女王との再会
兵士たちとの交渉の末、俺たちは王都への来訪を許可された。
ここを訪れるメンバーは俺、大河、そしてクリームヒルトだ。交渉役の大河に、亜人代表としてのクリームヒルト。そして俺は比較的戦闘能力が高いから、逃げたりするときに足手まといにならないからとついていくことになった。
王都の外にいるメンバーはそのまま待機。瑠奈たちにはアリスを任せている。しばらくは大丈夫だと思うが、早くしないと魔物たちが再び追いついてしまうだろう。
「着いたぞ、ここだ」
そう言って、大河が扉の前で足を止めた。監視の兵士たちも動きを止め、俺たちの様子をうかがっている。
「…………」
懐かしい。
ここは女王と謁見を果たすときに使う玉座の間だ。かつてまだ俺がエルフの姿になる前、ここに大河ととともにやってきていた。
だが俺にとってあまりいい思い出のない場所だ。緊張と不安で、変な汗が出てきている。
俺たちは、とうとうここまで来た。
だがここに来るだけですべてが解決するわけじゃない。あの女王を、これから説得しなければならないのだ。
おそらく、かなり難しい交渉になるだろう。そんなことは分かっている。それでもやらなければならない。
俺は耳を隠せば亜人であることを隠せる。だが翼を持つ龍人族のクリームヒルトは一目瞭然だ。亜人を嫌い蔑んでいる彼女は、あまり良い印象を抱かないだろう。それでも盟主自らここに訪れることは、交渉にとってとても重要な意味を持っている。
代表として多くの権限を持ち、国すらも動かせる彼女。身分の保証は大河がしてくれる。交渉には絶対必要な存在だ。
俺たちは、ゆっくりと扉の奥へと進んでいった。
目の前に広がる玉座の間は、かつて俺の記憶にある通りのままだった。玉座に座る女王と、そして周囲を固める武装した兵士たちが四十人ほど。おそらくは女王の護衛だろう。
まあ、こちらを警戒するのは当然だ。
ただ、襲い掛かってくる様子はない。どうやら本当に護衛の人員なのだろう。交渉する余地があるということだ。
それにしても、気になるのは女王だ。どういうつもりなのかは知らないが、白いカーテンでその姿が見えないように隠れている。体調でも悪いのか? それとも、老いた姿を見られたくない……なんて今更か。
ともかく、女王が顔を出してくれる様子はない。このまま会談しろということなのだろう。
「お久しぶりです、女王陛下」
まず頭を下げて挨拶をしたのは大河。この中で唯一、女王と交渉の経験がある人間だ。
「本当に久しいな、異世界人殿。しばらく姿を見なかったゆえ、もう森で死んでしまったものとばかり。無事で何よりだ」
どうやら、女王の機嫌はそう悪くないようだ。心にもない台詞とはいえ大河を心配する言葉をかけている。
「ご帰還が遅れて申し訳ありませんでした。エルフの村において騒動に巻き込まれ、仲間とともに動けない状態が続いてしまい……」
「まあ、その件は良い。それよりも異世界人殿。そなたと同郷の駆殿について何か知らぬか? 同じ時期に消息が不明となってな……」
駆……だと。
俺にとっては随分と昔のことで頭から抜けていてしまっていたが、確かに……女王の視点からすれば気になって仕方のない話だろう。随分と気に入っていたようだからな。
でも……あいつの末路は……。
「俺も詳しくは知らないのですが……。あいつは亜人の村を襲って、その返り討ちにあって亡くなったと聞いています」
事の経緯は大河に話している。が、さすがにこの場で俺の名前を出すわけにはいかないからな。少し嘘を含んでいるがそれでいい。亜人への憎悪を煽る言葉かもしれないが、今更この女王に何を言っても態度を変えるとは思えない。
駆は俺たちの村を滅ぼそうとしていた。なら、その途中で亜人に殺されたと説明するのが最も妥当な展開だろう。
「ふむ……やはりそうか。惜しい人物を亡くした。残念……であるな」
「俺も同郷の友を失って悲しく思います。ですが陛下。どうか空気を読まず大声を上げる俺を許してください。時間が差し迫っているのです」
確かに、のんきにクラスメイトの死を悲しんでいる時間はない。問いかけられなければ駆の死の話題なんて出さなかったしな。空気は良くないが、仕方ない。
「ほう、わらわにまた意見とな。ああ……このやり取りも久しぶりか。聞いてはやろう異世界人殿、申してみよ」
「陛下もご存じかとは思いますが、すでに魔物の大軍がこの都市に迫っております。その影響で亜人たちも東に退避。しかし兵士たちが亜人の歩みを妨害して、彼らが西の平野に取り残されております。このままでは侵入してきた魔物たちに殺されてしまいます」
「ふむ……」
「陛下、彼らを守るためにここに入れろとはまでは言いません。どうか難民たちが北か南に逃げられるよう、兵士に融通を利かせてもらえないでしょうか? ただ、逃げ道を確保するだけで良いのです。あとは兵士たちや、そして俺たちも西に張り付いて魔物と戦いましょう。陛下、どうかお願いいたしますっ!」
それほど、無理難題と言うわけでもない。
亜人がいれば魔物たちとの戦闘の邪魔になる。そして仮に死体となったとしてもそれを処理するのは人間たちなのだ。勝手にいなくなってくれるならその方がいいに決まってる。
ただ、女王の偏狭な差別意識が暴走しなければ、この提案は許される……はず。
「その亜人は無害な存在なのか? 我らを襲うために、一芝居打ってるのでは?」
「そんなことはありません。彼らは無害な一般の国民です。人間に敵意があるわけではなく、ただ危険な場所を去りたいだけ」
「しかしそれはそなたの勝手な意見であろう異世界人殿。そなたは亜人と会話ができるのか? その亜人たちと信頼関係を築けたのか?」
「そ……それは……」
大河は亜人の言葉を話せない。
だからあの亜人たちと直接会話をしたわけじゃない。もちろん時間がなかったからというものあるが、亜人不信の女王が疑ってしまうのは仕方のない話だろう。
「亜人の国、〈グランランド〉の盟主として、このクリームヒルトがすべての亜人を代表して申し上げる。彼らに敵意はない。彼らを保護できないというのであれば、我々が保護しよう。あなたは目の前の亜人を見逃せば、それでいい」
クリームヒルトは流ちょうに人間の言葉を話し始めた。王として、交渉のために言葉を学んだのだろうな。
さて、これですべての情報は整った。
はたして、女王は俺たちの言葉を聞いてくれるのか?