クラスメイトとの再会
俺は……人間に戻ったのか?
「う……うう……」
「何……ここ……」
ここに来て、俺はやっと周囲の状況に気を配れるほど頭を覚醒させたらしい。この場に倒れていたのは俺だけではなかった。二十……いや、二十五人程度の男女が、頭を抱えながらゆっくりと起き上がっている。
中でも俺の目の前で起き上がろうとしているこの男。
すらりとした長身に、オールバックに近い髪形をした美男子。まるで映画かドラマに登場する俳優のように、整った容姿をしている。
「大河?」
俺はこいつを知っていた。
佐野大河。
高校三年、つまり卒業する最後の時を一緒に過ごしたはずの……クラスメイトだった。
大河の容姿は俺の記憶のまま、すなわち高校三年のままだった。しかもご丁寧に当時と同じ制服まで身に着けている。
そして、今気が付いたことだが……俺も同じように制服を身に着けていた。
あ、ありえない。
だって俺は異世界に転生したとき、三十歳ちょうどだったはずだ。もちろんこいつらと一緒に高校を卒業したし、大学も出て、企業に就職して会社員として働いていた。しかもそのあとエルフに転生して十六年も過ごしている。
つまりこいつらは、俺にとって十年以上前の過去のクラスメイトということになる。
だけど俺にはクラス転移した記憶なんてない。もちろん、俺を除いてクラスの全員が行方不明になったなんて記憶もない。疎遠だったがそんなニュースがあればさすがに親か誰かが連絡をしてくれるはずだ。
何もかも……矛盾している。
俺はパラレルワールドか何かに迷い込んでしまったのか?
周りに倒れている男女も、全員見覚えがある。みんな高校三年の時、クラスメイトだった奴らだ。
そして――
「瑠奈?」
「来栖っ!」
その中でも、ひときわ輝くポニーテールの美少女。
頭を押えるようにゆっくりと立ち上がるその姿は、まるで絵画の女神が立ち上がる姿のよう。天使たちの祝福が聞こえてしまいそうなほどに、美しく神聖な夢。
嘘だろ、瑠奈。お前まで……。
「良かった」
その美しい瞳を涙で揺らしながら、瑠奈は優しく微笑んだ。
そして、俺の手をぎゅっと掴む。
「来栖だけいなかったらどうしようかと思った。あなたの顔が見れただけで、すごく安心したよ」
「あ……ああ、俺も……嬉しいよ」
「来栖?」
そうだ。
高校の頃、俺は瑠奈と付き合っていたんだ。
もし、目の前のいるのが当時の瑠奈だとしたら、俺のことを彼氏だと思っている。
でもあの時から、もう、俺の中では三十年近くたっている。もう、あまりにも遠い過去の話なんだ。
瑠奈……俺は……。
「ようこそ、異世界からやってきた勇者様方」
ふらふらと起き上がる俺たちに声をかけたのは、奥の玉座に座る女性だった。
見た目はエルフ村の村長と同じぐらいの年齢だ。といっても耳は普通の人間なんだから、年相応に老けているんだと思う。
豪華な玉座に座る、老齢の女性。この中で一番偉い、王のような人物であることは間違いないだろう。
年の割には良く響く張りのある声だ。
「わらわは女王、ヴィクトリア。この国、大パステラ王国の最高権力者」
じょ、女王ヴィクトリアっ!
エルフの村も含むこの地域を統べる国、大パステラ王国の最高権力者。この世界を魔王の手から解放した功労者――勇者アルフレッドのパートナーであり妻でもある大賢者ヴィクトリア。
エルフの村にいた俺でも知っている、この国を治める女王だ。
ということは、ここは……大パステラ王国の首都なのか? 俺は死んでここに転移した?
いや、そもそも俺が日本で死んでからもう十六年たってるんだ。それなのに目の前のクラスメイトたちは高校の頃の姿そのまま。だったら今ここにいる俺も十六年前にタイムリープしたと考えるのが自然なんじゃないのか?
くそっ、今が王歴何年か聞ければすべて解決するんだけどな。この世界のこと何も知らないのに国の暦だけを知っているのは明らかに不自然だ。かといって俺がエルフだとばれれば……迫害されるかもしれない。
「お、俺たちはいったいどうしてこんなところにいるんですか? 教室で授業を受けていたはずなのに、ここは一体どこなんですか? 異世界とは一体?」
みんなの不安を代表するように、大河がそう口を開いた。
リーダー気質があって頼りになる俺の友人。こういう時は頼もしい。
「そなたらはわらわたちがこの地に召喚した。異世界人よ、どうかその素晴らしい力をもってこの世界の魔王を打ち破ってもらいたい」
どうやら、俺たちは魔王を倒すためにこの世界に召喚されたらしい。
まあ俺は召喚されたんじゃなくて殺されて転生したんだが、今ここでそんな話をしても余計に混乱させるだけだ。とりあえず黙って話を聞いておこう。
「た、倒すってどうやって……。俺たち、普通の学生ですよ?」
「この世界に来た時点で、そなたたちはスキルを付加されている。スキルとは常人には扱えぬ極めてレアな異能の力。その力を用いれば、必ずや十分な成果を上げることができましょう」
スキル、か。
聞いたことがある。
魔法を超えたものすごい能力。この世界でも持つ者はかなりまれであり、それがあるだけで大金を得たり名声を得たりできる、そんな強力な力らしい。
女王はステータスプレートっぽいやつを空中に出現させた。
「スキル名〈白雷〉。素晴らしい、光と雷をつかさどる最強の力。大河殿、あなたにはこの地を照らす太陽となっていただきたい」
「俺に……そんな力が?」
近くにいた大河のスキルを鑑定したらしい。
「他の者もこちらに参りなさい」
次に王女の前に立ったのは、瑠奈だった。
「スキル名、〈聖光〉。かつて古の聖女が扱ってたいたとされる神聖魔法。あらゆるものを回復し、支援し、そして浄化することのできる最強の聖職者。瑠奈殿、あなたもまたこの世界で聖女として崇められる存在なのかもしれない」
瑠奈の能力もかなり強そうだ。
そうして、次々と鑑定が進んでいった。
「スキル名〈大気〉。空を操るその力。まさに世界を創世した神にも等しい、規格外の力」
と、最後から二番目の鑑定が終わって最後、すなわち俺の番がやってきた。
「スキル名〈緑手〉。植物系の……魔法を訓練なしに使え……る? それだけか?」
なぜ疑問形?
ききたいのは俺なんだが。
俺の魔法、〈森羅操々〉は『植物系』と呼ばれるカテゴリに属する魔法だ。
エルフ時代とそう変わらない力で良かった。これなら応用の仕方もすでに開発済み。あの日アレンを倒したみたいに、俺だってこの世界で十分に活躍を……。
と……喜んでいたのはどうやら俺だけだったらしい。
ひそひそと、女王の周りに控えていた貴族たちが陰口を叩いている。一部こちらに聞こえるほどに声が大きいのは、わざと声を大きくしているのかもしれない。
「『植物系』は亜人や農夫が扱う土いじりの魔法。誉ある異世界の勇者としてはあまりにも程度の低い……」
「土と葉の汁で滲んだ汚い魔法。優雅さの欠片もなければ鍛冶屋や芸術家のような技術もない、力と汗がお似合いの底辺労働者向け」
「町の外にいる農夫の手伝いをさせましょう。あのような底辺魔法使いには奴隷の扱いがお似合いだ」
こ、こんなにこの魔法の扱いって悪かったのか? いや確かに、アレンや村長も俺の魔法のことを馬鹿にしてたよな。
でも、便利なんだぞ? アレンだってそれで倒したんだ。成果を見せれば少しは見直して――
「――雑魚が」
女王の見せた……憤り。今まで、クラスメイトたちを神か仏かと褒めたたえてきた様子から一変、まさしく犯罪者か何かを前にしたかのような形相だった。
しかしその怒りを見せたのも一瞬だけだった。国を治める者として、感情を見せるのは良くないと自制したのかもしれない。
「雑魚が混じっていたようですね」
冷たく、まるで心というものを感じない女王の目。奴は俺を人間とは見てない。野山の動物や奴隷か何かを見るような、そんな見下げたまなざしだった。
くそっ、こいつら……。
今更思い出した。こいつら人間は、俺たちエルフの村から税を搾り取り、搾取していた悪党だ。
こうやって、俺たちエルフのことを差別してたのか? 取るものだけ取って、何も与えず、何も認めず、そして最後に滅ぼしたのか?
……いいさ。
こんな扱いをされるっていうなら、こんなところにいたくもない。お望み通り町の外に出て行ってやるよ。こっちはド田舎のエルガ村で十六年間も暮らしてきたんだ。今更都会に戻りたいなんて文句は言わない。
「いい加減にしてくれっ!」
怒りのままに抗議を始めたのは、俺じゃなくて……大河だった。
ここからをクラス転移編とします。