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亜人の難民

 洞窟で一晩明かした俺たちは、さらに東へと進んでいった。

 森を進み、多くの魔物たちを倒し、そして途中で滅ぼされた村々を見送りながらの前進。俺も、クリームヒルトも、そして大河も心に深い傷を負いながら、しかしその歩みを止めるわけにはいかなかった。

 

 そして、気が付けば魔物の数が減り、俺たちはとうとう群れを追い越すことに成功した。

 まだ無事の村に警告の声をかけながら、俺たちはさらにその歩みを速めた。魔物さえいなければ障害物もなく道を進むことができる。魔物たちを相手にしていた頃よりもさらに速度が上がっていった。

 その結果、ついに、俺たちはここへとたどり着いた。


 大パステラ王国、首都。


 最後にここを訪れたのは、アルフレッドを監視していた頃だっただろうか。この現代においては、駆を倒すために旅立った時以来。

 だが懐かしさや感動を覚えることはできなかった。そんなのんきな雰囲気ではなかった。

 そこに広がっていたのは、俺にとって……あまりにも衝撃的な光景だったのだ。


 首都は大都市だ。ゆえに都市と平地を隔てる場所には壁や門番があり、通行人の行く手を阻んでいる。

 だが今の状況は明らかに異常だった。

 まず、森を抜けた俺たちが見たのは、傷ついた亜人たちだった。

 おそらく魔物に追われてここまでやってきたのだろう。家族や親しい人を亡くして、ここまでやってきたのかもしれない。

 そしてその先には、兵士がいた。

 完全武装した兵士、およそ三千人前後だろうか。隊列を組み、剣を構えてこちらを威嚇している。

 明らかな敵意。

 難民を都市に入れたくない、とかいった雰囲気じゃない。敵意であり殺意でもある。亜人の難民たちは足を止めざるを得なかった。

 難民と亜人との間には、数体の死体があった。おそらくすでに衝突が起きた後なのだろう。脅しではなく、実際に殺意を持っているのだから、無力な亜人たちがこれ以上進めるはずもなかった。


 だが、ここで待っていても後ろから魔物がやってくるだけだ。ともかくこのままではまずい。

 まず前に出たのは、クリームヒルトだった。


「あたしは〈グランランド〉の盟主、クリームヒルトだっ! 至急、女王陛下と会談の場を設けたい。西から、恐ろしい魔物たちがこの地に……」

「黙れ、亜人どもめっ!」


 兵士の、隊長か何かなのだろうか。皆を代表するようにそう大声を上げた。盟主であり王であるクリームヒルトであっても、人間にとってはただの煩い亜人らしい。


「貴様らが魔王を唆し、我らの領地を侵そうとしているのだろう? 聡明な女王陛下はすべてをご理解なされている。ここを防衛ラインとし、亜人と、そして魔物たちの侵攻を防いで民を守るっ! それが我らの使命っ!」

「違うっ! 亜人は魔王の手先なんかじゃないっ! 村を追われて死んでる人だっているんだっ!」

「交渉は不要っ! ここを死守せよとの女王陛下の厳命であるっ! これ以上近寄れば、戦わなければならないっ!」


 脅しではない。それは地面に転がっている亜人の死体が証明している。

 ただ死守が命令でありこちらに攻め入ってくる様子もない。敵意も、そして殺意もあるが、その点はある程度安心できるかもしれない。

 とはいえ……。


 亜人が嫌われているのは知っている。おそらく、難民だからと素直に都市の中へ入れてくれることは無いだろうと思っていた。

 だけど、それならここを素通りして北や南に逃げればいいだけのことだ。少し離れているが、北にはクリームヒルトの〈グランランド〉がある。

 だがここの兵士がそれを邪魔している。王都はすなわち国の中央であり、あらゆる道に通じている。深い森を背後に携える西の亜人にとって、ここを封鎖されることは移住を封鎖されることに等しい。迂回路は魔物によって使えなくなってしまったのだから。


 アルフレッドの狡猾な策略によって、一部の亜人たちは魔王に懐柔されている。人間側の視点から見れば、この魔物騒動が何か関係しているかもしれないと思うのも無理のない話だろう。

 だが亜人たちの被害はそんな嘘や虚言の範疇を大きく超えている。ここにいる難民の亜人たちはおそらく千人を超えているだろう。


 こうも露骨に……武器を突きつけられるとは思っていなかった。


 どうする?

 どうすればいい?

 このまま待ってたら、後続の魔物たちとの挟み撃ちになるぞ。そうなったら亜人たちも、そしてここにいる人間たちもまとめて死んでしまう。

 この兵士たちを倒すことは……できる。クリームヒルトのブレスで十分だろう。だがそんな大量殺人を犯せば、間違いなく王国全体が敵となってしまうだろう。そんなことができるはずもなかった。


「待ってくれっ! 亜人だけじゃないっ! どうか俺の話を聞いてくれっ!」


 ここで、大河が前に出た。


「あ……あなたはっ! 雷光の勇者殿っ!」


 どうやら兵士たちは大河のことを知っているらしい。俺がエルフの姿になった後も、大河たちは王都で長く働いていたからな。いまだにその名声は衰えていなかったようだ。


「あなたたちがここを守ろうとしている志を、否定するつもりない。だけど、このままじゃあまずいんだ。ここ押し寄せてくる魔物はただの魔物じゃない。人間も、そして亜人さえも襲い掛かってすべてを滅ぼすつもりだっ! 女王陛下は何か思い違いをしているんだっ! 魔物は亜人にとっても危険な敵なんだ。彼らを都市に入れろなんて言わないから、どこか別の場所に逃げられるように見逃してやってくれないか?」

「し、しかし、女王陛下はここを死守せよと。亜人は誰も通すなと……殺してでもと」

「とにかく俺の口から直接交渉したいっ! ここを通してもらえるか? 大丈夫だ。命令違反になんかさせない。俺が必ず説得してみせるから。全員じゃなくていい。俺と、それから代表で数人。それだけだ。だから頼むっ!」

「…………」


 兵士は悩んでいるようだった。やはり、大河の名声は効果的に作用したようだ。


「……兵士に見張りに付けます。王城まで真っすぐ進むように。都市の中にいる亜人や他の貴族とは接触禁止です。あくまで、女王陛下への使者ということで、お通しいたすのです」

「ありがとうございますっ!」

 

 大河の意思が通った。

 余計な争いが起きなかったのは本当に良かった。あとは女王を説得するだけでいい。

 女王にとっても悪い話じゃないんだ。あの魔物たちは明らかに異常。確実に人間にも害を成すだろう。

 危機が伝われば、女王も亜人に構っている暇はないと理解してくれるはずだ。大河や俺たちを通して、その切迫した状況が伝われば……どうにか……。

 


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