすべきか……一応、話し合いはしてある。


 といっても作戦も何もない。強引に押し通るしかないということだ。

 とりあえずはあいまいな返事に終始し、この場を立ち去る。その後、兵士たちを実力で押しのけ、亜人たちを逃がすというやりかた。はっきりいってこちらの心証はかなり悪くなるだろうが、仕方がない。


 強引なやり方は反発や敵対心を生むだろう。女王だけじゃない。あの場にいる兵士たちや、都市の住民すら亜人を恐れてしまうかもしれない。それは亜人の未来にとって良くないことだ。

 できれば、穏便に解決したいのだが……。


「やれやれ、異世界人殿。また例の病気か? 亜人を人と同等などと考えているから、そのように愚かで無駄な選択をしてしまうのだ」


 一応、クリームヒルトも声を上げたのだが、どうやら相手にするつもりはないらしい。やはり王であっても盟主であっても、彼女にとって亜人というのはそういうものなのだろう。

 そしてその返答は、拒絶。まあ、予想してなかったわけじゃないが……残念だ。


「し、しかし陛下っ! これは脅威なのです。魔物の群れはこの都市を含めてすべてを蹂躙する勢いで押し寄せているのですっ! あなた様が亜人を邪魔だと言うなら、彼らを移動させて戦いに備えるべきなのですっ! どうしてそれを分かってくれないんですか?」

「亜人のために隊列を崩し、その隙に魔物が襲い掛かってきたらどうする? 隙を見せた人間に亜人が襲い掛かってきたとしたら? 異世界人殿、そなたも良く知っていよう。わらわがどれほど亜人を嫌悪し、虐げてきたか。……動機は十分であると思うが」

「……っ!」


 これには、大河が言葉を詰まらせた。確かに女王は亜人から恨まれている。俺だってエルフの村にいたころ、この国の上層部をあまり良く思っていなかった。大河も長年の活躍によって、あちこちからその声を聞いていたのだろう。


「無駄な話だよ異世界人殿。理解したなら早く外の兵士たちを手伝っていただきたいものだ。もし亜人もこの都市の人間も死んでしまったら、そなたも悔やむに悔やみきれまい」

「く……」


 大河がこちらに目配せをした。

 どうやら、これで交渉は決裂のようだ。あとは適当に話を切り上げ、現場で強引な手段に出るのみだ。


「ならば陛下。俺は外に戻ります。失礼しました」

「ほほほ、それで良いのだ。ああ待て、その前にそこの金髪の男」


 と、これからどうしようかと考えていた俺のもとへ、そんな女王の声が聞こえてきた。

 クリームヒルトは緑色の髪で、大河はやや茶色かかった黒髪だ。金髪と言うのは、エルフである俺のことを指している。


「お前には少々話がある。わらわと二人でだ。ここに残れ。それ以外の者は全員ここから出ていけ」

「……陛下? 我々は?」

 

 周囲の護衛たちが困惑した様子でそう言った。


「お前たちも下がれ。わらわはこの男と二人で話があるのだ。護衛は不要。これでもかつては勇者ともに冒険をしたこともある。魔法であれば後れを取るまい。これは王命であるっ!」

「はっ!」


 ……どういうつもりだ、女王。俺と二人きりで会話なんて。俺の正体に気が付いた?


 まさかこの女王、もうすでにアルフレッドと何か話をしたのか? あいつはこの人のことを愛していなかったが、だがらといって全く用がなくなったというわけでもない。今、こうして国を動かす一大事になって、初めてその必然性が生まれたとしたら? 何か頼まれごとをされていたとしたら?

 女王はアルフレッドを愛していた。ならば……ここで俺を何らかの罠にはめようとしている可能性も。


「…………」

「くくく、悩むか? 愚かな、この国では女王の命令は絶対であるぞ。それでもあえて言葉を重ねるなら、わらわが兵士に亜人を殺すよう命令できることを……忘れるな」

 

 脅しか。

 すでに交渉の余地がなくなり、どう転んでも争うしかない状況だ。このまま強引に逃げ出しても、結果は変わらない。

 が、やはり女王の命令は良くない。これからやってくる亜人たちまで虐殺されたら大変だ。ここは……様子見を込めて話だけでも聞いておくべきか?

 

「女王陛下の言う通り、俺はここに残る。二人は先に戻っていてくれ」

「……で、でもそれじゃあ」

「もし何かあれば伝える。心配するな」


 植物の力を使えば、離れていても合図のようなものを送ることができる。言葉は伝えられないが、今の状況ならそれで十分だろう。


 結局、護衛の兵士たちと大河とクリームヒルトは、一緒になって部屋の外に出て行った。亜人のことは任せたぞ、二人とも。


 さて、そして俺は。

 この女王と、向かい合わなければいけないわけだ。

 もう十中八九何か不穏なことを言われるとは思うのだが、何かの勘違いで運悪くこうして二人で会話している可能性もある。一応、王国の民としてふるまって様子を見て見よう。


「ご指名いただきまして光栄です、陛下。しかしわたくしに一体どのような用でございましょうか? 私はただの……」

「ほほほほほほほほほっ」


 突然、女王が笑い始めた。


「ああ……懐かしい、本当に懐かしいなクリフ。あの方に会えて、そしてお前までこうしてわらわの目の前に現れるとは……」

「女王……」


 やはり、気が付いていたか。

 俺はクリフじゃない。しかし過去のある時点においては、間違いなくクリフと呼ばれていた。

 

「……俺がそのクリフだとしたら、何だって言うんだ?」


 俺はフードを脱ぎ去り、エルフの耳を露わにした。


「お前の言うクリフとは人間だったか? 俺はクリフなんて知らない、と言ったらどうする?」

「すべてはあのお方……アルフレッド様に聞いたのだよクリフ。理屈は分からぬが、お前はそうなのだろう? わらわはクリフが人間だとは一度も言ってないぞ。お前はクリフを人間だと知っていた。わらわにとってはそれで十分」

「アルフレッド……」


 やはり、こいつはアルフレッドの手先となったのか?

 だから亜人を? いや、そうじゃない。こいつは元からそういう奴だ。かといって人間を裏切っているのかどうかは断定できないし、〈災厄〉に操られているようにも見えない。

 望みは薄いが、一応……交渉の余地はあるということだ。



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